16/遺産

「......司令さんやい、知っとるかね」

 不意にかけられた声の主を探すと、腰の折れ曲がった老人が年代
物の弓を片手にキングデューのそばにいた。

「何をしている、外出禁止だ。
 ここもすでに安全ではない、早く家に......」

 老人はぎろりとキングデューを睨みつけると、残り少ない歯を見
せ、微笑んだ。

「かつて、この国には古代兵器があった。ああいうのは不思議な
もんでねえ、誰もが欲してこの国を目指したもんさ。高価な贈り
物で手に入れようとする輩や、それこそ当時の海軍だって、その
シロモノを見に来た。
 当然、戦争をしかけてくる輩もいたなぁ、懐かしい話じゃが」

「一体....何が言いたいんだ」

「ローランドの先代、ランドールは国民を守るために最も有利な
取引を望んだ。そのお眼鏡に叶った相手が一人だけ、それがはる
か遠くの国の国王じゃった。ゆえに、この国からその古代兵器は、
秘密裏に運び出された。
 もう、この国にはその古代兵器はない......」

「戦火がここまで及んだ今、古代兵器なんぞあってもどうにも
ならないだろう。マーシャル様を救う手だては....もうない」

「逆じゃ、そう焦りなさんな。
 ランドールの取引の内容を知ってるものはこの国でもごく僅か。
いつ動くとも、その威力すらもわからない古代兵器と引き換えに、
ランドールが得たもの。それがわしらじゃ」

 キングデューが改めてあたりを見渡せば、そこには各々自宅で
保管していたであろう銃火器、刃物、鈍器を手に続々と老人たち
が王宮前に集まってきたのだ。

「農民しか居なかったこの国に、国を守るための兵士を雇った。
それがいずれ、この国の若者達に兵法を教え、自国民で防衛が
できるほどの戦力を育てた。お前さんは知らんだろうが、
メルキア兵、そしてその忠誠心そのものがランドール、そして
ローランド、マーシャルにもたらされたメルキアへの遺産なん
じゃ。」

 キングデューは、その老人の話にあっけにとられていた。
そして、メルキアの財産であったはずの軍の司令官でありながら、
後続を腰抜けに育ててしまっていた自分の怠慢を恥じた。

「耳が遠くての、鐘の音があったときには、いつでも出れるよう
にしとったんじゃが、まだ遅くはないな。かつてのメルキアの
財産もこんなに老いぼれちまった、古代兵器と呼んでもらって
差し支えないだろう。はっはっは!おい!お前ら集まったか!」

 彼の掛け声に、しわがれた返事が方々から上がった。
 彼らは兵からの制止も聞かず門を開け、続々と王宮内に
流れ込んで行った。

「国王殺しの罪を思い知らせろ!
 骨の一片も残さずに殺せ!」

 キングデューが呆然と老人達を見送る中、ほとんど意識すら
耐えているラクヨウをクリエルが抱えて来た。

「停戦協議中の軍事行動規制に抵触せぬよう市民を動かしたか....
 ま、待てラクヨウ。マーシャル様は死んだのか」

「......生きてて欲しいから、鐘を鳴らしたんだが」

 ラクヨウは大きく息を吐きながら、その場に座り込んだ。
そして、キングデューの顔を見据えると、近くへ寄るよう
にキングデューを手招いた。

「メルキアは戦争に勝つ、だがお前は負けだ。
 戦争の結果に踊らされてこの国で腐る前に、お前にはこの国を
出てほしい」
 
 キングデューはラクヨウの小さな声に聞き入りながら、大粒の
涙を流した。彼にはわかっていた。この戦争における親衛団の失態、
それはキングデューの首をかけても償いきれないものであることを。

「ラクヨウ....おれは、どうしたらいい」

 ラクヨウは無言で空を仰いだ。空には低空を周回するマルコの姿があった。

「あれだ......」
 
 マルコはラクヨウのすぐそばに着地した。

「ようマルコ、出発の用意は済んだか」

「......何のことだよい、東門まえに集まったバララント兵の
 首の骨を折る準備して待ってんだよい」

「血の気の多い野郎だ」

「照れるよい」

「そんな手間はかけさせないぜ。そこにいる大男なんだが、あんたの
海賊で引き取ってくれねえか。残念だが、この国にはいられなくなっ
ちまった」

「......王子さまは死んだのかよい」

 ラクヨウは呆れたようにため息をつくと、力を振り絞って立ち上がり
弱々しく歩き出した。

「皆おなじ質問を俺にしてくれるな
 いいだろう、確かめてきてやるから
 待ってろ、ドアホ」


 ラクヨウの1歩は、生まれたてのひよこの1歩よりも弱々しいもの
だった。見かねたクリエルはラクヨウの肩を支え、王宮へと入って
いった。



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