17/終焉



 ドアの前でへたり込むマーシャルに、グレゴリー老は膝をついて
語りかけていた。

「お怪我はございませんかな、マーシャル王子」

 しかし、返事をできぬほどにマーシャルは狼狽えていた。
グレゴリー老の背後で行われている凄惨な拷問、響き渡る男の悲鳴
に脳がガタガタと揺れているのを感じた。

「ああまでする必要があるのか」

 マーシャルの小さな声に、グレゴリー老はニコリと笑ってみせた。

「我々は古い人間でございます。目には目を、歯には歯を。マーシャ
ル様、あなたは幼かったがゆえに知らないでしょう、フリード様の墓
がどうしてあるのか」

 響き渡る悲鳴に視線を這わせれば、どこから掘り出して来たのか
鋭利な刃物で内側を飾られた棺の形の鉄の塊に、男は両手両足を
くくりつけられている。
 老人たちを前に、大の男が抵抗できなかったのか。否、抵抗すら
虫の吐息程度、彼らは兵器と称しても唯わぬほどに、人を殺すことに
慣れていた。

「我々の任務は、メルキア兵を育てるだけではございませんでした。
バララントのみならず、海を越えた諸外国への諜報活動もその一環。
マーシャル様、よく聞きなされ」

 グレゴリーは、マーシャルの顎を指先で力強く自分の方へと向けた。
 彼の顔から笑顔は消え、その目には涙が見えた。

「フリード様の遺体を、バララントから持ち帰ったのは私でございます。
それは、国王の目に晒すのも憚られるほどに、酷い、惨たらしいもんで
ございました。誰よりも国を思い、危険を顧みずにバララントへ飛んだ
英雄を、あんな姿にした....マーシャル様、私はあの男が憎い。
憎みきれぬほどに」

 グレゴリー老の涙に濡れたぐしゃぐしゃの顔に、マーシャルも涙を
浮かべた。

「グレゴリーよ、我々は....正しいことをしているのだろうか」

「正しいかどうか、それは歴史が決めること。あなたや私が決めるこ
とではない。しかし、この国の歴史が血と暴力から始まっていること
を、そしてそれが繰り返されたことを、お認めになってくだされ。
国とは、愛や平和だけでは語れないことを、どうか....どうか....」

 暗い扉が閉ざされ、やがて悲鳴は消えた。

「マーシャル様、王になる覚悟はできましたかな」
「....する他あるまい」

 やがて、ラクヨウを抱えたクリエルが玉座の間に現れた。ちょうど
老人達が、畑仕事を終えたかのように王宮を去ろうと移動を始めた
ところだった。

「マーシャル、無事か」

「....この通り、傷のひとつもない」

 脅威は去った、しかしマーシャルの表情から、ラクヨウは何かが
大きく変わっていくのを感じていた。

「フリードは、5年前に死んだ。バララントから戦争を仕掛けて来た
のは、フリードではなかった」

「フリードは....つまり」

「裏切り者ではなかった....」

 マーシャルはラクヨウに向き直ると、自力では立てない彼を力強く
抱きしめ、声をあげて泣いた。
 ラクヨウは状況を飲み込むことに必死で、未だフリードに対する
誤解や偏見を解くには至らなかった。

「フリードは死んだ....俺はそれだけで十分....だ」


 東門で軍事行為を放棄したバララント兵たちは捕縛され、王宮の
地下牢に留置された。彼らはやはり、かつてのメルキア兵であり
その中でも精鋭であった。
 その後、フリードの正体を聞かされた彼らは一様に自らに死罪を
要求したという。

 数日後、メルキアの兵士は初めて集団で国境を超えた。目的は
バララントの国土を焼き尽くし、メルキアと白ひげ海賊団の旗を
たて外敵の侵入を防ぐためだった。

 しかし、初めてプロキス島の西の岬に到達したとき、かつて
バララントと呼ばれていた場所には、すでに草木もなく、山は
有していても川の干上がったその土地は過酷な暑さに晒され、
建物のほとんどは朽ち果てた別世界であることが分かった。

 当然、彼らがこの土地を捨て、身分も関係なくメルキアに
攻め入ったのは生きる場所を欲しての行為であったことが誰の目
にも明らかであった。

 メルキア兵の目的は手を下さずとも自然の摂理により為されて
おり、彼らはその土地にわずかに残っていた老人やこどもを馬車
に乗せ、メルキアへと連れ帰った。


 メルキアの中では、戦没者の遺体の回収をマーシャルが最優先
事項として命じ王宮は未だに火災の後や血なまぐさいままであった。

 ラクヨウは重症の体を動かすこともままならず、ただただ南の岬
で海をじっと眺めていた。

 白ひげ海賊団の船は、停戦から5日ほど停泊したままで、ちょうど
明日にでも傘下の船と共に出航をすると聞いていた。

 彼はこの岬のこの座っている崖の上から数メートルでも前に進んだ
景色はどんなんだろうと、体の痛みを忘れるためにじっと考えていた。

「体はどうだ、」

 いつのまにか隣にいたのはキングデューだった。
 隊服のジャケットは脱ぎすてた軽装に、ながらく見ていなかった気楽
さが見え、ラクヨウは少し顔をしかめた。

「痛えに決まってんだろ」

「だろうな」

 少し距離をとって隣に座るキングデューを睨んでも痛みは消えるわけ
ではない、そう思ってラクヨウはまた視線を水平線へと移す。

「マーシャルには会ったか」
「......未だ、王宮にも入ってはいない」

 マーシャルの無事が確認され、キングデューが首をくくるような
事態は避けられたものの、彼は一度も王宮に戻らずにいた。
 その気持ちがわからないでもないラクヨウは、彼にどんなことを
言われても驚きはしなかった。

「世界を知らずに死ぬのか、と......ずっと考えているんだ。
 気持ちのいいものではないが、おれがここでこのままぼうっと
していれば、自動的に大臣にさせられる。
 ......嫌なんだよ、そんなの」

 キングデューの表情は、言っている言葉とは裏腹に晴れやかだった。
 堅実真面目一本の男だった。幼い頃から一緒だったが、どこかで
ラクヨウとキングデューの道は違った。
 いつからかは、まともに口を聞くこともなくなり、メルキア軍での
出世も、キングデューが誰よりも早かった。そのため、ラクヨウに
とってキングデューはもう追い越すことのできない背中だった。

 対照的に、キングデューはラクヨウを見下しながらもマーシャルを
はじめ、皆の心を開くラクヨウという男の真の力に恐れていた。
そして彼もまた遅れながらも司令官という立場にまで上り詰めてきた
ときには焦りを感じていた。

しかし、二人とも心の奥底では共にメルキアを愛する戦士であり、
親友であることに変わり無いことを願っていた。

「ラクヨウ、俺はこのまま行く。
 あの船を逃したら、もうチャンスはない。
 ......白ひげの親父も、来いと言ってくれた。
 お前も......」

 ラクヨウの心では、もう答えは決まっているが
はっきりとした言葉としてそれを表すことができなかった。

「あと数時間で戴冠式だ、お前も来るだろ」

 そっけなくそう言い残し、ラクヨウは王宮の方向へと歩き出した




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