1000 word you'll never hear

花の香り、美しい町並みに吐き気がしたのは、自分を卑しい存在だと認めてのことだろうか。
軽装の住人たちとは一線を画し、町に響く靴底の音に自分が一番嫌悪を感じる。

ただ、自分のトラウマに決定打を打ち込んでその場で嘔吐してしまうかもしれない。
精神が身体に与える影響は計り知れない、もう一人の自分がいたら
自分に生きてほしいか、死んでほしいかに関わらずその行為は止めるだろう。

そう考えながらも、到着してしまったからには覚悟を決めたと自分に言い聞かせた。

「ユキア、いるか」

後ろ姿でも、その人だと感が働いた。

「...聞きはしないけども、検討はつく。
 座りな、ぼうや」

その言葉に、逆らう理由はなかった。
男はダイニングの椅子に腰掛けると、いつも携えている長物を壁にたてかけた。

「コーヒー?それとも紅茶?」

「コーヒーで」


準備をされていたのだろうか、程なく街の香りを裂くように黒い
苦々しい香りのコーヒーが目の前に置かれた。


「誰か、来る予定でも?」

「予定はなかったけど、なんとなく予感はね」


男は出されたコーヒーを飲むと小さく息をつき
改めてその家主の顔を拝んだ。

そしてどこか納得したような笑みを浮かべ、またカップを静かにテーブルに置いた。

「おれは、トラファルガー・ロー。
 あんたに会いたいと、ずっと思っていた」

「はじめまして」

「感のいいあんたなら、分かるかもしれんが...」

その言葉の先を続けられないほどに、ローはユキアの視線に
自然と口を閉ざした。
そして、彼女の言葉を静かに待った。


「あんたも、あの人に雰囲気が似てるかもね」

「あ...あぁ、」

「優しいのね、わざわざ伝えにきてくれるなんて
 でも、大丈夫」

ユキアもコーヒーを一口、飲み下すと息をつく。

そして慣れたようにタバコに火をつけ、煙をはいた。

「あのあと、ファミリーの船が出航するのを待ってから、ノエルとここへ来た。
 妹は、だいぶ前にウォーターセブンに嫁にいったわ。元気でやってる。

 最初は、ノエルがパパ、パパってぐずって大変だった。
 ママなんて、いなくたっていいじゃないって、私が何度も泣かされた。
 でも、2人で乗り越えてきた。
 ロシナンテが亡くなったってことも、伝えた。
 もう10年以上前ね、まだ難しいだろうと思ったけど、
 逆に私がノエルに支えられてきたの。
 
 ノエルはもう15になるわ、絵が上手で
 今もシャボンディまで行商に行ってるところ。
 
 わたしも、恐れていた能力のことは何事もなくて
 不自由はない。
 
 ほんと、何も、心配はない」

「おれは...」

ローには、はっきりとわかった。
その言葉は、自分ではなく
とてつもなく遠くへ行ってしまった、あの人に向けられた言葉だと。
そうして、自分が投げかけるべき言葉の1つも見つからなかった。

カップの底が見え始めたころに、
決心したように、伝えようとしていた言葉を紡ぎだした。

「おれはコラさんと、ここに帰ってくるはずだった...らしい
 連れてこれなくて、悪かった
 どこまで聞いてるかはわからねえが...
 おれは...コラさんの為にも、」

「...できない約束はしないで」

そう制止されたところで、ローの気持ちは止まらなかった。

「...いや、必ず」

瞳の奥に灯を見た気がした。
ユキアはその瞳に、ローのたどって来た
悲壮な道のりを感じ取り、それ以上は踏み込まなかった。

「せっかく会えたのに、これが最後じゃ残念だもの」

空いたカップを持ったユキアは、キッチンに体を向けた。
その背中に、人を想えない自分の不器用さと生まれもっての
愛想の無さに、ローは唇を噛んだ。

向き直った、ユキアの表情に
懐かしさを覚えたのは、1度だけあの人から語られた
彼のファーストキスの話を思い出したからか。


「ねえ、あの人、笑ってた?」

あの人は

「笑ってた」

本当に伝えるべき言葉は、これだったんだ。




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