03/焼失



 王宮を目指し最初に見えた光は、暗闇の空を赤く染める炎の
先端だった。

 ラクヨウたちはそれを見た瞬間に馬に鞭を入れ、全速力で王宮に
向かった。そしてその炎の出所が王宮内だと見るやいなや、馬を乗
り捨てるように火元へと向かう。

 炎は、市街地の家々からも見えるほどに燃え盛り、彼らは夜間の
外出禁止令も聞かずに野次馬となって王宮を囲んでいた。

「ヘレナ様!お下がりください!! 誰かっ!!誰かっ!
 ヘレナ様を!!」

「ハガード! 早く! ローランドの......ローランドの遺体を運び
 出して!」

 ヘレナ王妃のキンキンとした声が寝室の外まで響き渡っていた。

 沿岸警備団の司令であるハガードは、目の前に迫る炎から王妃
を引き剥がすことに必死になり、駆け寄ってきたラクヨウたちに
も気づかない様子であった。
 ローランド王の遺体は炎の中だった。もう姿ではなく影形とし
か認識できないほどに激しく燃えている。マーシャルはその光景
を目の前に、悔しげに歯を食いしばり母親であるヘレナを担ぎあげ
ると寝室を出て階段を駆け下りた。

「クリエル! マーシャル様と一緒に行け! 宿舎の兵士を叩き
 起こして消火にあたらせろ!」

 キングデューの声に、クリエルは頷くとマーシャルの後を全速
力で追いかけて行く。ラクヨウは、あろうことかその場でへたり
こみ燃え続けるローランド王の遺体をじっと見つめていた。

「ラクヨウ!立て!」

 キングデューの声に振り向くことさえもできずに。



 ラクヨウが気づいたときには、宿舎にいた兵士が皆寝間着姿で
駆り出され寝室の消火を終えた後のようだった。寝室と王の遺体
はひどく燃え、遺体のそのほとんどが白骨化してしまっていた。


「ラクヨウ、立てるか......夜が明けたら帰宅している全ての兵を呼
 ぶ。 それまでに各団司令はメルキア防衛の作戦をたてさせる」


 キングデューはラクヨウを気使ってか、そう静かに伝えた。ラク
ヨウも答えるように立ち上がり、王の遺体を一瞥して振り返ると、
階段脇の大理石の柱の前でふと足を止めた。

 煤の汚れを手に平で拭き取ると、磨き上げられていた大理石に
ぼんやりと情けない青年の顔が映る。ラクヨウはしばし、その顔が
誰のものなのか分からず、認識するために凝視していた。


「...なにが戦争だ......何が陰謀だ......なんでオジキがこんな目にあ
 うんだよ。 俺たちは......何をしてたんだよ!」

 滝のように涙を流すラクヨウの姿を、キングデューは直視でき
ず俯いた。特段、ローランド国王はラクヨウに息子同様の愛情を
持って接していた。ラクヨウもまた、王にはだれよりも強い愛情
を抱いていた。

 そんな心の父の永遠、そして安らかな眠りすらも奪い去る出来
事、そしてそれを防ぐことのできなかった悔しさをラクヨウは誰
よりも強く感じていた。
 まるで、自らの死を望みながら、自らを戒めるようにラクヨウ
は繰り返し石柱に額を打ち付けていた。


 キングデューはラクヨウの痛ましい行為を止めることをせず、
王の身を焼いた火の残り香が立ち込める暗闇の中、ラクヨウの
叫び声を心に刻みつけるよう、立ち尽くした。

 王宮の火災の報を聞いた兵士が、呼集もなく自宅から宿舎棟
へと戻っていた。これが単なる国王崩御、そして時期国王の誕
生という平和的なプロセスを辿っていないと、彼ら自身で気が
ついたのである。

 兵舎に戻ったキングデューは、一等先に先頭に立ち、国王崩
御後からフリードの姿がどこにもないこと、国境線捜索の際、
テリーによりラクヨウの命が狙われたこと、そして国王の寝室
で遺体のそばにいたカースンが火災後から行方が分からなくな
っていることなどから、フリードの指揮による反国王派による
暴力的な蜂起が始まっていると断定した。

 また、フリードがバララントに通じている事実からバララン
トからの王不在のメルキアを狙った国家侵略行為がもっとも警
戒すべき事案であるため、司令、団長らに作戦を立て、翌朝に
再度呼集をかけることを告げ、兵士たちを解散させた。



「親衛団80%、警ら65%、沿岸警備70%、騎兵25%ってとこ
 だな。 走り書きだが、今しがた宿舎棟に集合した人間の名
 前は書き出してある。 おそらく、これ以外はみなフリード
 派と考えていいだろう。......どうする」

 クリエルは、今の呼集なしで集まった兵士の名前をリストア
ップしながら、各団の中でどのくらいの割合で人数が集まった
かを計算していた。

「25%、騎兵が壊滅的だな。 やはりカースンは...」
「そういうことだろう」

 キングデューはクリエルから渡されたメモをまじまじと見なが
ら、予想以上の離反者の数に嘆くように呟いた。

「......クリエル、今いなかった騎兵団の団員の家を片っ端から
 あたれ、残っている家族は拘束し王宮の地下に連れてこい。
 ほかにも、フリード派と思しき者は容赦なく拘束しろ」

「ああ、わかった」

「ラクヨウ、お前も一緒に......」

 ラクヨウの瞳は濁った湖のように光がなく、キングデューは
思わずつぐみ目を伏せた。

「.....おれ、マーシャルとババアのとこにいく」

「だが、今は」

「すぐに...戻る」


 ラクヨウは額の傷や火傷の手当も断り、宿舎棟から近いマーシャ
ルの部屋に向かった。思った通り、ヘレナ王妃とマーシャルはそこ
にいた。

 深夜の静寂の中、部屋にはランタンの光がひとつ。とても二人が
王族の人間であるとは認識し難い、淋しげな光景だった。額の傷が
いまになってじくじくと痛み、ラクヨウは小さく呻くとそれに気が
ついたヘレナ王妃がひっと小さく悲鳴をあげた。

「おばちゃ......じゃねえや、王妃。
 こんなことになっちまって、本当にすまなかった」

「ラクヨウ......ごめんなさい、そんな......怪我を負わせてしまっ
 て」

 ヘレナ王妃の動揺は、ある種異様なものに感じられた。ラクヨウ
のボロボロの姿をまじまじと眺めると、大粒の涙を流し彼の手を取
り、自らの額を押し当てた。

 その様子を見ているマーシャルも、唇を震わせてラクヨウを見つ
めていた。ラクヨウはヘレナ王妃の手を握りかえすと、その手の甲
に触れる程度の軽いキスをして、微笑みかけてみせた。

「なあ、やめようや.......絶望したみたいな顔。
 メルキアに残ってる兵士みんな、おばちゃんの味方なんだぜ
 もう絶対怖い目には合わせねえ、俺が約束するよ」

「ラクヨウ、ごめんなさい......ごめんなさい」

 ヘレナはそのまま泣き崩れ、よもや収拾がつかない様子にラクヨ
ウは、困った様にマーシャルを見上げた。マーシャルは、静かにう
なづきヘレナ王妃の肩に手を置く。

「悪いが......あの状態のご遺体を国民に姿を晒すわけにもいか
 ねえ。 国民には当面の昼夜問わず外出禁止令を出す。
 国王軍は明朝から厳戒態勢で......万が一に備える。
 それでいいか、マーシャル」

「頼む、ラクヨウ」

 "戦争"という言葉を避けたのは、王妃の状態を考えてのことだっ
た。その気遣いにマーシャルも安堵し、そしてラクヨウを送り出す
様に、その体を押した。




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