青い林檎

彼女は待っていた。

いつものように、彼の帰りを待っていた。


夕暮れ時、テラスの天井から吊り下げられた
揺れるデイベッドに横たわり、身の丈に合わぬ大きな一枚の紙を広げ、
赤い太陽に透かされて浮かぶ線や点を眺めながら
彼女は彼の帰りを待っていた。


日が暮れ、かすんだ星空に何本かのサーチライトが見える頃
とっくに使用人が帰った寒々しい冷気を頬に感じた頃
彼は、帰ってくるはずだった。


ピンクのコートはあの日脱いだまま
彼女のベッドルームのカウチに乱雑に置かれたまま。


どうして待つ


彼女は何度もそんなことを考えた。


彼女を縛るものは何も無い、自由は孤独という痛みを伴った
耐え切れず外の世界へ身を投じれば、孤独から開放されるも
己と他の違い、軋轢という痛みを伴った
そこで生じる結果が暴力

人を殴る、拳は痛かった


家に帰り、彼の顔を見て、夕食を共にする


そう上手くいかないのが、世の常であることを
知ることもまた痛みを伴う。



「ヒマだなァ。」



そう呟いて、今日あったことは忘れて。









彼は焦っていた。

全てを捨てた後の事など、まるで考えてはいなかった。

赤子のように、まっさらな彼女の行く末
それが紛うことなく幸せのピンク一色になればいい
そのためだけに、その道を選んだ。

彼の人生において最後に選んだ彼女は
もう人魚ではなく人間だ

ずっと側にいられると、ずっと触れていられると

しかし女とは、例えるならば砂漠の砂で
触り心地がいかに良くとも掴むことはできず
閉じ込めておいても、風に揺れ蠢き常に形を変える
美しいそれを見る事ができない。

ふとよぎる鰐のニヤケ顔を奥歯で噛み砕くように
彼の頬はつり上げられたまま硬直していた。


「どうして、そこまで...?」

「まだいたのか、鷹の眼」

「夜の便で発つ、言われたとおり遠巻きにしか見てはいないが
あれほどまでに力を持っていたお前が何故あんな行動を」

新たに構えられたホテルの最上階、ヴェガスを一望できるオフィス
が夕日に染まり、男の影を壁に映し出した。

フィオナが街へ出ては問題を起こし、そのたびに結局は
捨てたはずの権力や金で事を治め、ジョーカーという姿から
完全に抜け出すことができずにいた。

しかし、今
ミホークがこの国を去るこの日こそ
ジョーカーが死んだ日にしなくてはならない。


サングラスの奥に隠された瞳を伺い知ることはできないが
口元は不敵な笑みを浮かべたまま、凝固しているだけ
ミホークはそう感じた。


「ドフィ、」

「あァ?」

「手に余るのであれば、今からでも遅くは無い
誰かに引き取らせたらどうだ、ハンコックなら高値で、」


「...鷹の眼」



静かな声は毒針のようで、ミホークは眼底が焼けるような
感覚を味わった。




「お前、今、幸せか」


その言葉には似つかわしくない、ドスの効いた声の色は


「……幸せだ」



殺意や脅迫めいた黒色を通り越し、

若い果実のようだった。







「ヒマだなァ……」



街を見下ろし、そう呟く。


忘れるために。


←Back   Next→

Book Shelf


Top






[ 17/45 ]



「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -