02/15歳


 キングデューが兵舎へ戻ると、国境警備から引き上げてきていた
兵は未だまばらという状況だった。彼は、親衛団の衛生兵長マイケ
ルだけを兵舎待機とし、その他の兵士たちには家族の元へ帰るよう
命じた。家族のないごく一部の兵士はそのまま、住み慣れた宿舎へ
と戻る。

 すぐさま、礼服の上着をマイケルに預けたキングデューは王宮内
の見回りに向かった。兵士のみならず、女中たちも王宮の外の自宅
へと帰っているのであろう、静まり帰った王宮のどこへ行っても、
響くのは自らの足音だけだ。

 王宮図書室、談話室、食堂、厨房、すべての部屋をくまなく探し
続けるも、ネズミの一匹すら出くわすことはなかった。キングデュ
ーは王宮敷地内に見切りをつけ、国境でラクヨウと合流すべく厩舎
へと向かった。

 その厩舎に人影を見つけ、キングデューは思わず剣を抜いた。
 しかし、こちらの存在に気づいたその人物は素早く馬にまた
がるとキングデューの方へと馬を駆けさせた。

「マーシャル様......!」
「加勢する、王宮内の捜索は済んだか」
「ええ、姿はありませんでした」

 先に寝室で対面したマーシャルとはまるで人が違ったように、夜
の森のように静かで落ち着き払った王子の態度に、キングデューは
肝を冷やした。 
 キングデューは慌てて馬に鞍をつけ、勢い良く跨った。

「ラクヨウが警らより2名連れ、国境付近を見回りに行っておりま
 す」

「......2名」

 キングデューのその言葉に、マーシャルはボツリと不満げに
眉をひそめた、しかし日没までに国境までの直線を走りきれる
かどうかの時刻になりつつありマーシャルは突っ込んだ質問は
控えた。
 
 王宮から直線70キロの地点に、ラクヨウはいた。クリエルと
テリーは手分けをして目下フリードを捜索している。
 もしフリードを見つけた場合には王宮へ送り届けるように指
示をしていた。
 そして、クリエルにだけは万が一、フリードが危害を加える
そぶりを見せた場合は身の安全を守り、最悪の場合殺しても良
いと、そう伝えていた。
 テリーに関して言えば、フリード派に寝返っている可能性が
あるためあえてこの命令は出さなかった。
 
 テリーは最年少の兵士だ、できればフリード派でないことを
祈りつつラクヨウは国境近辺を捜索しつづけた。

 フリードもこの機を逃せば最後、ここでラクヨウたちに捕ま
り国からの脱走の罪を問われれば、彼の描いているであろうマ
ーシャル失脚のシナリオはなくなる。兵士に捕まるくらいであ
れば、平気でラクヨウたちを殺しにくることは明白であった。

 この地点まで来ると人が住む場所はなく、青々と木の茂る山
の入り口が国境線に沿って延々続いており、人も馬も容易には
進めない道なき道になっている。クリエルはラクヨウよりも5
キロ王宮側に入った場所、テリーはラクヨウより5キロ国境側
の直線を走っていた。

 ラクヨウは、ここ数年フリードの動きを常に警戒していた。

 彼が決まって話かけていたのは、家族のない兵士たちだった。
崩御に伴う喪に服している間、誰からの監視も受けない人間た
ち。フリード派に回っているであろう兵士の数こそ知れないも
のの、この数日の間に謀反を始めるのであれば、それが軍内部
が発端となることも予想の範囲内であった。

 国王不在のこの国の7日間を、何度もシミュレーションし、
その上で思い知ったのはこの国がいかに無防備であり、無知で
あるか。
 フリードの完全なる野望を遂行するのであれば、マーシャル
の抹殺はもちろん、国に忠誠を誓う、実直で勇敢な兵士たちも
この上なく邪魔な存在であろう。
 今のいままで誰もが口に出さなかったものの、ラクヨウをは
じめ、各々が戦争の始まりを予感していた。

 木々の間に見える空を大きな鳥が自由に飛ぶ姿をしばし目で
追いつつ、クリエルとの集合場所である国境線15番塔へと馬を
進めた。


「司令!」
 15番塔の下にいたのはテリーただ一人だった。警ら団最年少
15歳の少年兵、家族は彼が幼い頃に彼をおいて国を出た。
 無論、今となっては理由もわからない。

 自分に似た境遇に、ラクヨウはどこか彼を目にかけずにはい
られなかった。

「クリエルは来たか?」

「いえ、まだ合流しておりません」

「......1番内地に寄っているからな、しかたがないだろう。
 何か、不審なものは......」

ラクヨウは、姿も見えない何かに冷たい手で心臓を掴まれて
いるような気分だった。

ーー不審なもの?
ーー俺はなんとバカなことを口に出したんだろう。

「見なかったか」
「いえ、特に何も」

ーー俺がここに着くのが早すぎたんだ。

 そのときテリーは馬に乗っていなかった、おそらくフリード
と落ち合い馬を渡したか。そして、彼は監視塔には登らずにい
た。彼にとって、”不審な人物を探す"というのは必要のない仕
事だったというのだろう。

 ラクヨウの目が、悔しさで潤んでいるのにテリーは気がつい
ただろうか。この状況になって初めて、ラクヨウは自分の甘さ、
そしてそのミスの重大さを感じた。

向き合う二人の間が、だんだんと対峙というべき空気に変わり
つつある。

ーーまだ15歳だぞ、そんな小さな体で何ができるというんだ。

 テリーの手はすでに、腰に携えた剣の柄に添えられている。
彼もまた涙に潤んだ目で、かすかにラクヨウに微笑んだ。


「なぁ、テリーよ、今からでも遅くねえから、考え直せ」
「司令は......司令はそれでいいのですか」
「俺が一番大切なのは、メルキアだ。この国の人たちだ、
 それじゃダメか」

「僕は、お父様やお母様に会いたいです」

 その気持ちには同意せざる負えないかった。しかし、
ラクヨウはそれを口にすることはなかった。
 居なくなった親はおそらく国外に行ったのだろう。
そのことをラクヨウが理解できたのは、ちょうどテリーの
年くらいになってからだったか。


「......すまねえな、もっと早くに話をするべきだったな」

 ラクヨウは、心底からテリーを憂いていた。
もっと目をかけてやるべきだった、その気持ちはラクヨウに
反撃の姿勢を一切取らせなかった。

 テリーは、そのラクヨウの様子を嘲るようにうすら笑いを
浮かべた。

 馬蹄が地を蹴る音が聞こえるよりも先に、3発の破裂音。
それとともに、ラクヨウの目の前にいたテリーの右半身は
バラバラと地面に崩れ落ちた。彼の顔は笑ったままだった。


 ラクヨウは思わず、自分の身体の存在を確かめるように
指を這わせ触っていた。無事だ、......テリー以外は、そう
理解すると、きつく唇を噛んだ。

「ラクヨウ、大丈夫か」

 聞こえた声に、ラクヨウは思わず声をあげて驚いた。
声の先にいたのは、マーシャルだった。

「マーシャル!?おまえ、なんで......」

「フリード捜索だ、どうやら......もうこの国を出たようだな」


ーーいまの銃撃の件は?人を殺したことに対してなにも思わな
いのか? ラクヨウはあまりにも淡々としたマーシャルの様子
に怒りとも悲しみともつかない感情にのまれた。 すぐに駆け
つけたクリエルとキングデューと事情を話し合い、今は王宮へ
引き上げることとなった。

 日は暮れゆき、遠くには街の光。
ラクヨウは目を瞑ったまま、まぶた越しに感じる光を探すよう
に馬に乗っていた。

「......テリーは」

 ラクヨウの小さなつぶやきを聴き漏らさなかったのは、マーシ
ャルだけだった。

「残念だった、正常な判断力がつく年齢に達するまえに、このよ
うなことになって」

「そうだな......」

「おれも早計だった、もうすこし狙いを下にすればフリードのこ
とを聞けたかもしれないが......」

「マーシャル、俺が言ってるのはそういうことじゃねえ」

 ラクヨウは目を開き、マーシャルの目をまっすぐに見つめた。
期待していた彼の後悔の念は、彼の瞳からは感じることができ
なかった。

「ラクヨウ、これは事態はすでに戦争だ。
 テリーがフリード派であると見抜けなかったのは仕方がなかっ
 た、そうだとしても、相手に剣を抜かれてぼうっと突っ立って
 いて俺を守る兵士が務まるのか?
 子供に爆弾を巻いて王宮に放り込まれでもしてみろ!
 お前もすこしは......」

 マーシャルの方がよっぽど兵士らしい考えを持っていた。
しかし、ラクヨウはそこまでの人間にはなれなかった。
口を開けたまま、唖然と暗闇の中でマーシャルの声のする方を
見つめていた。


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