09/背中


 先の襲撃から間をあけずに、しかも断崖絶壁からの侵攻。敵の頭
数の多さにものを言わせた作戦に、ラクヨウは悔しさから奥歯が軋
ませた。



 ラクヨウはクリエルと共に急いで馬を走らせ、国境ライン中央を目指した。
 それと同時に国境警備の監視塔から多数の煙弾が上がるのが見
え、緊張からか心拍が乱れながら打たれていくのを感じた。

 2方向からの同時討ちである、恐怖を感じるに値する襲撃だ。

 国境側の侵攻が警らの交代時間を狙ったものであれば、警ら団の
2班を同時に失うことになる。バララントのこの作戦が成功すれ
ば、メルキアは後の作戦も立てられないほどの戦力を失うことになる。

 日はとうに登っていた。
 革と綿が重々と織り重ねられた軍服の最下層、肌をいくつもの
汗の粒が伝っていた。

 背のたかい葦の平原を越え、開けた視界の先ではやはり警ら団の
兵士たちが、大多数のバララント兵と交戦中であった。

 一瞬で目にしたその様子に違和感を感じたのは、敵兵士の戦い方
だった。

 いままで、メルキアを襲撃していたのはせいぜい1週間の訓練を
受けた程度の兵士だったと思えた。おそらく今回の敵勢は手練れ、 
そしておそらく数日前にメルキアから流れていった元メルキア軍兵
士であると言わざる負えなかった。

 これを殺すことが、自分にできるか。

 頭に浮かんだ新たな恐怖は、ラクヨウの口からすっかり漏れてい
た。

 一人の敵兵士と目が合った。

 知っている、自分は彼を知っている。
 ラクヨウの落胆と同調するように、彼の馬もまた走ることをやめ
た。


「バララント軍、前進を止めるな!
 メルキアの悪魔の片腕をいまここで討ち殺せ!
 勝利はバララントの手の中だ!
 前進しろ!前進しろ!」

 目が合った彼は、元警ら団の兵士で間違いがなかった。その殺意
の目にラクヨウは不思議と鼓舞された気がした。彼の大声の号令
は、敵軍の視線をラクヨウひとりに注ぐのに十分すぎた。

 唯一無二の友であり、この国の次期国王を"メルキアの悪魔"と、
ほんの少し前まで、その悪魔に忠誠を誓ったはずの口から聞かされ
た呆れも、国王侮辱への怒りもとうに度を越していた。

 一斉に自分へと向かう彼らの足音の地鳴りに、ラクヨウは制帽を
深く被りニヤリと笑ってみせた。

 さあ、あいつらはどんな顔をしている?

 顔を上げずとも、国境監視塔からの煙弾が次々に上がっているこ
とは音で分かる。ついに最期か、そう思えば幾分か体も心も軽くな
った。

 臆することはもう何もなかった。馬から飛び降り、敵兵の顔面を
まっすぐに狙った。

「もう、てめえらの顔なんざ見たくもねえんだよ」

 弾の補充は十分ではなかった、だからこそ1発たりとも外すわけ
にはいかなかった。

 装弾、照準、射撃。

 狙うのは常に前方5メートル角度は前方100度まで。

 この空間に入った敵兵は全てラクヨウの餌食でしかなかった。
ジリジリと無意識のうちに国境ラインから王宮方向へ、しながら繰
り返す殺人の作業に息をつく暇はなく、仲間を安否を気遣うことも
できなかった。

 次第に焼かれるような日差しを背に感じ、残り弾数発、と身軽に
なったところであたりの銃声も鳴り止んだ。
 しばしの静寂、それもつかの間、聞こえてきたのは森の奥から
またあの地鳴りのような大群の気配、おそらく数分のうちにここ
へ来る。

 あたりを見回す。
 立っていられる兵士はほとんどいなかった
 1、2、3、4、5、6、7、8、9、10、11、12、自分
を含め13。最善、それは後退しかない。

「全員後退だ、防衛ラインまで全力で走れ!」

 号令とともに、兵士は全力で走りだした。その数を数えた、まだ
戦える兵士11の背中。

「クアン!さっさと行け!」

 12は足を負傷した兵士の肩を抱き、よろよろと立ち上がった。

 違う、ここから生き延びられるのは自分を含め13なんだ。
 森の中にこぼれる日差しから、またあのバララントの手練れと伺
える兵士たちが群像としてはっきり見て取れた

「クアン、命令だ早くいけ!」

「はい!」

 若く、元気の良い返事は司令官の命令のなんたるかを全く理解し
ていなかった。

 いまだ負傷兵を担ぎ上げようとやきもきしている。その負傷兵が
クアンの弟であることも、ラクヨウは理解した上でやはり13とい
う数字が頭から離れなかった。

 ラクヨウはクアンの横で片足を失っている彼の弟ダレンの額を、
まだ使っていない回転式拳銃で撃ち抜いた
 硝煙すら急かされるよう、風と共に流れクアンの間抜けな顔を露
わにした。

 クアンは急激に重くなったダレンをようやく手放した。

「はやく、行け」

 ようやく司令官の命令を理解し彼は防衛ラインに向かって走っ
た。

 散弾銃はあと3発、回転式には5発、いいところ10人最低8人を殺
せる。走りながら考えれば、防衛ラインまでの道のりが楽かとたか
をくくっていたが実際よりも、長い距離を走っているように感じられた。

 退避した警ら団の生き残りが到達したのだろう防衛ラインから一
発の煙弾があがった。
 それと同時に、南北の防衛ライン主要箇所からの煙弾も見えた。

 すべての防衛ラインの砲台前で各軍が交戦中、もはや親衛団から
も兵士を借り出さざる負えない状況だ。

 国境ラインで戦うべきではなかった。そう後悔したときにはもう
遅かった。


「ラクヨウ!」

 自分の胸ぐらを掴んだ相手の顔は確認する間でもなくクリエルだ
った。

「司令官のお前が、最前に出てどうする!!」

 ラクヨウは後方へ片手で投げ飛ばされた。

 防衛ラインの砲弾は、あまり功を奏していないようだった。
 手の指からこぼれ落ちる砂のように、バララント兵が防衛ライン
を突破してくる。ラクヨウは膝をついたまま、しばし呆然とそのさ
まを眺めていた。

 これがバララントの半分以上を担う戦力だと、その空気だけで確
信ができた。こうなると次の一波を考えただけでも、背筋が凍る。
 おそらく夕刻までに、メルキア軍も半分以上の兵を失いかねない。

 しかし次の瞬間に、ラクヨウの目の前に立ちはだかったのは大き
な、大きな、船のような影だった。

「大将が前に出るなだぁ?
 ハナッタレが、グラララララ......
 腕が立つならドンと先陣張りやがれ!」

 一払い、空気が揺れ、そして割れた。


 音を立てて地面が割れ、バララント兵の眼前にはおおよ人が越え
ることのできない壁が出来上がっていた。

 プロキス島を南北に1直線、地形をすっかり変えてしまった。

 みるみる視界から消えていくバララント兵を呆然と見つめ、
事態をのみこめないままに、ラクヨウは男の背中を見上げた。

「海賊......王」




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