04/夜明け


「というわけで、明朝に外出禁止令を敷き、国王軍は国境線の徹底 
 警備と伝達経路の確保。 訓練通りに行う、人員配置は各団の指 
 令と団長で明朝4時までに計画を立てる。
 親衛団は2人、マーシャルとババアの警護につけてくれ。他に必 
 要なことがあれば、計画書と一緒に出せ」

 兵舎に戻ったラクヨウは衛生兵に群がられるように手当を受けな
がら、キビキビとその場に残っていた兵士に伝えた。

「お前は本当に、俺の知っているラクヨウか」

「あ?文句があんならフリードの首持って来てからにしろよ、
 キンディ」

「異議はねえ。望むところだ、ラクヨウ司令」

 キングデューが、久しぶりにラクヨウに向かって笑顔をみせたと
ころで、クリエルは息を切らせて兵舎会議室へ飛び込んできた。

「キンディ、ラクヨウ、聞いて驚け。
 かなりの家が、もぬけの殻だ。王宮の火災に乗じて逃げたん
 だろうな。兵士たちの家をくまなく回ったが......
 リストに名前のねえやつは、残らず家族ごと家からいなくな
 っちまってる」

 ラクヨウは落ち着いた様子で、クリエルの言葉を聞きそしてゆっ
くりとリストを眺め回した。

「不思議はねえ、おそらくバララントと合流してるんだろう」
 
 キングデューも同じく、リストにざっと目を通すとすぐにリストをクリエルに放って渡した。

 クリエルは二人の落ち着き払った、不気味なその様子に背筋の凍
る思いだった。

「おそらく現状のバララント、仮に我々のような軍隊があるの
 であれば、指令系統がめちゃくちゃになっているはずだ。共
 に訓練をしたことのないメルキア軍人が混じるのだからな。
 慌ててこちらに攻め込んでも、メルキア軍が全滅することはな
 い。フリードがメルキア国王の座を欲するならば、マーシャル
 様の戴冠式の前に襲撃をしてくるだろう。 やつらは指令系統
 を作る前にここを攻めにゃならん」

「キンディの言う通りだ。 だが、あちらさんの軍勢の情報は
 皆無。 やはりこちらは、守る戦いしかできねえ......
 はは、上等じゃねえか......」

 ラクヨウとキングデューは、今回のメルキアの悲劇に心を痛め、
怒り心頭ではあったが、目の前に戦が迫る状況を心のどこかで楽
しんでいた。その様子が見て取れたクリエルは、二人が軍人にな
った所以を深く理解してしまった。

「明朝....とはいえ4時間程度か。 それまでに、作戦計画を作る。
 騎兵団の分は俺が面倒をみよう......いいなラクヨウ」

「構わねえ、全てはメルキアの為に......」


 それぞれの司令、そして団長が兵舎棟の自室へ戻る中、ラクヨウ
はまっすぐに厩舎へと向かい、馬を用意していた。

 馬の扱いが達者でないにしても、今回は馬を前進させることに多
大な労力と時間を要した。それも無理はない、理由は彼が自身の体
重よりも重い武装をしていたからに過ぎない。
 ラクヨウは、国境線から1キロ弱の海の見渡せるボロい東屋へと
向かった。

 作戦はとうに頭の中で描かれていた、ただ自身が司令する警ら
団、彼らはチェスでいうところのポーンに過ぎず、どの部隊よりも
犠牲が多く出ることだろうと予想がついていた。
 メルキアに古く残された戦争の記録は幾度となく読み漁ったが、
それはローランド国王が生まれるよりも前の話であり、現状のバラ
ラント軍がどのような武器を用い、どのくらいの数の兵士を用意し
ているかはわからないままだ。

 できることはただ一つ、国境線の死守。
 誰もが初めての実戦投入となる。恐怖を抱かせない、戦うことに
己の使命を見出させること。

 自分がいかに恐ろしいことを考えているか、彼の感覚は、一国民
の感覚からははるかに逸脱し始めていた。

 ーこの刃は何人の首を狩れる?
 ーーこの銃弾1発で何人の心臓をえぐれる?
 ーーーいかに効率よく、バララントの兵士を殺せる?
 
 時間はどのくらいかかる?

 この上なく野蛮な計算ごとに、ラクヨウの目はギラギラと冴え渡
っていった。

 やがて、月が白く透明になっていく朝の空にラクヨウは一筋の青
い光を見た。流れ星にしては鮮やかすぎるその光は、やがて長い尾
を引いて行き先をこちらに見定めるよう方向を転換した。

「......星、ではない。鳥......!?」

 そう解釈する間もなく、青い光は人の形をつくりながら彼のすぐ
そばへと降り立った。ラクヨウは背筋がこわばり、とっさに腰に下
げていた散弾銃を構えた。

 その人間の心臓をいつでも打ち抜ける位置で狙いを定めたまま、
恐ろしげに頭の先からつま先までを凝視する。相手も、ラクヨウの
反応に驚きもせず、両手を上げて虚ろな目でラクヨウをじっくりと
観察しているようだった。

「きさまっ....空から、な、何しにきた!何モンだ!!」

「怪しいもんじゃねぇよい。
 いいから銃を下ろしてくれねえか、 助けが必要なんだ」

「バララントの者だな!」

「バララ?いやいや、ちがうよい。 俺は白ひげ海賊団......」

「海賊!? バララントの海賊かっ!!」

「ちがうよい! 俺の話をきけ!」

「空を飛ぶとは......くそっ」

 ラクヨウは引き金の指にぐっと力を込めた。しかし、空を飛んで
来た海賊の男は突然青い炎のようなものを纏ったかと思えば、思い
切りラクヨウの左腕を蹴り上げた。

 ラクヨウの散弾銃は宙を舞い、彼は盛大に尻餅をついた。

「話を聞け、兵士。 俺は白ひげ海賊団のマルコだ。
 船はあそこだ、モビーディック号......」

 マルコが指す方には確かに大きな帆船の船影が見えた。

「連戦でよい、怪我人がいて......食料も底をついてる。
 水も医療品もねえ。
 傘下の助けを待ってたら、死んじまうやつが出てくる。
 しかも、この凪で船もそうそう進まねえ....
 礼ならはずむ、頼まれてくれねえか」

 膝をつき、ラクヨウと目線を合わせるようにマルコは沈痛な面持
ちで語った。

「......ここはメルキア王国。
 俺は国王軍、警ら団司令官のラクヨウだ。
 この国は、国外からの侵入を一切認めない鉄壁の国
 ......あんた、本当にバララントの人間じゃないんだな」

「その、バララントってのはお隣の国のことかよい?」

「ああ、そうだ」

「ーーはぁ」

 マルコは疲れ果てたように、あぐらをかくとどかっとラクヨウの
前に座り込んだ。

「国交がねえってのは納得した。
 ここへくる前に、隣の国に船を入れたんだが。てんで、相手
 にされなくてよい......
 戦争が始まるらしいんだが、相手はここだな」

「バララントへ行ったのか....!?」

「ああ。祭り騒ぎ......ってのが正しいかわからねえが、
 とにかく、俺たちを助ける気はねえと。誰も取り合っちゃく
 れなくてよい......しかしなんだ、この国は死んだように静か
 だな」

「......ああ、死んだからな」

「あ?」

 ラクヨウはまっすぐにマルコを見据え、無意識にメルキアの現状
をそう肯定していた。そして自分の無意識の中の声を、隠すように
ラクヨウは少し笑うように、海へと視線を逃した。

「その......なんだ、悪いな、海賊のにいちゃん。
 この国の人間は皆、国外へ行くことはおろか、帰ることも、
 接触することもすべて禁じられている。
 ......国境線の監視塔に配備しとこうと思った食料と医療品、
 まあ良くて10人程度の手当ができりゃいいもんだが、それ
 だけで勘弁してくれねえか」

 ラクヨウは馬の鞍に下げていた袋を2つ、マルコの方へ投げた。
マルコが中を見ると、確かに応急手当に使える医療品や長旅に重宝
する食料が詰められていた。

「......いいのか?」

「ああ、お前が二度とこの国に入らなければ問題はねえ。
 外出禁止令が出ているから、誰かに見られたわけでもねえし
 な」

 ラクヨウは馬にまたがると、そっと馬の右頬を撫でて馬を落ち着
かせた。そして散弾銃のハンドグリップを引くと、狙いをマルコに
定め、夜明け前の出発を無言で促した。

 マルコはしばらく、礼の言葉を探したが適当なものが見つから
ず、見えない太陽が空を紫色の染め始めたのを見ると、器用に首に
荷物を引っ掛け両腕に青い炎を纏わせた。



「おう、海賊、
 一つ聞いていいか?」

「ああ、なんだ」

「なんでお前、飛べるんだ」

「......泳げねえからよい」


 雄大なシルエットには不釣り合いの、静かな風の音が海を渡って
行く様子をラクヨウは銃を構えたままじっと見ていた。




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