12/侵攻


 ラクヨウは馬を走らせ、市街を目指していた。
 市街門前を守っているはずのメルキア兵が一人もいない状況に思
わず馬を止め、最悪の状況を予測した。

 白ひげ海賊団の平原防衛ラインでの作戦が功を奏しているのであ
ろう、現在ラクヨウが見上げている南門ではまだ敵の行軍の気配は微塵も感じられなかった。

「他に門は....」

 不気味なほどに静まり返る南門を後に、ラクヨウは市街のライン
に沿って行動を始める。おそらく敵は王宮に最も近い東門に集中す
るであろうと予測した。


 そして、東門の門前に一人立つキングデューが視界に入ったとき
ますます状況の理解に苦しんだ。

「キンディ!」

 敵軍の気配を感じる方を向いて、顔を青ざめさす親衛団の司令官
はラクヨウの姿に見向きもせずにいた。

「一体何があった!」

「ラクヨウ、これは俺のミスだ」

「ミスだ? ......門を守る兵はおろか市街を囲んでいるはずのメル
キア軍がいない!これががミスで済まされるか」

 ただ一点を見つめ、我を失っているかのようなキングデューの姿
こそが、ラクヨウにとっては恐ろしかった。

「親衛団は、次期国王の命よりも己の命を選んだ。
 俺は、敵前逃亡の兵たちを処刑する権利がある、だが
 そうはできなかった」

「キンディ......」

「せめてバララント兵の首の2、3でもみやげに
逝かせてくれ。司令官の責任を....」

 キングデューの言葉に耳も貸さず、ラクヨウは彼のそばをすり抜
けるように走り去った。そんなラクヨウの背中を目で追いながら、
弱々しい灯だった友情がすっかりと消え去り、鼻をつく匂いと煙が
キングデューの視界を遮った気がした。

 ラクヨウが向かったのは、王宮の北の兵舎だった。微かな望みにすがり、辿り着いた兵舎には自らの指揮する警ら団国境警備の交代
要員が数名ではあるが待機していた。

「命令だ、3人は王宮内で腰を抜かしてる親衛団を引っ張り出してこい。方法は問わねえ、全員を5分以内全員を集めろ。
 北門2、南門2、東門6の割合で兵士を割振れ。北と南は門に到達
次第、煙弾を上げろ。そして各々、門を死守してくれ。
 突破されれば、メルキア国民、そしてマーシャルの命はないと思え。最後の戦いだ、覚悟しろ」

 警ら団の面々は、一斉に不安げな表情を浮かべた。

「待ってください、我々が親衛団に対してそのようなことは....」

「そうです、同じ軍人とはいえ位のいくつも高い彼らに命令することはできません」

 彼らの懸念や御託を聞いている1秒ごとに、ラクヨウの苛立ちを募る。

「外は、一刻も猶予がねえ。殺してでも、外へ引っ張ってこい。
 命令拒否はその場で銃殺だ」

 怒りに震えるラクヨウの声に、警ら団は全員恐れをなし逃げるよ
うに兵舎の外へと駆け出した。

 彼らの背中を見送ると、ラクヨウは深呼吸をひとつそしてまた東
門に向かった。

 警ら団の働きは勲章モノであった。
 ラクヨウが東門に到達し、またあのキングデューの情けない顔を見るやいなや、北と南の門からは煙弾が登った。

 そして東門にも、血相を変えた親衛団が続々と現れた。

「ラクヨウ、これは......」

「今は何も言うな、そして振り向くなキンディ。
 作戦を伝える。
 これからここへ到達する兵は、皆元々メルキア兵だったものだ。
 平原防衛ラインで雑魚は全員あの海賊団が掃除した。
 古巣の習性ならよくわかっているだろう。
 煙弾により北と南は突破されたと見せかけておく。
 そうすれば確実にこの東門に敵は集中する。
 そこを一気に叩く」

「......成功するか」

「元メルキア兵、煙弾が嘘をつくなんて思ってねえさ
 バララントはもうもぬけの殻だ、
 誰もがマーシャルの首を狙っていることを忘れるな」


 キングデューの青ざめた顔にラクヨウはにやけて見せた。地鳴り
はすでに聞こえている、市街地の入り口にバララント兵が到達するのも間も無くだろうと、ラクヨウは怯えきった親衛団の兵士たちに
振り返った。

 警ら団はおおよそ20名程度、親衛団は30名程度、この戦争が始
まる前には1000といた兵士たちが、ここまで数を減らしていたこ
とにラクヨウは改めて、後悔の苦い思いを噛み締めていた。
 しかし事実、これが現在のメルキアの全兵力だ。

 ここで終わらせなければ、もうメルキアには何も残らない。
 そう自分に言い聞かせ、最期の戦いに銃弾を込めた。

 左手には、もう現役を退いていたモーニングスターが握られメル
キア兵は司令官の気迫に恐れた。

「迎え討つ敵が何者であろうと、
それは今のメルキアを破壊せんとする悪魔だ。
 遠慮はいらねえ、手足を失おうが喉元に噛み付いてやれ。
 いまここで、俺たちがやらねえならメルキアに明日は来ねえ」

 見るからに震え上がる兵士に、ラクヨウは駆け寄った。

「怖いなら、叫べ」

 彼は、ラクヨウの"理解"に驚愕した。
 彼は、言いたいことは山ほどあった

 この気持ちがわかるのであれば、あなたも怖いはずだ

 全てを知った上でどうして分の悪い戦いを続けるのか


 その全ては、恐怖を叫んだ。
 波のように広がった絶叫の呼応は、怖気付いた戦士たちに狂った戦意を植え付けた。


「キンディ、お前と親衛団とのいざこざはこの戦闘には
 絶対に持ち込むな。お前はいま司令じゃねえ、1兵士だ。
 殺さなければ、お前が死ぬ。
 いいか、お前の存在は生きてこそ脅威だ。
 絶対に忘れるな」

 ラクヨウの言葉に、キングデューは背筋も凍る思いだった。
 背後に続く、彼らの恐怖の言霊と正面から感じるバララント兵の
足音に、今まさに身体が潰されるとすら思った。

 ー俺は、お前ほど強くない。

 その言葉を噛み砕くように歯をくいしばる。


 目視できる距離に、バララントの兵が達していた。ラクヨウとキ
ングデューは馬を駆けさせると、門の外へと飛び出していった。

 前方に置いた騎兵より先に、祭を始める。

 バララント先陣10ほどの兵が、ラクヨウの左手の鉄球に噛み付か
れて血を吹き出し、最期の言葉もなく地に伏せる。
 自軍の騎兵すら呆気にとられるその光景に、ラクヨウは次の敵を
探すようにさらに前進した。

 その光景を目の当たりにしたキングデューも、幾分か落ち着きを
取り戻し、マスケットに弾を込める。

 好機と取り違えキングデューの正面に出たバララント兵の額に
は、ためらいのない風穴が開く。

 バララントの後続は次々に迫り来る。
 キングデューの援護もありながら、ラクヨウの巧みな鉄球さばき
は、誰一人として門を通さない。

 周囲を見渡せば、南北から彼らのいる東門へと進路を変更する敵
の行軍が見て取れた。煙弾による芝居は、うまく敵を誘導していた。

 この東門さえ死守できれば、この戦争はメルキアの勝利だ。
そう、一筋の光を感じたラクヨウは、拳に力を込めた。

 生きるために人を殺すことは、快楽すら彼に感じさせていた。
 人間として、最悪だとわかりながらも敵兵の頭蓋骨を叩き割ることをやめられない。

 キングデューの姿を横目で見れば、彼もまた恐怖の感情を完全に捨て去っているのがよくわかった。
 言うなれば、無色透明。
 端的にそれは、兵士としてのあるべき形そのものと感じた。

 自分たちがこれをやめたら、大勢を死なせることになる。
マーシャルが死ぬことがあれば、兵士だけではなく国民もまた。

 1つの波が終わり、息をついたラクヨウの視線に迫る1つの兵士の
姿があった。まるで自分だけを見ているようだった。

 殺気、気迫ともにケタだ違った

 突然、視界が突然波打ちはじめ、左の肩が激しい熱を持ち始めた。
手綱を握ることもできず、そのまま地に伏せると、近づいてくる靴
のつま先が眼前で止まった。


「言った通り、だな。
 ここが王宮の中でないことが、悔やまれるが
 こんな好都合、神はやはり僕の味方のようだ」

「フリード......てめえ」



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