The Miami 01



「先月、ここで悪魔が現れてボクのような
 ミュージシャンと取引しているのを見たんだ。
 あれは悪魔だよ…そいつのギターを取り上げて 
 さ、車に乗せて行った。」

「…へぇ。」

クロスロード伝説を聞かされながら、フィオナは
ゾロに寄りかかり半分閉じかけた目を擦った。
当のゾロは腕を組んで座り込んだまま寝息を立てて
いたものの、シャチは気にする様子微塵もない。

「はっ…来る!!」

突然目を見開いたシャチは立ち上がり、辺りを
見回した。

その声にゾロも、キっと目を開き刀に手をかける。

「フィオナー!アンタたち、アチシを置いてどこ 
 いってんのよう!!」


「別な悪魔だったみたいね。」


振り返り、走って来るボンクレーを確認した
フィオナはまた焚き火に向き直るとクスっ
と笑った。


「何してんのよう、もうフロリダなの?」

ボンクレーはホテルから拝借してきたブランケット
をフィオナに被せながら、隣に腰を降ろした。

「いや、まだだ。クロスロード伝説を聞いてた。」

半分寝てはいたが、ゾロはうんと理解した様に
そう言うと、寄りかかるフィオナを退けて
座り直した。

「で、エルビスは?」
「エルビスは天寿を全うした真人間だろ?
あんなのは伝説とは言いがたいよ。」
「じゃあ、アクセル・ローズは?真人間じゃ
ねえだろ、アイツもここで魂を売ったのか?」
「あの人をミュージシャンとボクは認めないよ。
それに未だ健在じゃないか。」


フィオナは、なんともつまらない話にブランケット
を握りしめ、小さく燃える火を見つめた。
その様子に気遣う癖のように、ボンクレーは
フィオナの顔を覗き込み、顔にかかる髪を
指先で除けやる。

「寒くない?」

そんな問いかけにもフィオナはシカトを決め込む。
ため息吐き、ボンクレーは足下に転がる枝を
火に投げ込んだ。


「アチシ、ダンサーになりたいのよ。」
「は?」
「ヴェガスのショーダンサーになるために
 ユタからヴェガスに出て行ったの。
 でもさ、オカマは雇ってもらえなくて。
 ダンサーだけじゃない、チケットボックス
 ですら仕事をくれなかったわ。
 都会の方がゲイに寛容だとか思ってた
 アチシがバカだったわ。」

「じゃあ、私のお守りしか
 仕事がなかったわけね。」


フっと笑うボンクレーは意を決した様に
星空を仰いだ。

「そうよ。」

「何よ、今更嫌み?」

「友達もいない、家族もいない、仕事も家もない、
 そんな状況でバレエと拳法の腕を買ってくれたの、
 ドフラミンゴは。」

「よかったわね。」

「それでもアチシはダンサーになりたい。」


いつになく真剣なボンクレーの声色に、フィオナ
は肩を竦め、ボンクレーの見上げる星空を一緒に
仰ぎ見ると、ため息をついた。

「あんたの仕事は、私のお守り。私の友達のフリ。
 ダンサーなんてバカげた仕事、やらなくたって
 お金は稼げるでしょ。」

「あと3時間でヴェガスに戻らなきゃアチシは
 クビなの。アチシが優先すべき事って何?
 ダンサーになること?
 今の仕事を続けること?
 違う。
 ヴェガスでできた初めての友達を命賭けて
 守ること。銃ぶら下げて、行った事もない
 場所で物騒なことやろうとしてる、
 バカな親友を身を呈して守る事。」



見下ろしたフィオナの目には涙が溜まっていて、
ボンクレーは慌てて其れを拭うとペシペシと
フィオナの頬を軽く叩いた。

「泣いちゃダメっ!ダメダメダメ!」
「わかってる、ごめん。ボン…ごめん。」
「フィオナ、アチシは言ったわよ全部!
 アンタは?」

考え込むように俯くフィオナの頬を掴み、ガシリと
真正面から目を見つめるボンクレーは、次第に口を
小さく開けたフィオナの頭を優しく抱え込んだ。

フィオナはゾロとシャチが未だワケのわからない
ミュージシャン論争を熱く繰り広げているのを
チラリと確認すると、小さな声を絞り出した。

「…今は、ゾロと一緒にいたいの。
 ゾロがちゃんと笑ってくれたら…。」
「…ほら、泣くな!ちゃんと聞いてるから。」


「ドフラミンゴに会いたい。」




フィオナが涙を流しているのは分かった。
ボンクレーの膝にはポロポロと小さく
悲しげなアクアマリンの粒が落ち行く。


「それでこそ親友よ、わかった?
 女の友情はね、ダイヤモンドより
 硬いんだから。」

「女の…?」

「…うっさいわねえ!!心は女の子なのよう!!」





その瞬間に、誰もが寒気を感じるような風が吹き、
道の脇に生い茂る葦がガサガサと音を立てた。
焚き火も火の粉を風下にまき散らし、更にその身を
縮め温かさが急激に失われて行く様だった。


「…来る。」


会話を止めたシャチがそう言うと、かすかに
エンジン音がこちらに向かっているのが分かる。

葉のない木が、ガサゴソと枝を摺り合わせる程の
風にゾロは警戒心を強め、遠くに見え始めた
車のヘッドライトを見据えた。

「…悪魔だ。」

対照的に待ち望んだ悪魔の到来を確信したシャチは
立ち上がると、大声を出さんばかりの勢いで
道に出た。

「フィオナ、来い。」

ゾロはフィオナを立ち上がらせると、
引きずる様に葦の茂みに入って行く。

「え、悪魔見ようよ。」
「何か、イヤな予感がする…。おい、シャチ!
 俺たちの事は言うな。いいな。」

緊張感をまき散らすゾロの声に、シャチは首を縦に
振ると親指を立てて迫り来る車の方に大きく
手を振りだした。

何かを察知したのは、ボンクレーも同じ様で、
3人は葦の茂みに入りしゃがみ込んで息を殺した。

田舎道に不釣り合いな黒塗りのBMWがグっと大げさに
シャチの前で止まり、車から数人の男が出てきた。

「あの、ボク!」

「音楽の才能が欲しいか、青年よ。」

「はい!」

「いいだろう、ところであれは君の車かな?
 2台、車があったな。他に誰かいるのか?」

「…いえ、ボクは知りませんけど。」

葦の茂みに隠れるゾロは額から汗を垂らしながら、
その様子を凝視していた。

「そう、か。」

ちらりと葦の茂みに視線を向けるその男と、ゾロは
目が合ったような気がした。
風の音に紛れ、更に姿勢を低くし、フィオナを
抱き込んで息を殺す。


男はポーカーフェイスのまましゃがみ込み、道ばたに
落ちるアクアマリンの一粒を拾い上げると、ふうっと
息をつき、星空を仰いだ。


「…ゾロ、っぐぐぐ。」
「シッ。」

突如現れた男たちの様子は悪魔と形容するには
あまりにも生々しい、マフィアか何かその類い
にしか見えない。
待ち望んだそれに期待するシャチの期待に
満ちた表情とは裏腹、ゾロは思わぬところで
絶体絶命に追い込まれたもんだと、眉間に
皺を寄せた。

「探せ。」


その一言に、一瞬の判断を迫られたゾロは
ぐっと身を引いた。

逃げるか、車まで走って逃げ仰せるか。

それともこのまま走って遠ざかるか。

いずれにしても、見つからずにやり過ごす
ことは出来ない。

そうゾロが迷うが早いか遅いか、ザっと
風とは違う音が立ち、見上げれば既にボンクレーが
葦の茂みから立ち上がっていた。

「あれはアチシの車よ。」

「お前、そこで何をしている。」

「え、お、オシッコ。」

「…お前も才能が欲しいか。」

「才能?え?」

「魂と引き換えに、才能が欲しいか。
 いらないのであれば、今ここで消すだけだが。」

「欲しい欲しい欲しい欲しい!」

「…乗れ。」

ボンクレーはどっしりと一歩一歩、葦の茂みから
出て行き、促されたまま車へと乗り込んで行った。

「ボっぐぐっ…。」

叫び出しそうなフィオナを押さえ込み、
ゾロは黙ってその様子をただ見ていた。


黒塗の車は急かされるように走り出し
闇の中へと消えて行く。


「ボンが、…どうしよう。」

「どうもこうもねえ、ホラ行くぞ。」



引きずられ道に出たフィオナはそのまま
うずくまり、肩を震わせていた。

「おい、立て。」

「…てない。」

「ア?」

「動かない…。」




分かりきっていた、ただ早過ぎた。

包帯の所々からは血が滲み、酷い痛みからか、
フィオナの脚は意志とは関係もなく震えている。

ゾロはフィオナを軽々と抱き上げ車へと向かった。


助手席にフィオナを詰め込むと、ドアを
蹴り閉めて腰に携えていたベレッタを眺めた。

歩けないフィオナを、この飛び道具が守るだろうか。

ボンクレーの犠牲は少し考えれば、
そうなることくらい分かっていたはず。

立ち上がるのが遅かった、ゾロの負けだ。

そして、この先フィオナを守るのは
弾丸ではなく、

「俺だ。」

もう負けない。


車に乗り込み息をつけば、思ったよりも
落ち着いたフィオナの姿が目に入った。
少し痛みをこらえるかのように歯を食いしばり、
じっとゾロを見つめていた。

その表情には無理もないとゾロも横目でフィオナを
見やるが、それは睨むでもなし、呆れるでもなし、
どうにも不可解に思えた。


「なんだ。」

「ボンはそう、簡単にはやられないよ。」

「ああ、」

「全部うまく行く、そうよね。」

ゾロはぐっとフィオナの胸ぐらを引き寄せると、
額を突き合わせ、歯ぎしりからその悔しさを
滲ませた。

擦りそうになる唇を除ける様に、フィオナは
ゾロの両頬に軽く口づけ、何度かそれを繰り返す。

ボンクレーと再会した空港で、そうしていたように。

「…俺は、仲間は見捨てねえ。覚悟はいいか。」

「だいぶ前から、覚悟はできてる。」

「上等だ。」









[ 35/43 ]

[*prev] [next#]
[もくじ]
[しおりを挟む]



人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -