精神構造

「もっと物事をシンプルに考えるのよ、
幸せかどうか、ってこと」


 日が昇り始めたであろう青白い朝、ベッドの上で
フィオナは珍しく、落ち着き払った様子でドフラミンゴを抱きしめるように
語りかけた。
 事は眠りのさなか、ドフラミンゴの唸り声だ寝言だかも分からない騒音に
フィオナが目を覚まし、あまりにも苦しむものだから声を掛けながら抱きしめて
いたという。ドフラミンゴが目を覚ましたのはその随分と後だった。

「俺は一体、何を呻いてたんだ」
「さあ、よく聞き取れなかった、待って……お水とって来る」

フィオナはドフラミンゴの額に軽いキスをすると寝室から
抜け出ていった。
確かに、呻くほどの頭痛はまだ残っている。


状況は自分の目から見れば、十分にシンプルだ。
フィオナの助言は一体、何を根拠にそうさせたのか。
シンプルじゃないのはお前の方だとでも言い返せばよかったのか。

ベッドで水を飲むよりも、朝食が取りたかった。

ホットサンドにコーヒー、新聞を読みながら
対面に座るフィオナを眺め、また新聞に視線を落とす。

シンプルじゃねぇか。
朝の静寂、朝の倦怠的な空気すらも、なにもかもが
普通に進んで、普通に終わる、
それが一日に何度かある食事の時間の風景だ。


狂っていた時代はとうに終わった。
ドフラミンゴは気に入りのシャツに袖を通すと
上品な革靴を履きこんで、自分を飲みこもうと待ち構える
車に向かった。

フィオナはどこだ

ふと、そう思って見上げれば彼女は寝室の窓から
彼を気だるげに眺めて手を振っている。




昔の自分がいなければ、今の自分が無いわけだが
一切合財を捨てた今となっても、それを共に行ってくれた
助けがいるのもまた事実だ。

 コックが日本食のレストランを開くのが夢だと
語っていた。昔なら足蹴にしたところも、今回は金を貸したし
所有のホテルに出店するように要請した。

シンプルな損得勘定ができるようになったと自負している。

カジノに入ってきた強盗を、しばらく泳がせてから
大きな新参者の麻薬密売組織に行き着き、まるごと市警に
担ぎ込み、恩を売った。

全てはフィオナと自分のため。

フィオナのためにしてきたこと、フィオナが
何をするでもなく、自分をそうさせることに
不思議な力があるような気がした。

きっとこの先は安泰だろう。

狂ってはいないし、何事も綺麗に進んでいく。
頭の中はシンプルだし、よく片付いている。

この先には滞ることを知らない金の川が流れているようだった。
ジョーカーではなく、
ドンキホーテ・ドフラミンゴ、その名前さえあれば
何も困る事はない。
当の本人だって、フィオナだって。

彼女は何が不満なんだろうか、きっと一緒にいる時間
が少ないからだろうか。

彼女は何がすきなんだろう。

ピンク色、それ以外に思い浮かばない。

車載電話で不意に電話をかけようと思った相手は
ボンクレーだった、途中なんとも虚しい気持ちになり
電話はあきらめた。

流れる景色が夜の彩りから取り残されたヴェガスへと
変貌していく。
行き倒れの者たち、はたまた野良犬、
闇の中でしか生きてはいけない彼らに抱いたのは
親近感だった。

きっと俺は、何も努力をしなければ
こうなっていたんだ。

こういったふとしたきっかけで、冷血な独裁者ですら
ゴミひろいでもしようかという気が起こるものなのだ。
それは、彼が男だから、である。




市の再開発が滞った土地を買い叩き、またリゾートを作る。
担当者の女は、愛想のない女だったが、スレンダーで綺麗な赤毛だった。
指輪をしていないところを見ると結婚はおろか、男の影もないだろう。
だが、やはりその脚は綺麗だ。

荒廃した土地の真ん中で砂が吹きあれた。
咄嗟、目を閉じた女の仕草がかわいいと感じた。

涙ぐみながら目を開けた表情に、自分の体が揺れて地に落ちそうになった。

ああ、俺はこの女と結婚する。







フィオナはどこだ







浮遊し、理解しがたく、表現に難い彼の頭は
ある一点において、スミソニアンほどに散らかっていた。

それに気付かないのは
彼が男だから、である。






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