07/海賊




「部外者お断りってのは聞いてるんだがよい、こっちには返したい
 借りがある」

「......こいつ、一体どこから...?」

 すっと出されたマルコの1歩に、銃声が響いた。

「撃つな!」

 ラクヨウの叫びは遅すぎた。
 それよりも早く、放たれた弾丸の行方に周りの兵士の表情が硬く
ひきつっていた。その先を見れば、半身を蒼炎に変えた男が申し訳
なさそうに笑っていた。

「危害を加えるつもりはねえんだ、
 危ねえもんはしまってもらっていいかい」

「何者だ!」

 キングデューの警戒心を剥きだした獣のような声に、マルコはち らりとラクヨウを見つつ、人間の姿へとゆっくり戻っていった。

「白ひげ海賊団のマルコだ。
 なんだ....その、古いご縁があってよい。
 助けになるかと思って、お隣の国の上空を
 飛んできたんだ」

「飛んできた?」

「飛んできた?」

「飛んできた?」


 あまりにも突飛な発言に、皆一様に口を揃えて疑問を投げた。
 ざわめく兵士をなぎ払い、マーシャルはマルコの前に出た。

「メルキア王国、次期国王のマーシャルだ。
 マルコよ、事情はわからぬがお引き取り願おう
 さもなくば、命の保証はいたしかねん」

「いやー、あんたらに俺を殺すことはたぶん無理だ。
 それに、俺は武器も何も持っちゃいない、
 なんならここで全部脱いでやろうかい」

 さすがにまずいと思ったのだろう、ラクヨウはマルコの前に立ち
はだかるとマーシャルに向かって言った。

「話だけでも、聞かねえか
 たぶん、飛べるんだろうよこの男。
 ......ったぶんな。知らねえけど」

 キングデューとマーシャルの疑惑の視線にラクヨウはいくつもの
槍で串刺しにされている気分だった。

「飛ぶ飛ばないは置いといてだな、
 バララントの状況、知りたくはねえかい」

 マーシャルは訝しげに親衛団に武器を降ろすよう合図した。

 マルコは青いサッシュベルトを巻き直すと、一息ついてその場に
あぐらをかいて座り込んだ。

「わりーが、今日の日中の戦はみさせてもらった。
 敵軍の数の話をすりゃあ、あれは一握りじゃねえ、ほんの指先っ
 てとこだ。連中、女子供関係なく武器を取って戦闘準備をしてい
 る。
 バララントは盗みも殺しも日常茶飯事、とんでもねえ国らしい。
 おそらく、準備が整ったやつらから爆弾持って突進してくると考 
 えた方がいい」
 
 マルコからもたらされる情報は、メルキア軍を絶望させるもの
ばかりだった。

「キングデュー......メルキア軍の兵士の数はどれほどだ」

「おおよそ、700名です」

「......今日の敵軍、どれほどだっただろうか」

「......おおよそ200」

 だれもが言葉を失う中、マルコは何か言いたげに指をぴんとあげ
たままだった。


「......なんだ、まだ何か情報があるのか」

 これ以上の絶望はいらないとばかりに、マーシャルはマルコを睨
みつけた。

「おたくでガラ空きになってる絶壁の沿岸部分だが、
 あの辺もおそらく狙われてる。 確かに船はつけられねえが
 人は登ってくると考えた方がいい」
 
 マルコは一旦、息をつくと友好的な笑みを止めて真剣な眼差しで
マーシャルを見据えた。

「白ひげ海賊団は今200人の船員を乗せてこの付近を周遊してる。
 内、82人が負傷中、10人が重症だ。
 残りの船員で、この沿岸をまかせちゃくれねえか」

「......まかせる?何を言っているんだ」

「加勢するっつってんだよい」

 ラクヨウは考え込むように手をあげた。

「船から攻撃するつもりか」

「上陸を迎え撃つ。
 つまり、陸からだ。
 船にある大砲に関しては、船から使用する」

「船はつけられないぞ?
 まさか、あの船も空を飛べるのか」

「飛ぶことは一旦おいとけよい。
 俺たちの船を岸壁につけることに関しては考えがある、
 ーーどうする?
 部外者を受け入れる覚悟が、そこの王子様にあるんなら
 すぐにでも実行したいんだが」

 その言葉に、皆一斉にマーシャルをみつめた。
 明らかに、受け入れるべきだという嘆願の念のこもった視線が集中する。しかし、マーシャルの表情は依然、硬いものだった。

「蛮賊に助けを乞うくらいならば、
 この島ごと消し去った方がマシだ
 その方はメルキアを知らぬ、
 そして知る必要もない、即刻立ち去れ」

 頑なな拒絶、誰もが理解をしていたがラクヨウはこの先に待ち受
ける戦場の様子、メルキア軍の圧倒的不利な情景を完全に予測して
いた。

 自分は死んでも、マーシャルが生き延びられればそれでいいメルキアが平和で安全なままでよければ、それが最善だった。

「マーシャル! 言ってる場合じゃねえ、
 俺は賛成だ。
 キンディ、お前は?」

 ここで、状況を打破できる。そう確信していたラクヨウは思わず吠えた。

「......見返りは、何を求めている」

 マーシャルはラクヨウに見向きもせず、マルコをまっすぐに見据えていた。

「いま船にいる重症患者の手当てだ」

「この戦争の真っ只中、赤の他人の手当てに人はさけぬ」

 マルコも極力の紳士的な対応を試みていたが、ひき下がるわけにはいかなかった。
 マーシャルの表情に、微々たる迷いを読み取ったマルコは交渉の
余地を読んでいた。

「100人の即時加勢、それに傘下にも招集をかけた。
 明日のこの時間までには総勢1000は下らねえだろうよい。
 世界最強、最も海賊王に近い男とその粒ぞろいの戦力だ。
 ここで逃がすにゃ惜しくねえか。
 
 詳しくは伏せる、だがもらった恩を返すだけだ。
 この戦が終わりゃあ、俺たちとメルキアは一切の関係はねえ」

 キングデューはしばらくの間考えこんでいたが、決心したらしく
拳を握りしめ、マーシャルに向き直った。

「マーシャル様、俺......俺も賛成させてもらいます」

 ちらちらと燃えるひとつの火を囲み、男たちは沈黙のままマーシ
ャルの決断を待った。

「......兵士以外との接触を禁ずる。
 これ以降、市街地への海賊の侵入は見つけ次第銃殺だ。
 必要なものは、ラクヨウかキングデューの許可の元
 兵士を通じて手に入れるように。
 こちらの衛生兵10名を出す。
 船上での手当てに役立てろ。
 メルキア兵士に危害を加えた場合、お前らの船がどこにあろうと
 俺が沈めに行く、いいな」

「恩に着る」

 マルコは落ち着き払った笑顔を見せ、会議室を後にした。
 外へ出た彼が、蒼炎の大鳥に姿を変え飛んで行くのを、兵士たち
は口をあんぐりと開け、その姿が点になるまで見届けていた。

「ラクヨウ...... 」

「あ?」

マーシャルの小さな声に、ラクヨウは振り返ると青ざめた彼の表情
にはっとした。

「あれは...なんなんだ、何者だ」

「海賊...らしいぜ」

 マーシャルには、ラクヨウの心の中が透けて見えるように思えた。子供の頃から変わらない、やんちゃな冒険心。
 即位を前に、彼と同調できない自分の運命を心から憎らしく思っ
ていた。

「マーシャル、ついでと言ってはなんだが......
 許して欲しいことがひとつある」

「......気が進まないが、 聞こう」

「フリードに会った」

 ラクヨウの表情は、マーシャルからは見えなかった。
 きっと、悲しい顔をしているにちがいない。

 マーシャルは、怒りの感情を全く抱くことはなかった。

「あいつは、たくさんのメルキア兵を殺した、
 だが俺は、フリードを殺すことをためらった、
 そして殺せなかった」

 ラクヨウもまた、マーシャルがこの事実を聞いてどう思っている
のか不安で仕方がなかった。振り返ることもせず、マーシャルの言
葉を待った。

「俺が言うべきでないのはわかっている、
 だがラクヨウ、 お前が無事で何よりだ」

 夜空の月は満月、見える位置から察するに時刻は午後10時。
 おそらくあと数時間で次の侵攻が始まるだろう。
 めまぐるしい激流の渦中の緊張感の心地よさが、どっと体から抜
け出ていくような感覚にラクヨウの足は、本当の静寂を求めて歩き
出した。




←Back   Next→


Book Shelf


Top




[ 7/18 ]




「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -