1000 words I should tell

3年の月日を経て、ユキアはまたグランドラインの上に居た。
悪魔の実を研究しているという科学者には会うことができたが
結局、能力を消す実験は失敗に終わり、諦めがついた。

数ヶ月に1度はセントポプラの妹を訪れるが
平和そのものの春の国はどこか居心地が悪く、シャボンディに落ち着いていた。

厄介が持ち込まれたのはシャボンディに来て1年たった頃だった。

「ユキア!いるか!」

住まいのドアが乱暴に開けられ、ユキアは思わず身構えた。
3年の旅で、能力の制御は身につけられたものの、その強さに
戦うことを肌で覚えてしまった所以か、危機は瞬時に殺意に変わる。

掌底で相手の動きを封じ、倒した相手に馬乗りになりその心臓を射抜かんとしたとき
咄嗟首にかけられた手のひらの感触に、相手が誰なのかを察した。

「...うそ」

「俺だ、どけてくれ...疲れてんだ
 そんなの避けられるわけがねえだろ」

恐ろしく派手で珍妙な格好をしたロシナンテに、ユキアはしばらく開いた
口が閉まらなかった。

「あんた、海ぐ...」

そうユキアが言いかけたとき、ロシナンテはユキアの頬に触れ
「凪」とつぶやきながらユキアにキスをした。

処理しきれない驚愕の連続に、ユキアは目を白黒させ、
その視界の隅に移った、幼い子供の姿にまた度肝を抜かれ
慌ててロシナンテを引きはがした。

「あんた!!その...格好に、なにこの口紅...!!それに
海軍は?ドフラミンゴは!?何!?あの子は何!?」

ロシナンテはニコニコと微笑みながら、何も答えない。
ユキアはまた、玄関口に佇む少年に目を向けると、どことなく
ロシナンテに似た笑顔でこちらを見つめているのが見えた。

「ママ」

少年のその一言に、思わず立ち上がりロシナンテの3メートルはある
身長をものともせずに胸ぐらを掴んで投げ飛ばした。

「どーいうこと!?」

「ま、まあおちつけユキアいろいろとな、あってだな」

二人の会話は、少年には聞こえていないのだろう。
彼は実に嬉しそうに、ニコニコしながらロシナンテとユキアを見つめていた。

来た事もないクセに、ロシナンテはユキアの家のキッチンに入ると
温かいコーヒーを淹れはじめた。

「まあ座ってくれ。ちょっと長い話になる」

「ここ!!わたしの家!!」

「ノエル、お前も入れ。
 ママにうんと甘えていいんだぞ」

「うん!パパ!」

都合のいいことは聞こえるのか、ノエルと呼ばれた少年は
いそいそとユキアに抱きつき、勢いのままユキアをソファーに座らせた。

コーヒーの香りと共に床に座り込んだロシナンテはニコニコとしながら
さっき強打した腰をさすった。

「で、どういういきさつであんたの射撃訓練で生まれた子供のママがわたしなの!?」

「ノエル!昼寝の時間だな、
 ママにベッドに連れてってもらえ」

「うん!」

「おかしいよ、話が通じてないよ。
 大体わたし、出産もしてないしもっと言えばまだ...」

ロシナンテはいそいそとノエルを片腕で抱き上げ、
ユキアの手を引っ張るとベッドルームに強引に押し入った。

「こどもの前だぞ、話せることとそうじゃないことが、な?」
そうユキアに耳打ちをすると、子供の寝かしつけにかかった。

あきれ果てたユキアはその様子をただ呆然と見守るほかなかった。


「つい先月からだ、俺は兄の海賊団に戻った。
 だが、それは表だってのことだ。
 センゴクしか知らない、これは潜入捜査だ」

「で、なんで子供ができるの」

「兄の海賊団の規模が尋常じゃないほどだとは知っていた。
 俺は兄と別れたあとに、声が出なくなったフリをしている。
 ファミリーは皆、俺が能力者だということも知らない」

「で、なんで、子供が、できるの」

「このひと月で既にいくつかの島を回った
 正直、やりたかねえがいくつかの国は滅んだ」

「で!なんで!子供が!できるの!?」

「ノエルはその生き残りだ...」

憤慨で我を失っていたユキアはこの言葉には口を噤んだ。
思い起こさざるをえない自分の過去の姿、そして泣きわめく妹の姿が
目に浮かんだ。

「ドフィは、子供も重要な因子として見ている。
 あいつらが大きくなる頃、強大な自軍の戦力にするために
 おれは、今回ばかりはそれに耐えられなかった
 ノエルは生まれすぐ母親をなくし、父親に育てられていたが
 それもうちのファミリーに殺された
 ノエルは父親の死体のそばから離れなかった、
 そしてドフィに拾われちまった」

よほど憔悴しているのか、そのメイクの奥からは
沈鬱な様子が伺いしれた。
ユキアも唇を咬み、その肩に手をかけてやりたくなった。

「というわけで、お前、ママになれ」

「ごめん、それは何一つ理解できないんだけど」

また大きなため息をつくと、ロシナンテは大きな手でユキアの両手を握り
目には涙をうかべた。

「お前しか、頼れねえんだ」

「そんなこと言われても『はいそうですか』って、
 なるわけないでしょ。人ひとりの人生がかかってんのよ!?」

「んなことは、わかってんだよ!」

聞いたことのない、ロシナンテの怒声にユキアは一瞬のうちに
身を引いてしまった。

「問題を、持ちこんじまったことは謝る。
 だが、あの男のそばにはおいておけねえ...
 それにおれだって...」

そう言うと、ロシナンテはころりと転がるようにユキアによりかかり
突然寝入ってしまった。

「おれだって...何よ...」

不吉がつきまとう、ロシナンテの黒い影を追い払うように
ユキアはロシナンテの暑苦しいコートについたほこりを静かに吹き飛ばした。



目を覚ますと、あたりは暗闇に包まれひっそりとしていた。
時計を見れば、どうやらもう夜を追い越して真夜中のようだった。

ロシナンテはソファーから起き上がると、よろよろと手探りでユキアの
姿を探した。
誰の姿もないキッチンには、洗われた皿がまだ水をしたたらせていた。
書斎も使われた形跡がなく、キャンドルも火を灯されたようすは見当たらなかった

最後に覗き込んだベッドルームには、寝息をたてるふたつの影があった。

心が安らいでいく感覚に、ロシナンテは
しばし自分の置かれた立場すら忘れていた。

どんなに用心してもきしむ床の音に、能力を使うのも忘れ
ノエルを守るように眠るユキアの顔をまじまじと覗き込んだ。

そしてぱちりと開けられた瞳に、笑みがこぼれた。
ユキアも、あの日別れ際にみた笑顔を懐かしむように
じっとロシナンテの顔をみつめた。


「ずっと、おまえの事が頭から離れなかった。
 シャボンディに向かう途中、ノエルをみて思ったんだ。
 おれにも、帰る場所がほしいと...
 そこがどこであれ、お前とノエルに居てほしいって」

「...そう」

「ユキア、こんな状況になっちまって
 悪かった。でも、おれのことは忘れてもいい。
 どうか、ノエルだけは...頼まれてくれねえか」

離れていた時間を考えれば、共に過ごした時間はほんの一瞬だった。
だが、ほんとうの自分をよく知っているのはこの男だった。
目の前の、自分を愛おしそうに見つめる笑顔を
ユキアは忘れた日など一日もなかった、これからも...

「セントポプラ、とてもいいところなの」

無意識に握られていた手を握り返すと、ロシナンテの涙の温かさが腕を伝った。
窓からさす月のあかりに照らされたロシナンテは、涙を流しながら笑っていた。


ノエルが起きないように、ロシナンテはそっとベッドに入ると二人を抱き、
温もりが体から逃げて行かぬようにただ一瞬に感じられる時を胸に焼き付けた。



やがてぬくもりは、音もなく遠ざかった。
ユキアは、目を開けることができなかった。
ただ、ベッドにのこるタバコの匂いで胸を満たし
ノエルの髪を撫でた。

「いってらっしゃい」

届かない言葉を、何度も心の中で繰り返した。




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