偏狭を彷徨う

一度不安に陥った女とは、強くありそして脆い。

自分を救済するモノには何でも手を出す。

ある者はボトックス注射
ある者は新進気鋭のデザイナーの服
ある者は新興宗教
ある者はアブノーマルセックス

行動力たるは、かくも強く
そして理由はとても下らない。

それは今世紀始め、そして前世紀、もしかしたら
この世界が生まれてからなのかもしれない
脈々と変わることの無い事象だ。

理性を失い、自分の向くべき方向すら分からなくなる
それが一瞬で終わるものもいれば、死ぬまで自分の脳内に
閉じ込められる者もいるだろう。

果たして、この物語の主人公はどうか。

彼女は海を目指した。

それはありきたりな、テレビの天気を伝える
番組のマイアミからの中継だった。
とはいえ、そんな情報を真剣に聞き入るフィオナではない、
それが海であること、東海岸であることをぼんやりと
捉え、海が美しいと思っただけだった。

ソファーに沈み込んだまま、リポーターが並べる言葉には
耳を貸さずに、ただじっと青い海を眺めた。
眼を閉じ、自分をその大海原に投げ込んでみるのだ。

そうすると、涙が流れた。
つやつやの石に囲われたこの空間よりもはるかに
海の底は冷たくて、凍えて死んでしまいそうなのに
その空間はフィオナを抱いてくれた、フィオナに
居場所を与えてくれている、そんな気持ちになった。

自分がかつて居た場所、自分がいるべき場所、
そして二度と訪れることはない場所、それが海だ。

次の瞬間には、海も、東海岸も、リポーターも、放送局も
テレビも疎ましく憎まれた。

火花と共に大穴を開けたテレビが、屋敷から運びだされていく。


「旦那さんを訪ねて若い子が来てましたけど」

テレビを運び出し終えた、使用人が涼しい顔をして
フィオナに問いかけた。

「どうして私に言うの」

「それもそうですね」

笑わない眼で、使用人はフィオナの横を通り過ぎた。
フィオナは既に、この家ですら嘲笑の的なのだ。
そう、被害妄想じみた怒りを拳に握りしめながら
彼女は玄関口に歩み寄った。

「いないわよ」

「どこに居るんだ」

「オフィスじゃない?」

「ああ、あんがとな」

もう夜も更けた、屋敷の庭先を歩いて行く男の背中に
フィオナは唾を吐きかけるようにして、ドアを閉めた。

しばらく経ってから、彼の背中を思い起こした。

どこか異国情緒漂う雰囲気に、不思議な気持ちになり
また眼を閉じて、自身を海に投げ出してみる。

冷たい海の中、ドフラミンゴが自分を受け止めてくれる
僅かなぬくもりを二人で分け与え合う、そんな妄想に
取り憑かれる。

二度と訪れることのない場所が
彼の腕の中だと、そう思うとまた





テレビを壊したくなるのだ。



←Back   Next→

Book Shelf


Top









[ 32/45 ]



人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -