06/フリード


 やがて騎兵団の防衛ライン付近にたどり着いたが、未だ敵軍の気
配は感じられず、ラクヨウは一旦馬を止めた。

「砲台! 中央10台は1キロ後退しろ、虫の一匹も入れるな!」

 そうして、もう突破されているであろう国境ラインへと急ぐ。し
かし、数分も走らぬうちに敵軍の先頭集団の影を視界に捉えた。
 ラクヨウはやむなく前進をやめ、騎兵団の防衛ラインでの迎撃に
作戦を切り替える。

 その敵軍先頭の騎馬兵に思わず目を奪われた。
 相手もラクヨウに気づいたのか、集団を散開させた。

 戦場のど真ん中で、的になるような度胸にラクヨウは感服しそう
になった。メルキア国軍をなめているのか、それとも文字通りに一
騎当千の兵士なのか。いずれにせよ、メルキアの全てを破壊せんと
するその意思に間違いはなかった。
 
 ラクヨウは感情のままに剣を抜き、突進を始めた。しだいに焦点
が合っていく、そしてその顔に怒りは収まらなかった。
 
相手はフリードだった。

「フリード、てめぇ!」

「こうなることを知っていたはずだ、ラクヨウ。 だが、もう少し
 早く気付くべきだったな。 貴様の指揮する兵士も、裏切り者だ
 らけだったということに」

 向けられた銃口に、ラクヨウは自らの感情的な行動によるミスを
後悔し、馬を回避させた。

ーーなぜ剣を抜いたのか、腰にぶら下げている散弾銃の方が
はるかにフリードを殺せる確率が高かっただろうに。

「なあ、ラクヨウ! マーシャルは元気か?降伏を勧めに来たんだ
 がなあ。それに、目障りなメルキア兵の駆除も......お前もこっち
 に来ないか」

「おれがこの国を去るのは、死んだときだけだ。
 雇いたいなら、俺の死体でも雇いやがれクソが」

「それも一興だな、お前の死体だけでもバララントに来れば、
 マーシャルは余計苦しむだろう」

 フリードの恍惚とした表情に、ラクヨウは身の毛もよだつ気分だ
った。そのラクヨウの気持ちを汲み取るように、馬も前へは進もう
としない。

「戦いの用意は万端のようだな。 このままマーシャルに会いに行 
 こうかと思ったが、やめだ。
 メルキアは降伏はしない、そうだろ」

「当然だ」

「お前とは、次は王宮で会うことになるだろう」

 フリードはマスケットを王宮の方角へ高く向けると、一発だけ発
砲した。

 敵軍は防衛ラインの砲弾射撃可能な範囲に到達していた。
 
 一斉の砲撃、爆音が腹まで響く。

 フリードは手綱を強く引き、国境の方へと引き返していった。

 ラクヨウは慌てて後を追ったが、無人の監視塔の間をすり抜ける
かのようにフリードはそのままバララント方向へと走り去っていっ
た。

 遠ざかっていく後ろ姿を眺めながら、ラクヨウは自分自身に落胆
していた。
 かつて、フリードはラクヨウよりも年齢が上だが腕力ではラクヨ
ウに劣った。マーシャルとつるんで遊ぶときは、きまってフリード
にちょっかいをかけ、泣かせることも日常だった。

 それなのに、今日は初めてフリードを恐れた。

 見上げれば、監視塔の窓は血のしぶきがべっとりと付いており周
りを見渡せば、国境警備1班の変わり果てたナニカが散乱してた。

 これが現実、これが戦争。
 あまりにも凄惨な光景に、胃液が上り詰めてくる。
 震える体には力が入らず、ただ呆然と自分の手の平を見つめてい
た。

 綺麗すぎる手、これがフリードとの決定的な違いか。
 ラクヨウは馬から飛び降りると、血の海に膝をつき、かつての仲
間たちを両腕で抱いた。


「......司令!」


 小さな声にゆっくりと顔を上げると、口元を押さえた数名の警ら 
団2班が近づいてきていた。

 その中にはクリエルの姿もあった。どのくらいの時間をここで過
ごしたのかもわからなくなるほどに、あたりは日没を待つだけの、神妙な色を保っていた。

「司令官、王宮へお戻りください」

 他人行儀なクリエルの冷たい声に、ラクヨウは己の立場を省る。

 国境警備が敵軍の最も勢いと殺意のある刃を受けるのは当然、それを受けろと命令を出したのはラクヨウ自身だ。彼らに死ねと命令をするからこそ、メルキア存続への道は切り開かれる。

 いま目の前にいる、長らく友人として親しかったクリエルにすら
彼は「死ね」と命令しなくてはならない。

 ここにはメルキア国軍の兵士以外にも、バララントの兵士の死体も転がっている。
 そして防衛ライン突破の煙弾はひとつもあがっていない。それ
は、彼らが立派に敵軍の侵攻をここで止めた証拠に他ならない。

 バララント方向へ向かったのはフリードのみ、そのほかの"兵士"と呼ぶのもはばかられるほどに野蛮な殺気に満ちていたバララン
トの人間たちは、防衛ラインで全滅したようだ。

 ラクヨウは立ち上り、馬に跨った。

「クリエル、」

「ああ」

 後悔と詫び言を言わせんとするのは、友情か、それとも上官に対
しての無礼か。

 ラクヨウが王宮へたどりついたころにはとっくに日がくれてい
た。民家はどこも火を灯さず、じっとまだ見ぬ恐怖に震えていると
いう様子であった。

 王宮の宿舎棟の明かりに晒されたラクヨウを見たキングデューは
その姿に息をのんだ。
 同胞の血にまみれたその姿は国境ラインの凄惨さを伝えるのには十分だった。


「防衛ラインの砲台は改めて、全て当初よりも前進位置の待機で
 指示をしてきた、
 監視塔からの煙弾後すぐに迎撃体制を取る。
 国境ラインを増兵しても無意味だ、全ては防衛ラインで決着を
 つけるべきと考える」

「こちらも報告は受けている。
 親衛団の数を減らし、防衛ラインでの接近戦に参加させるつもり
 だ」

「悪いがそれには反対だ。
 今回の数はバララントの一握りの兵力と考えた方がいい。
 まだ何度も同じ攻撃をしてくるはずだ
 親衛団の戦力は防衛ラインを突破された場合に備えて温存すべきだ」

 マーシャルは未だにラクヨウの姿に茫然自失といった様子だっ
た。キングデューは、ラクヨウの人格から考え、彼が相当な精神的
ダメージを受けたと予想したものの、むしろ普段以上の冷静さを保
つラクヨウに圧倒されていた。

「あー、ちょいといいかよい」

 会議室の入り口で聞き慣れぬ声を聞いた兵士たちは、とっさ銃を
構えマーシャルの盾となった。


←Back   Next→


Book Shelf


Top




[ 6/18 ]




人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -