誘惑の花屋

ザーザーと流れるお湯を止めるためにキュッと蛇口をひねる。
ふうというため息を落とすと、じわじわと長い髪から雫が首を伝って流れ落ちる。
少し絞る。
夏油の引き締まった背中の上をだらだらと水が流れていくのを感じる。
彼女の言う通り、長めにシャワーを浴びた。
彼女がいつも使っているだろうシャンプーやボディーソープが自分の体からする。
にやにやが止まらない夏油は、今後どうしようか考えている。

タオルをとろうと浴室のドアを開けると湿気た空気が浴室から流れて洗面台の鏡が曇っていく。
大きめのタオルを手に取って広げ、顔を押し付ける。
夏油はふと椅子が増えていることに気がついた。
背もたれのない丸椅子で、上にたたまれた服が置かれている。

少し体をふいて、服を手に取ってみると大き目のルームウェアと、下着。
男性用だ。
ルームウェアはそのまま外に出られそうなデザインで、下着はシンプルなボクサーパンツ。
誰のだこれ。

もちろん彼女が夏油に用意してくれたのだろう。
しかし、これがこの彼女の家にあったというのだろうか。
自分は、どこの男の服や下着を着させられるのだろうかと思うとショックがぬぐえなかった。
父親か彼氏か。
いや、父親の下着を見知らぬ男に着せるような人間がどこにいるのか。
そういえば、彼氏がいるかどうかは聞いたことがなかった。
今いないとしても元カレという可能性もあるため、悶々とした気持ちはぬぐえない。
これを着なくてはいけないのかと思うと、気が進まない。

しかしすっぽんぽんでここを出るわけにもいかない。
ため息をつきながら下着を広げて気が付いた。

あ、これ新品だ。
安心して履いた。







すべて着終わって、壁にかかっていた風呂場のドライヤーも借りて髪の毛も乾かした。
乾かさないと彼女に何か言われそうだ。
濡れた服は言われたとおりにかごに入れ、風呂場を離れた。

携帯と財布だけ持ってリビングであろう部屋に移動したが、部屋は暗いままだった。
近くの電気をつけたが、彼女はまだ家に帰ってきていないようだ。
服が置いてあったのだ、一回家に帰ってきているはずだが彼女はどこにもいない。
どうしたものかと立ちすくんでいると。
玄関の方からガチャリと音がした。

玄関にぺたぺたと進み「ごめんね、お風呂入らしてもらっちゃって。服も。」と夏油が言う。
彼女は少し息を荒くしている。
どこかを走ったのだろうか。
「……いえ。」
前髪をかきあげながらこちらをまっすぐ見る彼女はかっこよかった。
水も滴るいい彼女を見てなんだか悔しく思った。





リビングに行くと、夏油はソファに座らされた。
彼女は奥の部屋に行き軽く服を着替えたようで、楽そうなフード付きのワンピースを着ていた。
そしてお湯を沸かしてから風呂場に向かう。
すぐにピ、という高いボタン音とゴウンゴウンと機械音がして、風呂場から出てきた。
「もしかして私が着ていた服洗濯してる?!」
驚いた夏油が立ち上がった。

「はい。もしかしてそういうのダメな人ですか。」
無表情でこちらを見る彼女に「ちょっと恥ずかしい、かな。」と顔を隠す。
「それは申し訳ありません。」
「いや、助かったよ。ありがとう。」
夏油は精一杯の笑顔で返す。
それを見て今度は玄関に行き、夏油と彼女の靴をとってまたも風呂場に行った。
少し泥を流し落としてから風呂の縁に靴を並べ、浴室の暖房をつけた。

温かいお茶を入れてくれたようで、コトリと机にカップが置かれる。
気が利くどころの話ではない。
「何から何まで本当にありがとう。これも新品の服でしょ?お金払うよ。」
財布からいくらかお札を出して彼女に渡す。

「……わかりました。受け取ります。」
彼女は左上に視線を動かして、渡したお金を数えて手元に置きいて残りを夏油に返した。
「適当に選んでしまったのであまり趣味に合わないかもしれ……」
「えっ?!これさっき買ってきたの?」
夏油が風呂に入っている間に置かれていたので、てっきり家にあるものだと思っていた。

「すぐ近くに服屋があるので。」
まっすぐにこちらを見てる。
わざわざ買ってきてくれたことに驚いた。

「……店は?閉めてきたの?」
「閉めました。」
息が切れていたのはそういうことだろう。
先ほどまで邪なこと考えてしまっていたことに申し訳がたたなかった。

「本当にごめんね。」
「いえ、むしろ勝手にすみません。服は1時間半ほどで洗って乾かすところまでいけると思います。いつも店を出る時間は超えてしまいます。靴も湿ったままになると思います。」
「そっか、ありがとう。靴は大丈夫、そのままで帰るよ。」
「そうですか。」
美々子や菜々子に晩御飯がいらない連絡はしなくてすみそうだと夏油は考えて、彼女を見る。

微妙に髪の毛が濡れていることを思い出して、「ってか、冷えてるよね。お風呂は入らなくていいの?」と温かいお茶を飲みながら聞いた。
「あ、私は気にしないから。」
こんな流れで申し訳がないが、おそらく体は冷えている。
少しそういう反応をするのか気になった。
彼女は目を左下に揺らす。
「……入ってきます。」
彼女はテレビのリモコンを夏油の前に置いた。
リビング奥の部屋に行き、風呂場に消えた。








テレビと洗濯機のおかげか風呂のシャワーの音はしなかった。
そして思っていたよりも早く出てきた彼女を見て後悔した。
気になっている女性の家で風呂に入って、彼女も風呂に入ったというのにすぐに帰る感じにしてしまった。
ソファではなく、対面の床に座る彼女から距離は遠いのに自分が使ったのと同じボディソープの匂いがする。
髪の毛は洗わなかったようで、軽く乾かした程度のようだ。
化粧も落としていないように見える。
夏油は帰った後にもう一度入るのだろう。

テレビの音がよく聞こえず、画面も視界に入らない。

無言の夏油に対して彼女は、新しいお茶を勧める。
「いや、もう大丈夫。私に気にせず晩御飯の用意とか、明日の準備とかしていいんだよ。」
「そうですか。」
彼女が立ち上がってこちらをみた。

何かに気が付いたようで夏油を指さす。
「すみません、シールが付きっぱなしでした。」
「え?」
服にタグのほかにシールが付いていたようだ。
夏油が服を伸ばして探すが見つからない。


見かねた彼女が夏油に近づいて肩に手を伸ばす。
二つのオレンジと黄緑がぐにゃりとゆれる。
「ここに。」
近づく彼女の唇がゆっくり動く。
先ほどの良い匂いが強くなる。

あ、ダメだ。
彼女が伸ばした腕を引いた。













「こういうことされるかもって思わなかった?」
ソファに押し倒した彼女はこちらをまっすぐ見つめていて、驚いた様子がない。
「……付き合ってもいない得体のしれない男を家に招いて、風呂入って。」
彼女の体は微動だにしない。
ゆっくりとした瞬きをする。

「こんなの襲ってください、って言っているようなものだと思うのだけど。」
自分から言っていて夏油は息をのんだ。
押し倒してしまったことと、風呂上がりの彼女の少し火照った体に触れていることに体の中心が波打つのがわかった。
下半身に熱が集まっていく。

彼女のルームウェアはワンピース型なので、ふとももからすーっと左手を入れていく。
柔らかい肉の上を手が滑っていく。
するするとワンピースの裾があがり、下着が見えるすれすれまでで止める。
右手で彼女の胸をやんわりと揉んだ。
上の下着は付けているようで、少し硬い感触がしたが手がしっかりと沈んでいく。

「それとも襲ってほしかった?」
少しあがっている服の下から両手をふとももの横にあてて下着の端っこに指をかけてゆっくりと少し下にずらす。

しかし彼女は動かない。
こちらをじっと見つめている。
視線は動かない。
夏油は彼女の瞳から視線を外したくて肩口に顔をうずめ、首に唇を寄せながら聞く。
「……ねえ、襲っていいの?」

すると、彼女が口を開いた。
「襲いたいんですか。」

聞きたいことはそこなのか。
「……そうだね。襲いたいかな。」
「そうですか。」
下着は太ももの中間まで降りていた。

「一点、お伺いしたいのですが。」
「ん?何?」
「これはお断りしてもよいのでしょうか。」
「……それは私がこれから君にすることに対して?」
「はい。」

「断っても襲われちゃうと思うんだけど。」
顔を少し上げて、にんまりと笑って彼女を見る。
「そうですか。」
下着はずるずると膝まで下がっていた。

彼女は視線を外さない。
無表情のままだ。
その顔を少しでも乱したい夏油は、彼女の両頬に手を当てて自分の唇を彼女の唇に当てた。
そのまま舌をねじ込んで、彼女の舌に絡めた。
されるがままだ。
くちゅ、と音を立てながら舌を啜ったりしたが表情は変わらないままだった。
唇を離した。

彼女は何も言わない。

これでも変わらないのか、と思い夏油は自分の上着に手をかけて脱ぐ。
服の裾からふう、と顔を出すと彼女が口を開いた。

「大変申し訳ないのですが、うちに避妊具はありません。」
「…………」
何を言っているのだろうかこの子は。

言葉を失う夏油をよそにそのまま話続ける。
「傑さんは避妊具を使用せずに行為に及ぼうとしているということで合っていますか。」
彼女の言葉に今日はそんなものを持ってきていないな、と考える。
「……まあ、そういうことになるね。」
笑顔を向ける。

彼女は言った。
「責任は、取っていただけるのでしょうか。」
それを聞いて夏油は目を見開いた。
笑顔は消えた。

取れない。
夏油は呪術会のお尋ね者で、見つかり次第すぐ処刑されてしまう人間だ。
取れるわけがない。
眉間にしわを寄せる。

しかし、それが何だというのだろうか。
一度目を閉じて開く。
「……世の中には責任を取らない男もいるんだよ。」
そう言って、上着を後ろに投げた。


「そうですか。」
彼女は抵抗しなかった。

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