1000 words we spoke

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海軍本部近海は、その島が平和の象徴であることを語るが如くたいそう穏やかだった。
遠くから若い海兵たちが、上官にまくしたてられながら海沿いの道を走る息遣いすらこの港に聞こえてくるほどに。
遥か上空にあるのだろう雲が、生気を感じさせないほどゆっくりと回る。
ユキアも無言で、目の前にひるがえる「正義」見つめながら
静かな空気に溶け込むように歩みを進めていた。

「軍艦にタダ乗りとは、よほどのツワモノかアホだな」
「お久しゅう、センゴクさん」
「そんなに外海に出たいのなら、海兵になれと何度言えば...」
「それはお断りしたと何度言えば...」


外海の海賊たちが、グランドラインを目指すのはユキアも納得ができる。
しかし、グランドラインで生まれ育った者は外海を見てみたいと、一度は思うものだ。

カームベルトを渡る手段、それは海軍の船に乗るのが最も安全な手段だ。
センゴクの提案は最も効率のいい手段だったが、ユキアは首を縦に降ることはなかった。

「なぜ海軍を忌む?」
「海軍も海賊も願い下げ、そう言ったはずだ
 私は1人で、外海に出たいんだよ」
「1人では渡りきれぬ海もある。海をなめるな、小娘」

センゴクの強い物言いに、ユキアはふてくされたようにソファに沈み込み
うつむいた。

「軍艦一隻ぐらい、ちょうだいよ。私のほうが、有効に使える」

「なにをぬかすかっ...本来ならば裁かれ投獄される罪だ。
 もう17だぞユキア、いいかげん国に戻らんか」

「いやだ」

「ユキア、お前の目的ならば海軍でも研究している。
 辛抱してくれぬか...」

「いやだ」

鋭いユキアの瞳の光に、センゴクはひとつため息をつくと今度は忙しなくデスクの受話器に手を伸ばした。

『わしだ、お前今日からセントポプラの方に行くんじゃなかったか?
ちょうどよかった、届け物を頼まれてくれんか。』

「やめろセンゴク!」

ユキアの怒号に反応は見せず、センゴクはそそくさと話を終わらせると受話器を置いた。

「私は、帰らないぞ!外海へ行くんだ!!」

「先月、レイから私に連絡があった
 『家に帰りたい』とな」

「...」

「頭を冷やせ、そして真剣に考えてほしい。
 海軍に入ることがお前やお前の妹にとっても...最善のはずだ」


問答のさなか、若い海兵が妙な静けさを伴いその扉を開けた。

「お呼びですか、センゴク大将?」
「ロシナンテ、それが届け物だ」

「...これですか」

ロシナンテは自分よりもはるかに背の低いユキアを見下し
ユキアが息を大きく吸う様子をみて、大声を警戒し
大きな手でユキアの顔を覆い何かをつぶやいた。
ユキアには何が起こったのか検討もつかなかった。

「もう出発しろ。縛り上げてでもいいからさっさと連れて行け!」

「...は、はっ!」

整った敬礼を見せたロシナンテは、まるで掴みどころのない生物と対峙するかのようにユキアを四方から眺め、抵抗という無駄な動きの隙を上手に取り、ユキアの動きを封じた。

「あの...センゴク大将」

「さっさと行かんか!」


気が弱いのか、ロシナンテは不安げな声をセンゴクにかけたが一蹴され、そのまま逃げるように部屋を出た。


片手につまみ上げているユキアをまたじろじろと見つめながらロシナンテは大股で廊下の突き当り、階段の手前まで歩いてきた。
ユキアは、長身のロシナンテの歩幅の広さに単純に驚きながらも、故郷へ送られることへの嫌悪をありありと見せつけるように叫び声をあげていた。しかし、どんな罵声をあびせようともロシナンテは自分のペースを崩すこともない。


「君...」

「な、なんだよ!」

珍獣を眺めるかのようなきょとんしとたロシナンテの顔に、ユキアは思わず顔を赤らめた。

「...はっ、忘れてた。
 『凪、解除』
 女の子だったんだね、君」

「しっ...失礼だな!何だと思ったんだよてめぇ!」

「凪!」

「....!」

再び、ユキアから発せられる音は消された。
その事実にユキアが気づくのはだいぶ時間が経ってからであったが。

そしてユキアは抵抗など不必要だと気づく事となる。
ユキアは大人しく船室の隅で、その船が途中物資の補給で停泊するであろうタイミングでの脱走を図っていた。
乗せられた船は軍艦とはいかずとも兵装された海軍の立派な船に変わりはなかった
が、どうしてだかやたらと静かだ。

しかし、待てど暮らせどこの船が停泊する気配はなかった。しびれをきらし、船室を出て外の空気を1週間ぶりに吸い込んだユキアはこの船がようやく、正しい逆走の航路に乗っていないことに気づいた。

「おい...おい!」

甲板に出てあたりを見回してもまるで人気がなく、船を走り回るとようやく操舵室に人影が見えた。

舵輪を握っていたのはロシナンテで、他の船員が見当たらない。
ユキアは次の言葉を慎重に選んだ。

奇妙な船の航行に、センゴクの思惑を感じたのだ。

「おい、海兵」
「やっと起きたか、ユキア」

「ほ、他の海兵は...いないのか?」

「ああ、俺だけだ」

「どうしてだ」

ロシナンテはその問いかけに、フッと笑って見せると
長い前髪を掻き自信ありげに語り始めた。

「これはセンゴク大将のご厚意なんだぞ?
政府の要人ならまだしも、一般人の君を故郷に送り届けるなんて
こと、表立ってできるわけないだろ」

その言動に、いまいちセンゴクの意図にピンとこなかったユキアは傍にあった
双眼鏡を覗き込み、遠くに見えるブイを確認した。
やはり、その船はカームベルトまであと数分というところまで来ていた。

「おれは、センゴクさんには世話になってる。
 まあ、極秘任務とまではいかなくてもさ
 こんなことに海軍も人を割いてられないわけだ。
 だから、おれだけ。
 おれに任されてんだ、この任務」

他に海兵がおらず、途中の補給が必要ないと踏んだ理由はよくわかったユキアだが
どうやらこのままいけば、目的を果たせそうだと内心ほくそ笑んだ。

やがて船がカームベルトを越えたところで、ロシナンテはようやく
周囲を見渡し始めた。

夏島近辺の海域に出ることを見越したユキアは船室で軽装に着替え
操舵室に顔をのぞかせた。

「バテリアにつくまでにあと1週間はかかるぞ、寄港しなくていいのか?
 もうすぐカラム島という島が見えるはずだ」

「バテリア?カラム?
 ...はっ!」

そのロシナンテの表情に、ユキアはしまった、という顔を返す。
どうやら、センゴクのご厚意で自分は外海に運ばれていると考えたのは
思い過ぎのようだった。

「...持ってくるポースを間違えた」

「...お前、本当に海兵か」

舵輪を握ったまま、青ざめるロシナンテの目にも
ひとつの島が目視できる距離に迫っていた。

「...お前、ドジなんだな」

「そのようだな、引き返す!」

ロシナンテは悔しそうに舵輪をいっぱいに回すが、ユキアは力いっぱいそれを阻止した。
顔は当然、にやけていた。

「よく考えろよ?もう1週間近く航海してるんだぞ、お前の腕一本で。
 ここらで休め、な?」
「うるせぇ!そんなこと言って、お前絶対逃げるつもりだろ!」
「ドジでかわいそうなロシーを残して逃げるわけないじゃないか、ほら
 島も見えてる。外海の海図なら頭に叩き込んであるんだ、あれがカラム島だ
 人も住んでる、安全な島だ」

ロシナンテも、行き先は間違ったが航行に関しては神経を尖らせて
疲労もピークに達していたのは事実である。





「...ユキア、おれはお前に錠をかける気はねえ。
 そしてセンゴクさんの期待を裏切りたくはねえ。
 停泊はするが、そのあとはセントポプラへ引き返す」

「わかってるって」


 カラムは、自然が豊かな島だった。
島の宿にユキアは荷をおろし、
ロシナンテは何故か海兵の制服を脱いで島に降り立った。

窓から見える、サウスブルーの穏やかさに
ユキアは何度も愛おしそうにため息をついた。

反してロシナンテは、船の揺れから開放され
ベッドの上でひとつ、息を吐くとすぐに寝入った。

その様子を、ユキアが見逃すはずはなかった。
もう縁もない、この男をおいてここからまずはこの海に出たい。
その気持でいっぱいだ。

日が傾き始めた頃、ユキアの姿は船を停泊させた港にあった。
夕日を浴びて、長く伸びる影がまるで
自分を大きく見せているような気がする。

だがその眼に見える光景とは裏腹に、彼女は
心細くなっていた。
沈む夕日に光る海面のゆらめきに、胸が締め付けられた。



気がついたときには、恐ろしい力を携えていた。
そして一生泳げないという身体。
それでも、幼くして命を失ってでも守りたいものがあった。

それはもう果たされた、そう思いたかった。

もうこの一年、姿は見ていないけれど
このまま自分は消えてしまったほうが、あの子は幸せなんだ。

いくら足掻いても、あの子の泣いている姿がしか
思い出せない。
できるだけ遠くに、遠くに逃げることでしか
償いはできないのだ。


「償い?」

そう、もう二度とあの子の人生に関わらないこと、
それが最善だと、わかってる。

「そりゃ、誰の話なんだ」


不意に聞こえた声に顔を上げると、そこは宿の部屋の中だった。


「...妹のこと」

一人、眺めていたあの海は幻だったのだろうか。
宿の一室、蝋燭の火一つであたたかさも明るさも十分な
ほどに狭いが、灯はユキアの冷静さを呼び起こした。

無意識に逃走を止め、宿に戻っていた。
そしてさらに、覚えのない酒の空き瓶が足元で倒れ、割れた。

「ギャソリーナ島で、生まれたんだ私たち」

部屋のサイズぎりぎりに備え付けられたベッドで、狭そうに身を
よじらせたロシナンテは体を起こすとうつむき加減で話に聞き入った。

「ギャソリーナ島消滅、10年くらい前か
 海賊に支配された、いや違う
 島の住人全員が海賊の無法地帯、それが一夜にして焼き払われた
 その島の生き残りは、二人....」

「ああ、そうだ、私と妹の二人だけ」

「島が放つ特有のガスによって大火事が起こった...というのは
 表向きのこと
 全員が、内臓破裂で死んでいたらしい...
 生き残りの、悪魔の実の能力で」

「ずいぶんと詳しいんだな」

「おれが海軍に入った日、燃えさかる島を見た、初めて乗った海軍船からだ
 あとはセンゴクさんに聞いた」

「もう...イヤだ」

思い起こされる、地獄の日々にユキアは思わず両手で顔を覆った。

「妹、元気なのか」

問われた言葉の真意も、そしてその物悲しげな口調にも
答えまた問う気力はとうに失せていた。
ユキアは、ゆっくりと顔を上げ、バンクベッドの下段
に身を横たえるロシナンテを改めて見つめた。

自分には現在の妹の状況すらわからない
だが、親を与え、金を与え、安全な場所も与えてきたのだ
元気でないわけがない。

『家に帰りたい』

センゴクに妹が伝えた言葉の意味、それすらも
考える余力が、このときのユキアにはなかった。

「なぜ、妹のそばにいないんだ。お前」

「...え?」

一瞬の蝋燭のゆらめきで見えたロシナンテの表情。
そして海兵の制服から解き放たれたロシナンテは
みすぼらしい青年にしか見えなかった。

しかしその眼光はするどく冷たい。
まるでユキアのすべてを、否定するかのように。

「わたしがそばにいては、妹は幸せにはなれない」

「どうしてそう思う」

「私は、この実の能力を消す為に外海へ出たかった。
 人を殺すことしかできない悪魔の実の能力にはうんざりなんだ。
 こんな人殺しのそばにいて...レイが幸せになれるわけがないだろ!」

「妹想い...なんだな」

「あたりまえだろう」

そのユキアのひとことに、ロシナンテはどこか
苦痛を思わせるような表情を見せ、うつむいた。

「おれには、兄がいる...。
 おれは弟としてどう想われてんのか、
 そもそも想われてんのかどうかも
 わからねえ。
 側にいても、どうしようもねえ...
 そんな兄弟、おれたちだけで十分だ」


そう話しはじめたとき、なぜだかユキアもロシナンテも
目が冴えきったようだった。

「放っておけば、この世界を破壊しかねない。
 兄は危険すぎる...。絶対に止めなきゃならねえ」

固く閉ざされた、氷が少しずつ溶けていくように
ロシナンテは自らの出生を、言葉を慎重に選びながらユキアに語った。

ことばのひとつひとつに、ユキアは自分のこころが
少しずつロシナンテに傾いていくのを感じていた。


「ドンキホーテ・ドフラミンゴ、グランドラインで
 その名を知らない奴はいないよ。
 で、あんたはそこまでして兄貴を止めたいわけだ」

「過去のことは、嘆いてもしかたねえ
 俺のため...やってくれたことなら嬉しいが
 あまりにも犠牲にしてるものがでかすぎる。
 まだ...おれの覚悟も力も足りねえが」

ロシナンテは側に置かれたラムのボトルに手を伸ばすと
どこか照れ隠しのように、酒を煽ったが次の瞬間には盛大に吹き出した。

「なぜ、兄の名を知ってる」

「いや、知ってるも何もずっと喋ってたじゃんあんた。
 イヤでも覚えるよ、そんなの」

ロシナンテは青ざめると頭を抱え、ブランケットに潜り込んで行った。
あまりにもドジなロシナンテに、ユキアは笑みをこぼし、ベッドサイドに座り込んだ。

「あんたもわたしも、同士みたいなもんよ。
 何もせずにそばにいるだけじゃ解決しない。
 なら、気が済むまでやる。
 そうでしょ」

ブランケットから顔だけ出したロシナンテは
蝋燭の火に陰りをつくりながらも、そのユキアの笑顔にひとつ頷いた。

「乾杯、あんたがその目的を
 遂げられるように、世界が壊れないように」

「ああ、そうだな」

差し出されたグラスを素直に受け取り、その1杯は
すんなりと、のどを通っていった。

すでに夜は明けていたが、入れ替わりで上段のベッドで
寝息をたて始めたユキアの顔を眺め、出航は遅らせることにした。

二人が港に現れたのは、その翌日の朝だった。
その場所に来ると、ユキアはやはり恐怖を感じずにはいられなかった。
どうしても克服ができない、どうにかこのまま
自分をここへおいて行ってくれないかと、心の中で願った。

「兄弟なんだから、自分と同じ想いでいてほしい
 そう思うことは間違ってんのかな」

そう言うロシナンテはまた、あの悲しげな顔をユキアに向ける。

もちろん、似てはいないが
ユキアは妹にそう言われているような気がして
身震いした。

「わたしだって、そう思ってる。 
 でも、結局は自分のことしか考えられない
 それが人間だ」

「もう、力でしか解決できないところまで
 きちまってる。
 いけるとこまで、いかなきゃな...」

「そう、行かなきゃ」

背中が押された。
誰も押してくれなかった、誰も触れてはくれなかった
殺人鬼と恐れられ、誰ともふれあう事の無かったユキアの肌が
人の感触を覚えた。


涙は飲み込んで、ユキアは自分のビブルカードをロシナンテの
手に押し込んだ。

「レイに、妹に渡してくれ。
 必ず、帰ると...伝えて」

「ああ、わかった。
 死ぬなよ、ユキア」

そう言って、笑うロシナンテに
ユキアは自分がどんな顔をしているのかもわからないまま
言葉を返した。

「ロシーも...」



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