幸福の花屋

3度目は夜にした。
先月は昼に行って後悔したからだ。
猿どもがわらわらと途切れなく店に入っているのを見て躊躇してしまったので、夜に行こうと決めていた。
そのほうがゆっくりできる。

花屋は夜の8時までを営業としていたため、夏油は7時半に着くように向かった。
呪霊を使って移動すると風が冷たく、コートの下に大分着込んできたがまだ寒い気がする。
寒くはあったが、早めの夕飯を食べてきてよかった。
食べたおかげで、カロリーの燃焼で体が温まっている気がした。

夏油は店の前に降り、中に客がいないことを確認してからゆっくりとドアと潜り抜ける。
前回はあまりドアを見ていなかったが、今日はドアに梅の花が掛かっている。

「いらっしゃいませ」
ちりんとベルの音と、変わらないぶっきらぼうな声が聞こえる。

奥から黄緑のチューリップを10本ほど抱えた店員がカウンターから出てくるのを見て夏油はにこりと笑った。
来る前に少し決めていたセリフを言う。
「ほかにいくつか加えてほしいんですけど、一緒に決めてもらえますか?」
「かしこまりました。」
店員の返事を聞いて、目を見てみた。
今日もコンタクトを付けているようで暗い茶色をしていた。
相変わらずここは澄みきっている。




「王道はカスミソウです。小さいのでほかの花を引き立てることができます。」
片手に黄緑のチューリップを抱えながら店員は小さく白い花を指さす。
「よく見かける花ですね。向こうにある花束にも組み込まれてますね。」
店員は数本カスミソウを手に取り、チューリップに合わせて見せた。

「白色は何にでも合います。」
じっとこちらを見る彼女の目を見て受け答えをしていく。
「合いますね。」
前回、前々回と比べて話ができている気がして夏油は少しうれしく思った。

「ほかには何が合いますか?」
夏油は店員を見て笑顔で話しかける。
「チューリップだけの花束でもよいと思います。別のお色もございますので、好きな色を込みこむのもまとまりはよいと思います。入れすぎると大きくなってしまうので調整は必要です。」
いつもより真剣な顔した店員の横顔を見て、美人ではないにしても目を引くと思った。
少しだけ、プライベートなことが聞きたくなったがやめた。
夏油に対して壁がある彼女の無機質すぎる声が聞きたくなかった。




「うん、これでお願いします。」
「かしこまりました。花束が出来上がるまで椅子に座ってお待ちください。」
店員は見繕った花々を持ってカウンターへ向かっていった。
それを見て夏油は椅子に座った。

寄りかかった壁に昔に比べて長くなった髪の毛がぶつかった。
足元の暖房が付いた音がした。
パチン、パチンとあの一定のリズムが聴こえる。
カウンター向こうでは暗い茶髪が揺れて、薄い肩が微妙に動いているのがわかる。
かすかに水の音が聴こえる。
温かくなって、思考がまとまらずにぼんやりとしてくるのがわかった。

パチン、パチン。

ああ、また眠ってしまいそうだ。
花の匂いとまどろみ、幸福を思う時間だった。






「……お客様、ご用意ができました。」
声が聞こえる。
店員の声とわかり、目を開ける。
目の前に膝をついた店員が花束を持っている。
また眠ってしまったのかと思ったが、2度目のため驚かなかった。
ちらりと店内の時計を見たが、時間も5分ほどしか経っていないことが分かった。

「……ありがとう、ございます。………えっ?!」
夏油は驚いた。
目の前の店員の目が赤く、つらそうな顔をしていた。
「……どうしたんですか?」
驚いて手を店員の顔に伸ばした。
「何かあったんですか?」
触れせず、手をゆっくりおろしていった。

店員は目を閉じ、眉間にしわを寄せながら立ち上がった。
そしてむっと口元がゆがみ、開く。
「申し訳ありません、暖房の風が目に入りました。」
「……え?」
店員は目に手を当てながら目をしぱしぱさせている。

「……ああ、もしかしてドライアイなの?」
「はい。コンタクトが乾いてしまいました。」
拍子抜けだと思ったが、夏油は気が付いた。

「ごめんね、私が寝ちゃってたから暖房が顔に当たってしまったんだよね。」
申し訳なさそうな顔をする夏油に対し、店員は首を振る。
「いえ、自己管理がなっていませんでした。」
そういって、いつもの無表情に戻った。

「すぐコンタクト外してきな。花はもっておくから、ほら。」
夏油はそういって花を手に取ってカウンター奥を指さす。
店員はじっとこっちを見たが、左下に視線を揺らしもとに戻す。

「ありがとうございます。」
と、すぐにカウンター奥に駆けていった。
ただコンタクトを数秒ではずし、目薬を差してすぐに戻ってきた。

「早いね。」
「お気遣いありがとうございます。お花を紙袋にお入れします。」
そういってカウンターへ促した。
久々にちらりと見えた目のぐにゃりと混ざった色が頭から離れなかった。




店員がすぐにカウンターでレジを打ち、会計はすぐに終わってしまった。
「ありがとうございました。」
紙袋を受け取ったが、夏油は財布をしまわなかった。
「今日も転寝してすみません。ここの椅子と空気が気持ちよくて。」
「ありがとうございます。」
お礼を言う夏油に店員は淡々と答える。

「……来月も、お花頼んでいいですか?」
「かしこまりました。」
店員に拒否権がないことなど夏油にはわかっている。
ただ、月に一回でいいから向日葵が見たかった。





来月に取りに来る花の相談が長引き、時刻は8時を大幅に過ぎていた。
「営業時間いっぱいにすみません。次回はもう少し早めに……え〜と、七時くらいに来ます。」
「かしこまりました。」
ちぎれた紙には予約の番号と「五条悟」の文字が書かれている。
紙を財布にしまって出入り口に向かった。

「ありがとうございました。」
今日も店員の声を背中に店を後にした。


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