控え目な花屋

一か月が経った。

予約していた日になったため昼より前だったが花屋の近くに来ていた。
夏油は前回同様に私服で、しかしコートは前回よりもぶ厚めのものを着ている。
花屋なんて家の近くにあるのにわざわざここまで来なくてはならないなんて、と思いつつ悪い気はしなかったのだ。

もちろん花屋で花を受け取りに来たのが目的だったが、花屋に入ることができなかった。
正月を過ぎてからか、墓参り用なのかはなお求めて客であろう者たちが花屋にちらほらと入っては出ていくの繰り返しで止まなかったのだ。
夏油は花屋の近くで30分ほど立ち尽くしていた。
別にほかの猿どもがいるからなんだろうということはなかったが、ちょっとうるさそうだなと思うと足が向かなかった。
夜よりも猿が多い。

「はあ……。」
しかしまあ必ず取りにくると言ってしまったので、夜にもう一度来るのも面倒だと思いながら渋々店の扉を開けた。



ちりん、となる扉のベルよそにやはりこの店にくると空気が変わった気がする。
あの後別の花屋に寄ってみたのだが、ここの澄んだ空気とは違っている。
ここには呪いなんて言葉が存在しないように思えた。
やはり何かあるのではないかと思うくらいに。

店のカウンターに行くまでに花を選んでいる猿や、レジに並んでいる猿が見える。
店内には仏花が増えていて、前回とは雰囲気が違う。
店員は一人しかいないようで、顔を見たが前回会った向日葵色した目の店員だった。
しかし、目は向日葵色ではなかった。
色付きのコンタクトでもしているのだろうか、眼鏡もしていなかった。
店員は素早くレジや梱包を済ませ、人をさばいていく。
ぼんやりとその姿を見た。


夏油は気づいた。
店員の動きが早い。
顔は無表情で、声も前と変わらずぶっきらぼうなものであったが、パチン、パチンと前回のような一定のリズムではなく、パチパチと素早い動きをしていた。
丁寧で正確な動きで花をまとめるのも早い。
以前のようなゆったりとしたものではなかった。
前回時間がかかったなんて嘘だったのだろう。
そう思えるくらいに仕事ができる店員に見えた。
私が起きなかったので気を使ってくれたのだろうと申し訳ない気持ちになった。

ふと足音が聞こえ、声をかけられた。
「お花、すぐに用意いたします。」
こちらをまっすぐとした目の店員が夏油の目を見ている。
「……いや、人がいなくなってからで構わないので、ほかの方の対応してください。」
そう言って夏油は店員にこりと笑顔を向けた。
カウンターですみませーんと声が聞こえる。
店員は一瞬振り返り、そして前を向いて目は左下にゆれている。

「ありがとうございます。椅子に座ってお待ちください。」
そう言ってカウンターに行き、素早くレジを打つのが見える。
先月座った椅子は変わらず眠気を誘ったが、今日は寝なかった。




昼時、店内には猿がいなくなった。
せわしなく動いていたにも関わらず汗一つかいていない店員がこちらに向かって歩いてくる。
「お花、すぐに用意いたしますのでこちらにお願いいたします。」
手をすっと前からカウンターに向ける店員についていき、カウンターにつく。
奥から向日葵の花を出し、こちらに見せてくれた。

青々とした茎と葉っぱの真ん中に真っ黄色な花びらと茶色の筒状花が目立つ。
きれいな向日葵だが、夏油はなんだか違う気がした。
前回見た店員の目のほうがきれいだったなと店員を見ると、こちらをまっすぐ見ている。
今日の目は暗めの茶色だ。

「コンタクト、ですか?」
ふと口からでた言葉に店員はすぐに答える。
「はい。」
そのあとの言葉がでず、少し困った。
わかっていることを聞いてしまったし、なんだかいたたまれなくなったが、前回とは違いいつものような猿に対して話しかけるような言葉がすらすら出てきた。

「瞳がきれいだったので、もう一度見たかったのですが残念ですね。」
夏油は女が落ちそうな顔で褒めたつもりだったが、一方の店員はこちらに興味がみじんもないような顔で、業務的な言葉が返ってきた。
「そうですか、ありがとうございます。」
そして複数のリボンがついた紙と包み紙を夏油見せた。
「向日葵にリボンなどは付けますか。無料でお付けすることが可能です。つける場合は色をこちらからお選びください。包み紙もお選びいただけます。」

夏油は壁を感じた。

「……オレンジか、黄緑でお願いします。」
余計なことでも言ってしまったのだろうか。
「黄緑色のリボンの在庫がないので、オレンジのリボンと黄緑色の包み紙でよろしいでしょうか。」
「あ、はい。」
淡々と会話が進み、後ろを向いて十数秒で梱包が完了してしまった。
早い。
そのままお会計もすぐに終わってしまった。

「ありがとうございました。」
そういって、カウンターから出てきた。
しまった、もう終わってしまうと、慌てて夏油は声をかけた。

「あの来月!……も……、いや別の花を予約、したいのですが……」
徐々に声のトーンが落ちていく。

実のところ向日葵欲しくない。
欲しくないのになんでそんな言葉は口から出るのかと自分が信じられなかったが、口をぎゅっと結んで店員を見た。

「かしこまりました。」





「2月は、何がありますか?」
夏油は店員に聞く。
店員の目が左上に揺れ、すぐにまっすぐこちらを見る。
「当店では、有名なものであれば梅や桃の花、チューリップ、ラナンキュラスなどを取り扱っております。」
「あ、じゃあチューリップで。」
「2月にチューリップであれば当店の売り場に切らさないように並びますのである程度のお色であればご予約の必要ないかと存じます。」
「……えっ、あ、じゃあ。」
と、別の花をと言いかけて思い直す。

私は何を言っているのだろうか、これではこの店に来たいから花を買いに来るようではないか、と。
本末転倒だ、猿相手にこんなガキみたいなことして、と頭を少し抱えて目をつぶる。
疲れているのだろうか。
眉間にしわが寄っていく。
言葉が止まってしまった。
こんなくだらないことで悩むことないだろうに、夏油にはどうしたらよいかわからなかった。

無言の夏油を見かねたのであろう店員は左下に目を揺らしたあと、声をかける。
「大変申し訳ありません、失念しておりました。当店では黄緑色のチューリップは取り扱っていませんのでご予約いただく必要がございます。」
夏油は目を開けて店員を見た。
「……それを混ぜた、花束を」





店員は予約用紙とボールペンをこちらにスライドさせながら渡す。
渡された紙に対し、夏油は少し視線を下に落とし、ゆっくりと「五条悟」と書く。
電話番号は書かず、来月の同じ日に予約日を設定し店員に渡した。
すらすらと店員はまた紙の下側に同じように「五条悟」の名前を記載してぷちぷちと切り取り線を切る。
受け取った紙を見て勝手ながら、書かれた親友の名前がうらやましく思った。

「代金は商品のお受け取りの際にお願いいたします。ありがとうございました。」
店員の淡々とした声を背中に、夏油は店を出た。


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