11/孤独

 時間が止まったかのよう、二人は会話することを止めた。

 やがて荒っぽい縫合は終わり、ラクヨウはズタズタになった隊服
のジャケットを窓の外に放り投げた。

「この恨みは一生忘れねえ」

「なんのこれしき」


 礼の言葉にマーシャルは鼻で笑う、そして武器庫を去っていく彼
の姿に、ラクヨウはどこかもの悲しげな空気を感じ取り、思わず
眉尻を下げた。

「敵は目の前だ、絶対に死ぬな」

 とっさに投げられた言葉にマーシャルは振り返ることはせず、
その言葉を噛みしめるようにゆっくりと頷いた。




 自分の命ひとつで大勢が守れるのなら、そう考えたヘレナ王女は
自害を考えたのだろう。

 本当はローランド国王の血を使って、それでも足りなければ自分
の血で古代兵器を動かして国を守ろうと本気で考えていたはずだ。

 それが戦争の実体なのだ。
 本当に戦争を理解していたのは、彼女だったのだ。

 ラクヨウはそう思うと、戦いの前で心が踊った自分がバララント
の民とそう変わらない、野蛮で下劣なものと感じた。

 まだ、たくさん死ぬだろう。

 しかし、それは大多数の生のために必要なことだ。
 

 そう、誰かに言って欲しかった。


「......キンディは」

「キングデュー司令は王宮内の作戦室です」

「わかった、親衛団はマーシャルを頼む」

 兵舎に戻ったラクヨウは、待機している残りもわずかな兵に
指示をして、厩舎へと向かった。

 最期まで全力で戦えるだけの散弾銃の弾薬補給をし、手当たりし
だい、武器として使えようであれば鉄のパイプや囚人の足かせです
らかき集め、馬に乗せた。

 王宮から走り出すと、上空からの強い風に馬が嘶き、足を止めた。

「おい包帯野郎!」

 声の主は海賊のマルコで、その表情は焦りで満ちていた。
 ラクヨウは嫌な予感がしたし、なによりも市街地に彼がいること
自体にただならぬ危機を感じた。


 決して大きな声は出さず、マルコに向かって手を大きくぶんぶん
と振ってラクヨウはマルコに市街地から出るよう促す。

 幸運なことに、マルコはそれにすぐに気がつくと進路を南へとっ
た。上空の青いマルコの軌跡を追い、ラクヨウもあとへと続いた。


「バララントにはもう人っ子ひとりいねえ、
 メルキアも総力戦に切り替えろ!
 平原の防衛ラインも網羅できてねえから取りこぼしもある
 おそらく、市街の防衛ラインももうじき
 総攻撃をうけることになるだろう
 本当は、こんな律儀にお伺い立てるタチじゃねえんだが、
 市街防衛ラインにも俺たちを参加させろ!」

 ラクヨウは、しばし瞬きを繰り返すだけだった。イライラした
様子のマルコは、その様子にいまにもラクヨウに掴みかかりそうな
勢いだった。



「マルコ......何を言ってるんだ、お前ら、死ぬぞ」

「あ? 寝ぼけて言ってんなら目を覚まさせてやろうか!」

 マルコはラクヨウの胸ぐらを掴み、拳を振り上げた。

「百も承知で言ってんだ。
 ここで俺たちが引いて、この国が潰されちまったら
 船で待ってる、命拾いした仲間に
 どのツラ下げて会えばいいんだよい!」

 ラクヨウは慄くでもなく、焦るでもなく
ただ落ち着いてマルコの様子をじっと見つめされるがままになっていた。

 そうして静かに、口を開いた


「許可はしない、だが......頼みがある」


 ラクヨウの目は、戦意を取り戻したかのように光っていた。その
表情に、マルコは怒りに震えた拳をゆっくりと下げた。

「白ひげ海賊団は、もう戦ってくれるな。
 その代わりに、俺が犯した過ちを......
 償う手伝いをしてほしいんだ」

「あ?神にでも祈れってかい」

「負傷して動けなくなってるメルキア兵を助けてくれねえか」

「あ?」

 ラクヨウはボロボロと涙をこぼしながら、胸ぐらを掴むマルコ
の拳を両手で包み込み、嘆願した。

「この国に必要なのは、戦える兵士じゃねえ。
 "人"だ
 頼む、おれがこの戦争で見捨てちまった兵士たちは
 みんなこの国の家族なんだ!
 俺は......間違ってた」



マルコは、ラクヨウの手を振り払うと彼を突き飛ばした。

「兵士は死ぬもんだなんて、平気で考えて戦ってきた......
 俺は、たぶんもうこの国にはいられねえ......
 もう俺は、この国の平和を語れるような人間じゃねえんだ」

「言うな! もう、なにも聞きたくねえ......」

 マルコはラクヨウに背を向けると、勢いよく空へと舞い上がっ
た。

 ラクヨウは俯いたまま、必死で涙をぬぐいながら額の包帯を締め
直した。

 飛んでいくマルコの青い炎を見つめ、彼が自分の願いを聞き入れ
てくれることを根拠はなくとも確信していた。



 王宮から目視で確認できる距離までに迫ったバララント軍の行軍
に、キングデューは冷静さを失いつつあった。

 彼の指揮する親衛団は、メルキア軍でも花形であった。勤勉であ
り、礼節を心得た一握りの者にしか王の護衛は務まらない。
 しかし、本当に王のために命を投げ出すことができる勇気は、
努力だけでは手に入らないものであった。

 事実、この戦争においても親衛団から防衛ラインに借り出された
兵士は、団内の序列で下にいるものたちが追われるように戦場へ
出て行った。

 何かが間違っていると違和感を感じながらも、キングデューは司
令官たる毅然とした態度で指揮に臨んでいた。

 そうしていざ王宮に残り、敵兵がその存在を空気で感じさせるほ
どの距離に来たとき、彼らは戦おうとはしなかった。
 親衛団というブランドに甘やかされた彼らが、身も心も兵士では
なく国民とも呼びたくなくなるほどに怖気づいていた。

 それを目の当たりにしたキングデューは、ようやく目を覚まし
た。

「俺が出る」

 その言葉を止める者は、親衛団の中にはだれもいなかった。


 王宮を出たときに、キングデューの前にも、そして後ろにも
誰一人いなかった。今まで、目にすることができなかった、
あるいは目を背けていた真実の光景。

 彼はいつからか、完全に孤独であった。

 誰に問おうが答えは返らず、
 ーなぜ
 ーーなぜ

 彼自身の声が頭の中で繰り返される。
 そうして今、彼は市街の東の門前にいた。向かいくるバララント
兵の怒号と足音に髪が揺れる。

 作戦上、最後の砦であった親衛団の市街門前の包囲網は所詮机上
の空論に過ぎなかった。現に今、門前を守っているのは、キングデ
ューただ一人だった。



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