ヘロイン

ドフラミンゴの心の機微を見逃すほど
フィオナもバカではなかった。

それはもう抜ける事のないドラッグの助けもあって
神経が必要以上に研ぎ澄まされているからであり
フィオナが元々聡明な訳ではなかった。

どうすればドフラミンゴの心が丸ごと、自分の元へ帰ってくるのか
恭しく部屋に閉じこもり、一晩中髪を毟るように掻きながら朝日が
昇りきるのを待った。

ドアの外から、一度だけボンクレーの声が聞こえた。
ただの一度だけ。

一晩中誰にも姿を見せなかったのは、きっと初めてだったはずなのに
ただの一度だけ。

とうとう自分は、皆から見放された孤独な女なんだと
そう思えば思うほど、痛覚を遮断する化学力にも勝る痛みが欲しくなった。

ペーパーナイフを突き立てても痛くもない、
血も出てこない。
バッグというバッグをひっくり返し、クローゼットの引き出しも
全部漁りつくし、ようやく見つけたニードルを自分の腕に突き立てた。
今度は痛みは無くても血がでてきた。

何故だかフィオナは少し満足感を得て、また考える行為に没頭した。

見放された、薬漬けの自分に何の魅力があるだろうか。

あんなに自信を持っていた自分はどこへいってしまったんだろう。

自分を深く恨み、また血でも見なければ収まらない
そんな時間が長く続いた。


ようやく、カーテンの隙間から日の光を淡く感じられるころに
フィオナはようやく深呼吸をして、ドレッサーの前にたどり着き、
振り返った部屋の酷い有様にまた、ため息をついた。

そして背後に潜むもう1人の自分
鏡に映るフィオナと、フィオナはため息を吹きかけあうのだ。

血だらけだ、目も窪んでいる、手はやせこけて
まるで老婆のようだ。
これではまるで、病人だ。


・・・そう病人なのだ。


彼もまた、病人なのだ。


鈍り行く感覚がフィオナに最後の言葉を吹きかけるようにして
ぐったりと体が前のめりに倒れた。



そのまま日はとうに昇りきった。


「動かないなんて、うそよね。本当はちゃんと動くし
 私は病人なんかじゃない」

まじないのように唱えた後、フィオナは立ち上がって
いつものようにダイニングへと降りていった。




「おはよう、ドフィ」

「アぁ」



いつものように、何も変わらずに新聞にばかり目を落として
フィオナに見向きもしないドフラミンゴに、フィオナは胸が締め付けられる
想いだった。涙を飲み込んで、仰々しく大きなテーブルの彼の正面の席に着いた。


「ドフィはある日突然、自分が病気だと思ったりはしない?」
「どういう意味だ」
「突然、いつも通りの天井が違う色に見えたり」
「・・・ねぇな」
「昨日まで好きだった人を、キライになったり」
「・・・あるな」
「それは病気なのよ」
「・・・問題のねぇことだ、そのくらい」


朝から妙に口数の多いフィオナに、ドフラミンゴはようやく
新聞を下ろし、少し冷めたコーヒーに手を伸ばしながら
24時間ぶりに、フィオナを見て

そして次に聞かされる言葉がなんなのかを
考えるだけでぞっとした。


「ドフィを病気から救ったら、私はヒーローかしら」


フィオナもそれをまねるように、コーヒーカップに手を伸ばす。

最初からその場所に、自分は居なかった
フィオナはまるで、鏡の中の自分と話しているようで

ドフラミンゴはそう思い、ますます離れていく彼女との距離を
感じた。そのレングスを感じれば感じるほど
楽な方に、自分の都合のいい方に転べばいいのに
そう祈りながら、痛ましいフィオナの姿からは目が離せなかった。

これは鏡、つまり逆なのか

『私を病気から救ってドフィ、私のヒーローになって』


そのはずだったんだ、そう言っても彼女の耳には入らないだろう。


「ヒロイン、だな」


一言そう返して、今日も彼は『まともな仕事』へ
行かなくてはならなかった。


ドフラミンゴの真面目な訂正に、やはり自分の気持ちは伝わらなかった
とふて腐れる様に、フィオナは誰も居なくなったダイニングに留まった。

アイスクリームトラックを追いかける子供達の声が聞こえたところで
ふと我に返り、そしてまた出かける時間だとボンクレーにがなりたてた。


ヒロインにならなくては


自分のことしか、考えられないのだ。


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