10/君の隣

 海賊旗そのままのマークが笑う、その背中を見た時に、間違いな
くこの男がそうなのだと確信した。

「息子たちが世話になったな、包帯男」

 包帯男、はおそらくラクヨウが額に巻いている包帯を指してのこ
とだろう。王宮の柱に頭突きした傷だけが、未だ不思議と全く癒え
ることがない。

「なにをボサっとしてんだ、ここを突破して中に向かってる相手の
 騎馬隊もいるぞ。てめーらはさっさと後退して、街ん中守りやが 
 れ!」


 エドワード・ニューゲートは海賊たちを率いて壁を降りて行っ
た。間も無くバララント兵がまるで噴水のように上空に投げ出され
る様にラクヨウは呆気にとられた。


「しかし、沿岸は?」

「ああ、もう全員落としてやったよ。もう誰も登ってはこれまい」

 エドワード・ニューゲートに成り替わるようにバラの匂いをする
男が優雅に答えた。

 ラクヨウは全てのことが腑に落ちなかった。なぜ彼らは、他国の
ためにここまで戦えるのか、そしてどうしてこんなにも、勇ましく
猛々しく屈強であるのか。

 あまりの興奮に、鼻腔が痙攣をおこしそうになっていた。

「ラクヨウ、あいつのいう通りだ。
 王宮へ向かおう」

 ラクヨウは何度か音をたてるように息を吐き、意を決するように
命令を叫んだ。

「防衛ライン各砲撃手に伝達、防衛ラインは海賊に明渡せ、
 全員砲台を捨て、市街地防衛ラインまで後退!
 市街地に向かう敵兵は発見しだい殺せ!」

 一斉に伝達兵が南北に走り、離れて待機していた、騎馬と馬車は
市街へと走る。
 ラクヨウの背中には服を割いてできた大傷があり、そこから未だ
に赤々と血が流れ出ていた。

「ラクヨウ、お前は手当を受けろ
 王宮でマーシャル様とキンディと、作戦を立て直せ」

 クリエルの声で冷静さを次第に取り戻したラクヨウは頷きながら
も、否定的な顔をしていた。

「作戦....とはいえ、劣勢には変わりない。
 もう兵士は残っていないも同然だ」

「お前がそれを言ってどうする?
 俺は市街の防衛ラインで、残り兵のカウントして
 王宮へ向かう。まあ、期待はするな」

 超えた市街防衛ラインでの交戦は未だなかったものの、見慣れた
平和な街、その空には戦火の煙が見え隠れした。


 ラクヨウは目を細めてゆっくりと息をついた。

 もうすぐそこまで迫っている。
 敗北の足音を聞いているような気分だった。

 この戦争の中、何度もその希望にすがりつくように戦ってきた。
きっとこれが最後になる、この希望にすがったままでいいのかラク
ヨウは自問していた。ここまで迫った敵軍を目の前に、希望という
言葉がいかに陳腐なものかと笑った。

「現実にしてやろうじゃねえか」

 決して楽観ではなく、覚悟を持ってその言葉を自分のために吐く。


 王宮の兵舎には20人程度の親衛団の兵士とマーシャルが居た。

 前にも増して血まみれの彼の姿に、親衛団の連中はどよめき衛生
兵を呼び立てる声でやかましくなった。

「ラクヨウ、お前......大丈夫か」
「マーシャル、ちょっといいか」

 その体の状態からは考えられないほどに、妙に疲弊
の色のないラクヨウの声は、マーシャルを困惑させた。
傷に触れようと伸ばされたマーシャルの手を引きラク
ヨウは武器庫へと向かった。

 兵舎奥の武器庫を締め切り、ラクヨウはマーシャル
をまじまじと見つめた。そのラクヨウの姿はいままで
の友人としての態度とは少し違う、まるで忠臣という
言葉が似合いの少し緊張した様子が伺えた。

「前に話をしようとした件なんだが、
 お前のお袋はローランド国王の遺体に
 "一体何をしようとした?"」

「何って、どうしようにも燃やされたじゃないか」

 ラクヨウのまっすぐな視線には、どこか憂いの色
が感じ取れた。マーシャルはだんだんと、これ以上
の会話が二人の友情を壊しかねないことに気がついた。

「ローランド王の血で、あの言い伝え通りに古代兵器
 を動かそう、とはしなかったか?」

「....だったらなんだ」

 暗に肯定を匂わすマーシャルの言葉に、ラクヨウは
ため息をつき何度か汚れた顔を擦った。


「これだけは、はっきりさせてくれ。
 お前は、この国をどうするつもりだ」

「......バララントをこの島から消し去る。
 そして、戻したいだけだ、元の平和なメルキアに」

「これは友人としての助言だ、
 国を開け、マーシャル」

「国を?バカいうな。
 害悪は常に外から持ち込まれるもの、
 それらを受け入れることは許されない」

「....時間はかかる。
 だが、閉ざしてばかりでは
 おれたちは敵になっちまうぞ」

「.....フフっ......フフフ」

 マーシャルはラクヨウの真剣な眼差しに、突然笑い声をあげた。
その様子に、ラクヨウは目を丸くしてマーシャルを凝視する。

 マーシャルは腹をかかえて笑いながら、武器庫の棚の角にある古
ぼけた救護バッグを担ぐと、ラクヨウの目の前にドサっと置いた。
アンティークの額縁や古ぼけた大時計なんかは、心に染み入るよう
な美しさを持つが救護バックはお呼びではない。

 マーシャルはラクヨウの両肩を掴むと背後から語りはじめた。

「俺たちは、ほんのションベンくせえガキのころから
 一緒だったが......この国の未来だなんて、初めて話したな」

「ちげえよ、お前が先延ばしにしてきただけだ」

「それは否定しねえよ」

 背中を伝う冷たいその消毒液は、ドラゴンの血を煮て裏ごしした
んだとかそんなことを子供の頃に二人で話していたのを思い出す。
実際、その匂いはそんな突飛な話すら事実にように思えるほどに
強烈だった。

「大人になるにつれ、お前と意見が離れていくのが怖かった。
 だから話さなかった、それは俺が悪いのか、ラクヨウ」

「そうはい、イテェ!」

 そう言いかけたところで、消毒液の滲みる痛み以上の痛みが背後
から全身に駆け巡る。
 マーシャルは昔ながらの、縫合針で深い背の傷を縫いはじめた。
素人の、しかも古臭い救護バックに眠っていた針の痛さは死んだ
方がマシだと、患者に思わせるには十分すぎた。

「ンン.........マーシャル、ちょ、マーシャル......」

「古代兵器の真実を、話す気にはなったか」

「......言ったところで戦況が好転するわけじゃねえ」

「ラクヨウ、俺は怖いんだ」

 縫合の痛みにラクヨウは言葉が出ず、まず言うべきもマーシャル
をなだめる言葉か、それともその荒療治をやめろと言うべきなのか
迷った。

「俺が王になるときに、お前が隣にいなかったら......
 そう考えるだけで怖いんだ。
 親父もいない、お袋もろくに頭よくねえし
 まあ、お前の頭がいいわけじゃねえが......
 だが、この国、国民たちを守る術をお前は一番よく知ってる
 そうだろ」

「安心しろ、マーシャル。
 俺とお前の仲は、昔から寸分も変わりねえよ
 背格好も、考え方もな
 だが、覚悟はしてくれ

 お前が王になる日、俺はお前の隣にいない可能性が高い」





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