13/何者


 バララント歩兵と違わぬ軍服に身を包んだフリードがラクヨウを
見下ろしていた。
 メルキア兵も、フリードに気づいたのか咄嗟に銃口を向けるも、
発砲できるものはいなかった。

「死なないように肩を狙った、足は元気だろ。さあ歩け」

 撃たれた肩口を掴まれ、ラクヨウは声にならない声で絶叫し、
白目を剥く。

 国中に届くほどの絶叫は、バララント兵の攻撃が一瞬にして止ま
ったからだろうか。彼らは銃を下ろし、皆一様に立ち止まった。

「ラクヨウを離せ!」

 躊躇わずに発砲したのはキングデューだった。しかし、フリード
はその発砲が威嚇であることをいいことに微動だにもせずにキング
デューに振り返った。

「親衛団司令にあるまじき行為だなキングデュー、
 王族に向かってを暴力行為を働くとは」

 落ち着きはらったその声に、キングデューは思わず銃口を下げ
る。

 他のメルキア兵もまた、一瞬にして空気の変わった戦場の様子に
戸惑い、銃を下ろした。

 ラクヨウの首元にはナイフを突きつけられ、フリードはそのまま
ラクヨウを引きずるように易々と門を潜った。

「君らがこの状態でも、ラクヨウを避け僕を打ち抜けるほどの
 射撃センスを持っているのは、よくわかっている。
 だが、その銃口を生身の人間に向けるのは初めてとお見受けす  
 る。このまま王座まで通せ、マーシャルも呼ぶんだ」

 フリードは、もう勝ったも同然と言わんばかりの笑みを浮かべメ
ルキア兵に道を開けさせた。

 そのまま、まっすぐと伸びる王座への廊下をラクヨウの血のした
たる肩口を掴んだまま進む。

 王宮のなかでも一際豪奢な王座の間、今は主人を失った大きな王
座が再奥にあり、それはまるで眠っているかのように見えた。

 王座を囲むステンドグラスの窓が、日の光を様々な色に変え、床
には色とりどりの文様が映し出されていた。

 未だに合わない焦点が、また突然の衝撃に揺らぎラクヨウは地に
伏せた。

 この戦いの中で死んでいった仲間たちも、こんな思いをして死ん
だのか。メルキアのために無駄死にだったと泣きながら、バララン
トの兵士の胸糞わるい顔を睨みながら。


「痛いか、ラクヨウ」

「てめ....一体何を」

 冷たいフリードの声に、ラクヨウは喉から声を捻り出そうとする
も、その瞬間的確に肺を潰すような蹴りが入る。
 冷たい床を這うように、ラクヨウの情けないうめき声が玉座の間
に響いた。

「僕は、それ以上の痛みを味わったよ」

「そうか....大した痛みじゃねぇな、クソが」

 怒りに震え、紅潮するフリードの顔に血反吐を吐いてやれば、ラ
クヨウの顔には満遍の笑みが咲く。
 そのとき、重たげな扉の開く音とともにマーシャルは逃げ腰の親
衛団の2人に名ばかりの護衛をされながら王座の間に入ってきてい
た。

 マーシャルの殺気のこもった視線はフリードを突き刺すようで、
皆が恐れおののいた。その表情に答えるように、フリードはラクヨ
ウを蹴ることはやめ、マーシャルに向き直った。


「マーシャル、停戦の申し入れで僕はここへ来た。
 外交マナーは心得ているかい?
 ああ、すまなかった。
 この野蛮国家に外交なんてものはなかったね」
 ラクヨウは動かぬ身体をよじりながら、マーシャルの姿を探し
た。

「マーシャル....逃げろ、マーシャル」

 ラクヨウの言葉に、フリードは怒り狂ったように何度も何度も腹
にめがけて強烈な蹴りを入れた。その様子に、マーシャルは鬼のよ
うな形相で絢爛な鎧のパーツ一つ一つを外しながら、フリードに歩
み寄った。


「......テーブルへつこう
 全員、ここから出てくれ」

 その言葉に、フリードも武装解除を見せつけるかのように持って
いたナイフを地面に落としホルスターの銃もすべて投げ捨てた。
 


「マーシャル......」

 渾身の弱々しいラクヨウの呼びかけに、マーシャルは目もくれず
にまっすぐにフリードをにらんだままだった。

「マーシャル......殺されるぞ......マーシャルを......助けろ」

「ラクヨウ司令、ここは我々も命令には背けません
 待ちましょう」


 親衛団の一人は、ラクヨウよりもその場の状況を心得たかのよう
に、ラクヨウを担ぎ上げた。

「待てるか......クソが.......」

 抵抗する力はどこにもなかった、そしてそれが悔やまれたラクヨ
ウがやっとの思いで吐いた言葉はマーシャルの心に届くことはなか
った。

 重い王座の間の扉は、硬く閉ざされた。




「久しぶりだな、マーシャル。
 相変わらず、この戦争のさなかでも綺麗な顔をしている」

「停戦は前向きに検討したい、 そちらの条件は?」

 マーシャルは王座の間の隣に設けられた、執務室のテーブルに腰
掛けると冷たくフリードをあしらった。

「思い出話もさせてくれないのか、くえねえやつ」

 フリードはよれよれになった羊皮紙を胸元から取り出すとテーブ
ルに広げてみせた。

「なあ、マーシャル。
 これを読んでくれないか?
 できるだけ、大きな声で」

「......いいだろう
 ーー我、メルキア王国第17代国王、ローランドは
 第18代国王に、甥にあたるフリード・ブレンを任命する。
 その際の大臣にはメルキア軍親衛団、司令の人物を置くべしーー
 
 5年前、俺が16のときの父上の遺言だな」

「その通り、ではなぜ僕は次期国王の戴冠式に呼ばれもしないんだ
 次期国王である僕が、だ」

 王位継承の遺言、その存在にも驚きを見せないマーシャルは落ち
着いた様子で、フリードを見据えていた。
 対するフリードはそのマーシャルの様子にフリードは苛立ちを隠
すことはなかった。
 
「おそらく招待状を書きそびれたか、送ることが
 できなかったのだろう。
 なにせ、君はずっとバララントにいたのだから」

 マーシャルは相変わらず平然と答える。フリードもリードをされ
まいと平静を装った。

「そうか、それはうっかりしていた。
 国王の遺体を燃やす前に、受けとっておくべきだったな」

 フリードはマーシャルの隣の椅子に座ると、声をあげて笑いはじ
めた。

「停戦は語弊があったな、マーシャル。
 僕はいまでもこのメルキアの国民なんだ。
 だから、条件はこう
 君は次期国王の座を辞退し、ローランドの遺言通り
 僕に次期国王の座を譲り、
 この戦争の全責任をとってくれれば、
 この戦争は魔法のようにピタリと止まるんだ」

「停戦は語弊?
 その言葉には、同意しかねる」

「君の同意は必要ない、死ぬしかないのだからな。
 そうだ、気持ちよく死ねるように教えとこう。
 僕がどれだけメルキアを愛しているかを」

 フリードは立ち上がると、執務室にかかる歴代の国王の肖像画
を、静かに壁から下ろしはじめた。

「国民を愛し、国民から愛される国王。
 見返りを求めない、無償の愛。
 人間の幸せの真骨頂さ。
 僕は、それが死ぬほどに欲しかった。
 誰からも愛されない人生を、終わらせたいんだ。
 ローランド国王は、自らの愛を示すことで
 国民に自発的な愛国心を芽生えさせた。
 この国には何人いるかな、戦争の前は3万と聞いた覚えがある。
 その愛を、僕に受け継がせようとしてくれたんだ。
 実の息子である君ではなくね」

 フリードは、一番右の端に飾られたローランド国王の肖像画を持
ち上げると、愛おしそうにそれを抱きしめた。

「この遺言は、君の耳にも届いていたはずだ。
 悔しかったかい?
 君は何も思わなかったはずだ、平和しか知らないのだから。
 その君が、僕がバララントからメルキアに帰って来た2年前
 人が変わったように国王になるために躍起になってるのを見て
 僕は思った。
 君には、運がないってね」

 マーシャルはぴくりとも表情を変えず、フリードを見つめたまま
静かにその言葉のひとつひとつを聞いた。

「停戦の条件、合意したいところだ......」

 マーシャルは静かにそう言うと、立ち上がってフリードのそばに
歩みよった。




「お前が本当に、"フリード・ブレン" ならばの話だが」


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