短気な花屋

「向こうにカフェがあるみたいだね。そっちで話そう。」
話過ぎたのか口が乾いてきた夏油は水族館の中にあるカフェを指さす。
「そうですね。」
あまりに白熱した話し合いになってきたため、水族館内のカフェでお茶をすることにした。

夏油はブラックコーヒー、彼女はカフェで名物としているソフトクリームを頼んだ。
ゆったりとカップから黒い液体を胃に流していくが、彼女はスプーンは使わずにパクパクと食べ進めていく。
レストランでもそうだったが実はおとなしいタイプではないのではないだろうか。

「おいしい?」
夏油は聞くと、ぺろりと口の周りをなめてから一呼吸おいて彼女はソフトクリームをこちらに向けてくる。
今度は一口もらった。

「あ、なんかしょっぱい?不思議な味だね。」
「塩ソフトです。」
彼女はそういってまた食べ進める。
「塩……海のイメージか。」
わかりやすいコンセプト。

夢中で食べる彼女の口からピンク色の舌がちらちらと見える。
食べ方はそんなにきれいなほうではない。
途中からざくざくと下側のコーンを食べていくのを見て、なんだか自分も食べられている気分になる。

食べ終わったコーンの紙をたたんで机に置き、机の上のベルを鳴らす。
すぐに来たカフェの店員に「あったかい紅茶をお願いします。」と言う。
いつもの淡々とした声で頼むのを見て、夏油もコーヒーのお代わりをお願いした。







結局その後、はじめに取ったパンフレットを広げ、写真に載っている魚について話した。
というよりも彼女は目につくものについて何にでも話をする。
淡々としたいつもの口調でありながら話は止まなかった。
マンボウのように確率が低い繁栄方法は効率が悪いのではないか、サメの歯のように人間も生え変わりが多いほうがよいのではないかと謎の討論を行う。
内容によっては身振り手振りまでしだす。

「くだらない内容ですみません。」
彼女の顔が少し暗く見える。
一つのことに集中してしまい、終わるまでほかのことはあまり興味が湧かないたちらしい。

「いや、すごい楽しい。魚好き?」
「好きかどうかはわからないのですが、気になってしょうがありません。」
「花と魚なら花?」
「どちらでもないです。」
「えっ、花好きで花屋やってるわけじゃないの?」
「はい。」
「ええ〜、私はてっきり花が好きなんだと!」
「実は……。」

夏油はあまり知識が豊富なほうではないと思っている。
勉強はできるし頭は回るほうだとは思っているが、呪霊についての知識や最近は宗教的な話や人の話を聞くことはあってもこういった娯楽に関する知識は薄いと感じている。
そのため、彼女のくだらない話は面白かった。
気になることや適当に何か聞けばいくらでも話題が降ってくる。
普段こんなことで盛り上がるようなこともなければ盛り上がりたいとも思わないのに。

昼過ぎに来たはず水族館は夕方になって出ることになった。







「あー楽しかった!水族館にここまで長くいたの初めてだよ。」
「そうですか。」
「といっても水族館よりお話メインだったね。」
「そうですね。」
相変わらず無表情と静かな声がセットになっているが、彼女は手に水族館の土産物売り場で買った袋を下げていた。
中には彼女が好きなのだというラッコの小物が入っている。
部屋に物を置きたくないらしく、なるべく小さいものをと真顔で探し回っていたことを思い出して笑う。

本来であれば何か買ってあげたいところであったが、彼女は自分が欲しいものや食べたいものには自分でお金を払う主義とのことでお金を出させてもらえなかった。
食事の際も男の顔を立てると思って払わせてくれと夏油は言ったのだが、代わりに水族館のチケット代は自分が出すと言い張る。
真面目だ。
この人はそういう人なのだとあきらめた。

周りを見渡すとあたりは暗くなりかけていた。
水族館からの帰りの客がばらばらと駅に向かって歩いている。
名残惜しい気がしたが、彼女は明日も仕事だ。
いけて晩飯くらいか、と夏油は考える。

ほの暗い色の中、瞳の色は見えない。
表情は無。
しかししっかり手首を持つ薄い手。
生ぬるい風が顔にかかって髪の毛がぶわっと顔にかかるが彼女の横顔を上から見つめる視線は目移りなんてできない。
もう少し話していたいな、と、彼女に声をかける。
「夕食、誘ってもいい?」

彼女は目を左上に揺らし、そのあと左下にずれる。
珍しく答えに詰まっているようだ。
何秒か経ってからこちらに視線を戻す。
「お申し出嬉しいのですが、早めに帰らなくてはいけない用事があります。」
まっすぐと見える彼女の目は嘘を言っているように見えなかった。

「……そっか、残念。花屋まで送っていくね。」
そういって、彼女と来た道を戻った。









電車に揺られ、昼前に待ち合わせたいつもの花屋の前まで来た。
これで終わりか、なんて思っていた夏油は心の中でため息をついた。
まあ今日はかなり近づけた気がしたし、これはこれでよかったのかもしれないと足を止めた。
すると急にするりと手首にあった手が外れ、彼女が小走りで店に向かっていった。
いつもならしっかり目を見て挨拶でもするのに珍しい。
そんな急な用事だったのかと夏油は思い彼女を見守った。






ちりん。

彼女は店のドアを薄く開け、数秒経ってからドアを閉めた。
「……えっ??」
意味が理解ができずに近寄ってみると、彼女は口をへの字に結んでいる。
その顔のまま斜め掛けから鍵を取り出し閉めていく。
彼女は無言だった。

店は普通、人がいない場合は鍵をかける。
当たり前だが店内のレジスターや貴重品など盗まれないようにするためで、田舎ではないこの町で鍵をかけないなんてありえない話だと思う。
この花屋も同様に彼女がいつも鍵をかけるはず。

「………もしかして、店のドア鍵かけてなかったの?」
鍵をかけ終わった彼女はくるりと振り向き、夏油に目を向けてまっすぐ見たまま首を縦に振った。
「……急ぎの用事って、これ?」
もう一度彼女は首を縦に振る。

「早く来すぎて店の中で待っていたのですが、出るときに鍵をかけ忘れました。」
小さい声で「待ち時間で緊張しました。」という彼女が無表情でいて真剣で、どうしようもなく可愛く見えた。

なんだ。
彼女も緊張をしていたのか。
それを思うとこみあげてくるものがある。

「……いつ気が付いたの?」
「食事に誘われたときに明日の店のことを少し考えまして、その時に。とても困りました。」
口だけがへの字のまま言葉が紡がれていく。

「あはは、ふふっ、へんな口してる。それ、真顔で言うこと?」
そのまま笑いが止まらなくなってしまった夏油は可愛らしい用事だね、なんて笑いながら悪態をつく。
余計に口がへにょへにょに曲がる彼女に改めて食事を誘った。
今度は承諾を得られた。


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