広い心の花屋

雨が急に降ってきた。
先月に比べて少し寒い。
全体的に黒い服と、軽めのジャケットを羽織ってきたが雨がしみて暗めの色になっている。
前髪からぽたぽたと雨水が滴っている。

夏油は呪霊で避けることができたが、急な雨だったため傘を持っていなかった。
でさすがに濡れずに花屋に行くと怪しいかなと思ってわざと雨に濡れた。
結構な距離を移動しているため加減が難しい。
時折呪霊ガードで雨を防ぐ。
じんわりと冷たく雨がにじんで、下着まで濡れてきた気がする。
ちょっと気持ちが悪い。

先月は店員を水族館に誘い、同じ月に予約のために花屋に行った。
いつも通り一緒に花を選んで、次の月の花も選んで、それだけだった。
プライベートでは少し近づけた気がしたのだが、結局仕事場の彼女はいつも通りお堅い。
「業務中ですので、お答え出来かねます。」
その一言ですべて打ちのめされた。

夏油一人しかいないので少しぐらいいいじゃないかと思っていたが、そもそも自分一人が来るだけのために店を閉めてくれるので、すでに例外らしい。
それ以上は砕けてくれなかった。
じっと見つめられるとそれ以上何も言えず、業務時間を過ぎてから少し話そうとしたが店を閉める準備があると断られてしまった。
食事に誘うこともできなかった。

無策では今日もまた同じようになってしまうと思ったので、とりあえず映画にでも誘おうとチケットを買っておいた。
財布にしまってある。
前回同様の時間に同じ場所へ迎えにくることと、チケットを置いていけば応じてもらえると信じて花屋に向かっている。
財布だけはぬらさないようにしなければ。

映画の趣味はわからなかったが、雰囲気的にホラーかミステリーあたり好きなのではないだろうか。
意外と怖がりだったらそれはそれでいいかもしれない。
とりあえず2種類買っておいた。
きっと彼女のことだからタダではいかないだろうから、ポップコーンやドリンクを買ってほしいとでも言えば多分押しとおせる。
そのままショッピングでもいいかもしれない、できれば夕飯もその時に誘ってしまおう、と夏油は作戦立てる。

近くに降りて、花屋に走る。
ここらへんで濡れればよかったと後悔した。
ぱしゃぱしゃと水たまりを蹴る。
ちょっと心配してくれたりするかな、と期待しながら。







店員は外にいた。
どしゃぶりの中、店員は外に並んでいる鉢を店の中に片付けているようで、ちゃきちゃきと店と外を往復している。
鉢はオレンジや赤、紫のもの。
店のガラス窓の奥にはオレンジと紫や黒いのガーランドが見える。
ドアにはカボチャの実が飾られている。
ちょっと重そうでしっかりと固定されているようだ。
店というのはイベントごとに敏感でなくてはいけないのが大変そうだな、と思う。

雨水が店の外から中に泥を交えて続いている。
汚れているし、濡れている夏油が手伝っても問題はないだろう。
店員はガラス越しに店内の時計を見ている。
夏油はそれを見て笑顔で店の屋根がある場所に走っていく。

「こんばんは、雨大変だね。それ手伝うよ。」
夏油は笑顔で店員の顔を見る。
「終わったらタオルとか貸してくれると嬉しいんだけど。」
急なことでも驚かない店員は夏油を見て視線を頭の上から靴まで動かした。
そして目を左上に動かし、左下に移動させる。

なんか考えてるな……。
夏油は大体彼女の動作で予測できるようになってきた。
「あ、もしかして鉢は触らないほうがいいかな?」

すると店員は鉢を下に置き、素早く店のOpen札をひっくり返す。
そして夏油の腕を勢いよく引き、店の横の細い道を駆け足で進んでいく。
「えっ?えっ?」
驚いてまともな言葉が出ない夏油は店員に引かれるまま店の裏に着く。
しかし、夏油はいつもより冷静な気がする。
なんだか期待に胸が膨らんでいる。



裏には簡素な鉄の階段があり、彼女はカンカンと音を立てながら上がっていく。
夏油の靴も同じようにカンカンと音を鳴らす。
階段の上には天井がついているが、横から雨が当たる。
ズボンのポケットから鍵を取り出しガチャガチャと音を立てて扉を開けていく。
2階は彼女の家だったのか。

彼女は無言で家の中に腕を引っ張り入れる。
ぱちっと音がして視界が明るくなる。
簡素な玄関には靴が一つもなく、姿見が一つ、靴入れにはハンコが一つとボールペンが置かれている。
目の前には廊下が続いている。
知らない匂いがする。
そういえば、小さいころ友達の家に行くといつも知らない匂いがするとよく思っていたなあ、なんてぼんやりしているところに彼女が靴を脱ぎながら夏油の靴を指さす。

「靴脱いでください。」
「えっ、ああ、でも靴下も濡れてるんだけど。」
こちらをじっと見つめてくる。
彼女は頑固だ。
反論の余地はないようだ。

言われるまま夏油が靴を脱ぐと、すぐに腕を引っ張られて廊下を進んでいく。
ガラガラと引き戸をあけた。
風呂場のようだ。

棚からバスタオルと小さめのタオルをすばやくとりだし夏油に渡すと、彼女は淡々と説明をしていく。
「濡れたものはこのかごにお願いします。風呂場のものは何を使ってくださってもかまいません。お湯は沸かしていないのでなるべく長めにシャワーを浴びてください。」
そう言って棚から追加のバスタオルをとって、廊下をすすーっと拭きながら家を出て行ってしまった。

ぽかんと口を開けたまま微動だにしない夏油は、瞬きをしてから周りを見渡す。
同じ色のタオルが棚に並んでいる。
右には洗濯機があり、近くの洗濯かごは空、壁にドライヤーが掛かっている。
左には洗面台と渡された小さめのタオルと同じものが壁にかかっている。
廊下をのぞくと廊下の先に扉。
扉には縦のガラスが埋め込まれており、向こう側にリビングが見える。

やばい。
思いの外うまくいってしまった。
これはいけるのでは。
心臓はバクバクと波打つ。
夏油は洗面台の上の鏡を見ると、自分の口元がにやついていることに気が付く。
服を脱ぎ、風呂場の扉を開けた。


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