タンバリン

ふと、手を伸ばした先にいてほしいのが誰なのか。

眼を閉じ、のばした指先に砂塵が纏うように絡み、また風に流されて行く。

「フィオナか」

そう声を上げ、眼をあけるも周りには誰もいなかった。
彼は、いまひとりモンタナに居た。

着慣れない、厚手のモッズコートの前を閉じ腰を上げ、なじみのない場所の
匂いを肺に溜め込むように、大きく息をした。
気ままにヴェガスから逃げて来たというのに、まるで寒い場所に行くのを
決めていて、用意周到に暖かい上着を着ている自分に少し苛立ちを覚える。

肌寒さを感じるのは、日が沈んだからである。
自分が数時間もそこに座り込んでいた事実にはある程度納得し、充足を感じた。

一人になりたいと切に願う瞬間、秒数、日数とでも言おうか
そういった気持ちが濃度を増し、振り切ったところで彼はこうして
来たことのない場所へと繰り出す。

思えば、子供の頃からの癖のようなものだ。

子供の頃は、それでたいそう満足していた。
年を重ねるごとに、その行為は何の意味も持たなくなった。

彼なりの分析をすれば、それは彼が世界の中心に近寄りすぎた
からであり、世界を手に入れるという荒っぽい野望すら、低いハードルになった
今では尚のこと、それはもはや旅ではなく、散歩の延長に過ぎないのだ。

人々はそれを羨むだろう、そしてあるいは憎むだろう。

誰が彼を哀れんであげられるのだろう。


やはりこの老いた手をのばした先に欲しているものは
変わることのない永遠、それを彼はフィオナと呼んでいた。

純真無垢で、人間に生まれ変わった彼女こそ彼にとって
唯一幸せを象徴する存在なのだ。


薄暗い空には、白い月が輝きを増さんと山陰からこちらを見つめ
輝きの強い星は、我先にと夜空を彩り始める。

自らの手の平で空をなで、その手の甲に浮かぶ血管や皺を見つめ直し
自嘲しようにも泣こうにも、頬が冷たく硬直し表情筋を動かすことすら
おっくうになっていた。

しがらみから逃げたいと思いながらも、彼はそれを忘れようとはしなかった。
どんなに苦しい思いをしても、フィオナを愛している。
フィオナに愛されることを望んでいる。


その愛に確証はあるのか。
母が子を愛するような、決して切れることのない糸でありえるのか。

自分という存在、ここ以外のどこか
平行世界を生きる自分、すべてが安心しきれる
そんな愛なのか。

それがいつでも手に届く場所に、いや、自分の手の中にあれば幸せだと思っていた。
しかし、フィオナを手に入れたと思えたことがあっただろうか。

砂塵のように、絡みついたところを掴もうとしても掴めない。
眼を離したら、もう二度と巡り会うこともできない。


モンタナの暮れ沈んだ寒空の下、彼はまた空を見上げた。

それでも世界は回る。

その星空が彼に見せている景色は
残酷なまでに美しく、そしてまた彼に
己の欲深さを知らしめただけだった。


その色を幸せの色と認識できない
きっとフィオナもそうだ



「俺のせいだ」


彼のつぶやいた言葉に、遠くに見える木々が共鳴するように
葉を揺らした。



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