08/沿岸


「国境突破!」

 遠く誰かの大声でハっと意識を取り戻したとき、ラクヨウは地下
牢の守衛詰所にいた。
 見上げた空はまだ暗く、そう長い時間眠っていたようではないと
安堵しながら、厩舎へと急ぐ。

 市街を抜ければ、遠くの空に煙弾の痕跡が見て取れた。しかし不
思議なことに、国境突破の知らせから3分弱で砲台の爆音も届いて
きた。

 いくらなんでも早すぎる侵攻に異常性を感じ、息をするのも忘れ
防衛ラインへと急ぐ。

 先刻、マルコに指摘された沿岸からの侵攻も少し気になるところ
だが、もうそちらに人を裂く余裕はまったくない。
 さきほどの彼らの作戦がすでに準備が整い、沿岸部を守ってくれ
ていることを信じるほかない。

 大急ぎで辿りついた防衛ラインは目下、交戦中であった。しか
し、バララント軍の者は皆なぜか騎馬隊ではなかった。

 潜伏だ。

 点と線が繋がり、散弾銃をかまえる。

 もう構うものか、もう恐れるものか。
 メルキアのため、そしてマーシャルのために、殺してやる。

 襲い来る敵兵にラクヨウは馬上から弾丸を浴びせた。砲台の松明
のわずかな光が敵と味方を区別させる。その後はほとんどが感覚の
中での戦い。ひときわに広がる人間の内部の匂いにラクヨウは不思
議と充足感を得ていた。

 人を殺すことへのいままでの躊躇いをバカらしいと感じるほど
に、体に力がみなぎるようだった。

「...へ、へへっ.....ザコが」

 松明のそば、砲撃手に斬りかかっていったバララント兵の
頭にも一発ぶちこむ。
 恐怖に顔を歪めたメルキアの砲撃手はラクヨウに"助かった"とば
かりに目線を送った。
 砲台の爆音をかき分けるように、ラクヨウは大声で叫んだ。

「潜伏か!」

「はいっ!砲台が囲まれていました!」

 盛大な舌打ちと共に、ラクヨウは防衛ラインの後退を支持しなが
ら砲台前での交戦の最前線に身をおいた。
 砲台が後退をはじめると、たちまちあたりは暗闇と化し、火薬の
匂いが立ちこめ、死に行くものの断末魔の叫びがこだました。そこ
は地獄と表現するに申し分のない場所になった。

 バララントの第一陣の最優先事項は、夜襲のための潜伏であり先
陣を切っていたフリード、防衛ラインで全滅したバララントの騎馬
隊すらブラフだったのだ。では、国境の監視塔で死んだ若い兵は一
体なんのために死んだのか。

 思えば思うほどに、散弾銃のシリンダーの熱も忘れて装弾を繰り
返す。1発も外さずに、敵の体を四方に散らばせた。

 足元に迫った敵兵には肩口からサーベルを思い切り振り下ろし、そのまま腰骨に到達した。それを抜き返すことも煩わしく思えてそのままに見舞う。

 勢いそのままに馬から降りると、暗闇の中手探りで敵兵の影に噛
みつくように銃を放つ。
 撃たれたのか、斬られたのかも判別はつかなかったものの背中が
やけに熱を持っていた。


 やがて、深い夜の冷たい静寂に包み込まれ空は東雲の色を濃くしていく。
 


 向かってくる敵兵の息づかいは、とうに聞こえなくなったという
のに、だれもが潜伏している兵を恐れ、生い茂る葦をくまなく切っ
て元々の防衛ラインを目指す。
 数歩歩けば必ず死体を踏むほどに、この夜襲は凄まじいいものだ
った。

 それでも夏の朝焼けの空気は澄んでいた。
 メルキアの大地が、兵士たちの血で乾きを癒しているかのように
そんな光景を生き残った兵士たちに見せつけるかのようだ。


 ラクヨウは警戒しながらじりじりと国境線へと近づいていった。
次第に見えてきた監視塔からは、定時で送り合う異常なしのサインが見えた。

 どうやら、今向かっている北端の監視塔は襲撃を免れたのだう。

 ラクヨウが塔の真下から口笛を鳴らすと、警ら団の見知った顔が
笑顔でこちらを向いた。

「無事だったか」
「ああ、人影が見えたんで煙弾をあげたが、ありゃ兵士じゃねえ」
「どういうことだ」
「女たちだったよ、陳腐な槍を持って突進してきたが、あんなもの
でメルキア軍相手に喧嘩売るなんざ......一体どういう国なんだろう
な......バララントって」

「......交代がくるまで引き続き警戒しろ」

 隣国がどのような国なのか、ラクヨウもふと疑問に思ってしまった。
 マルコの言うように、女子供も武装をしてまで欲しいものは一体なんなのか。フリードのためなのか、または彼ら自身のためなか。
 
 プロキス島に眠る資源や宝を求めて上陸した海賊や探検家がメル
キアを落とさんと、大昔は戦争が繰り返されていたそうだ。
 バララントはその敗退したものたちの子孫で構成された土壌に愛
着もない流れ者の集まりであると、ラクヨウはマーシャルに聞かされていた。
 
 彼らの野蛮さから身を守るため、メルキアは国境を守り通してき
た。それゆえに、メルキアは諸外国からの侵入は不可能な鎖国国家
となり現在に至る。

 100年以上の時を経て、多くの国民を犠牲にしてまでもメルキア
を襲う理由はなんなのか。

 それは、もうバララントの民に植え付けられた戦争の本能と呼ん
で、相違はないだろう。


 ラクヨウはそのまま国境線を南下し、90番塔でクリエルと合流し
そのまま海沿いを走った。

「ラクヨウ! ひどい出血だぞ、早く王宮へ引き返せ!」
「バカ言うな、あっちは間髪入れずに襲撃に来る。 
 いま引き下がってられるかよ!」

 怒鳴り合いながら、全速力で馬を走らせていた二人は、国境から
10キロの地点でとんでもないものを目にした。


 見知った沿岸線の一部はその形を人為的にくり抜かれるように変えられていた。岩が切り崩され、遠くからでもその異様さがよくわかる。

 くり抜かれた断崖絶壁には、すっぽりと大型帆船が入り込み、周
囲では海賊と思われる男たちがせわしなく動き回っていた。
 あまりのできごとに言葉を失った二人は、初めて間近で見る船に
しばし魅入っていた。それはまるで、海を渡る城のように思えた。

 海賊船、一夜にして出来上がった沿岸要塞、そして海の男たち。
いままで生きてきた鎖国国家では決して見ることのなかったものの
数々に、彼らは戦争のことすら忘れそうになっていた。

 空から降りて来る蒼炎を纏った鳥、その姿が人間へと変わってい
く様子に、クリエルは思わず絶叫するも、ラクヨウの視線は乱暴に
着港している白ひげ海賊団のモビーディック号から離れることはな
かった。

「どうだ、やりゃできるもんだろい」

 得意げに細められた双眸にクリエルは苛立ちを覚えたが、彼を含
めた、白ひげ海賊団の姿には頼もしさを感じ負け戦、と諦めていた
この戦争に一筋の希望を見出していた。

「バララントもひっくり返るだろうさ、一晩で港と砦ができたんだ
からな」

 ラクヨウはマルコの存在に気づきながらも、未だ雄大な海賊船か
ら目を離せずにいた。

「なあ、マルコ。お前のことの重傷者は、大丈夫か」

「そりゃ、いくら礼を言っても足りねえくらいだよい、
 瀕死の重傷だった奴らもなんとか回復している。
 他の生き残りは、血に飢えてるようなもんだ
 オヤジからも、全力で戦うように言われたよい」

 ラクヨウは小さく頷き、巻かれた古い紙をマルコに手渡した

「プロキス島の地図だ、かなり詳細が書かれてる。
 沿岸固めるのに役にたつだろ、持っておけ」

「ありがとよい。
 だが、本当に......殺していいんだな。
 敵方の大将も、ここの王族だって話じゃねえかい」

「王族だった、もうその限りではない」

「徹底的にやれ、という命令で受け取るぜ。
 司令官どの?」

「そのつもりだ」

 ラクヨウの真剣な面持ちに、にやけていたマルコの表情もすぐに
引き締まった。

「それで、オヤジというのはお前らの大将か」
「ああ、そうだ。白ひげ海賊団船長、エドワード・ニューゲート
 知るはずもねえか」

 そう語るマルコの様子に、ラクヨウは不思議な感覚を覚える。
きっとそのオヤジというのは、ラクヨウ自身で言うところのローラ
ンド国王のようなものか。
 そう考えると、ローランド国王と海を旅をするとはどんなものだ
ろうかと妄想が捗った。

 そんな会話をしている最中に、聞きなれない船の鐘のけたたまし
い音が響き渡った。
 マルコは察したように、一気に上空へと飛び上がる。

「一体、何の知らせだ!」

 ラクヨウが空に向かって叫ぶと、マルコはより厳しい顔であたり
を見回した。

「敵襲!崖から登って来るぞ!」



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