The Atlanta 03

かつての栄華の香りだけを残したような
ホテルルームは、目をチカチカと刺激する赤の
カーテン、赤のベッドカバー、赤のカーペットが
印象的で、ゾロはため息が止まらなかった。

無言でバスルームに駆けていったフィオナの後姿は
やけに輝いてみえた。

手を引いた一瞬の、何かの期待を宿したフィオナの
表情は、心の奥底に眠っていたゾロの期待をえぐり
出した。
モノクロだった景色が急ぎ足で彩られて行くような
神秘的な幻覚。
それをフィオナの表情の上から見た、そんな気がした。


それも束の間、
赤、赤、赤、その刺激に、抱いた期待が少しずつ削
がれていく。

かび臭い匂い、シャワーの音、ゴワつくソファーの肌
触り、決して良い育ちではないゾロの体は、その劣
悪さに懐かしさを覚える。

シミの目立つ天井を見つめ、優しい眠気に襲われた
ゾロは、そのまま纏わりつく煩悩を洗い落とすよう
に目を閉じた。



「・・・ォロ・・・。」


「ゾ・・・ロっ!」



呼ばれて身体を起こせば、時計はまだ15分も進んで
はいなかった。相変わらずシャワーの音が
バスルームから聞こえる。

「夢か。」

そう呟くより強か弱か、
フィオナの声がシャワーの音の隙間からゾロを
呼ぶ。

鮮やかだったはずのあの表情からは考えにくい、色
のないフィオナのその声は、ゾロに理性という更に
重い鎧を着せた。

「ゾロ...はやぐ...き...て。」

渋々と、口をへの字に曲げたままゾロはバスルーム
の戸を開けた。

「ァんだよ、俺はもう寝ようと...。」
「...し...あし...。」
「ア?」

フィオナがガタガタと震えているのが、シャワー
カーテン越しにもわかる。急激な変調を感じたゾロ
はカーテンを握った。

「おい、開けんぞ!」

勢い良くカーテンを引いたその向こうは想像以上の
惨事で、明らかに変色しているフィオナの脚にゾロ
は目を見張った。


「動けない...それに、痛い。」

シャワーを止め、痛がる脚に触れ、まじまじと見れ
ば動けないという理由も納得だった。青紫に変色し
た斑点がところどころに見え、血がにじみ、特によ
く掻きむしっていた足首あたりは皮膚が剥がれ癒着
をはじめていた。
少しずつ、少しずつ、目に見えるようなスピードで。

「痛いっ...ゾロっ。」

触れられた激痛に顔を歪め、フィオナは思わずゾロ
にしがみついた。

「わりィ、このまま出るぞ。」

ゾロはフィオナを抱き上げると、遠慮がちに片目を
閉じたまま彼女をベッドへ運び、身体をシーツで
覆った。
痛みより、醜く変わり果てた脚を見るほうが苦痛
だった。
フィオナはガタガタと震え、糊の利きすぎている
シーツの上から自分の脚に視線を落としていた。


「なんだ、何が悪かった。水か?」

「わ…わかんないよ。」

「ア”ー… 薬は?」

聞くまでもなく2人の荷物はフィオナのカバン一つ。
探れば薬も包帯も入っている。
ゾロはバスルームからタオルを持ちベッドに腰掛け
た。

フィオナは動揺からか、身体の震えが止まらずにい
る。ゾロは淡々と、落ち着いているフリをする他な
かった。

「フィオナ、向こう向いてろ。」

フィオナの顔にタオルを投げつけ、シーツの隙間か
ら見えるフィオナの両足首を見れば、少しずつ癒着
し始めているのが分かった。

何の知識もないゾロでも、このまま放っておけば彼
女の脚がどんな状態になるのかは容易に想像ができ
た。

指を差し入れ、癒着している部分を少し乱暴に剥が
せば、フィオナは仰け反り声にならない叫びを上げ
た。

聞いても答えられないだろうと、ゾロはそっと掌を
フィオナの脚に這わせ、癒着している部分がないか
を確かめた。

幸い、広範囲に渡って癒着はしておらず、先に剥が
した足首が最も痛々しく血を滲ませていた。

「薬…じゃ治らねえ、な。」

小さなため息と共に漏らした言葉。
どこか同情の様なものを孕み、ゾロはゆっくりと頭
を降ろすと、血のにじむフィオナの足首を舐めた。

見た事もない身体の激変に震えるフィオナは、その
行為に何のエロティシズムを感じることはなく、虚
心でゾロの手当を信じる他なかった。




マズイ…、裸の女のせいか、血を舐めとる異常行動
のせいか、ゾロは無意識にシーツを少しずつ捲り上
げていく自分の手を腕ごと切り落としたくなった。

それ以上に、フィオナが耐えている激痛は想像を絶
するものなのだから、そう自分に言い聞かせ、包帯
を巻き始めた頃には、フィオナの震えも少し治まっ
ていた。


「私、もうすぐ…歩けなくなる。」

タオルで押さえ込んだ口から漏れるフィオナの声
に、ゾロはピタリと手を止めた。

癒着の異常なスピードはまるでサイエンスフィク
ションの映画の一幕のようだったし、所々を青紫色
に変色させた、今まさに見ているそれも同じく、
フィオナがそう言うのに驚きはなかった。

「んな大げさな、爛れてるだけじゃねーかよ。」

ゾロはまた包帯を巻きはじめ、らしくない明るい声
を捻りだした。



「ふ、フフ…あははハっ。」



不意に飛び出したのはフィオナの笑い声だった。



「最初は骨。痛くていたくて…。
『誰でも最初は歩けねーもんだ』って
 あの人は教えてくれた。」

ゆっくりとタオルを髪に当てながら、ぐっと握り、
フィオナは血がにじむほどに唇を噛んで、時折笑っ
た。

「最初は、鎮痛剤…量が増えて行って、気がついた
 ら名前も分からない薬を飲んでた。
 痛みを感じなくなった、何も感じなくなった。
 あーあ、なつかしい。」


両足首に巻くにも少し足りない包帯を、巻き終えた
ゾロには目のやり場も身の置き場もなくなった。


フィオナは肘を着き、身体をずり上げベッドボード
に寄りかかる様に座り、ゾロを睨みつける様に顎を
しゃくり上げた。


ベッドが大げさに軋み音を上げれば、ベッドサイド
のランプがシャラシャラと揺れ、壁に映る2人の影だ
けが喧嘩をしているかセックスをしているかの形相
を浮かべる。


安物のドライヤーよりも機能的かと思わせる程に、
ゾロはフィオナの髪をガシガシとタオルで拭きなが
ら半開きのフィオナの口を見下ろした。

「お前に、言わなきゃなんねェことがある。」






「ジンベイから頼まれてんだ、フィオナ。
 お前をマイアミである人物に渡して、
 150万ドル。

 ジンベイは俺がクイナの為に動き回ってるのを昔 
 から良く知ってる、だから今までも目をかけてい 
 てくれてな。
 だが、今回は初めてだ。
 フェニックスから東に出されんのも、150万なん 
 て高額な仕事をやらされるのも。」


シーツの下で拳を握りしめるフィオナを宥める様 
に、少し腕の力を抜いたゾロは小さくため息をつ
き、フィオナの顔にかかった髪を払いのけた。
俯く瞳には、やはり怒りの色が浮かぶ。

「お前がジョーカーの女だと知って、ジンベイの企
 みを予想した。さして野心もないあのオッサンが 
 だ、どうしてこんな仕事を俺にやらせたか。
 マイアミで待ってるはジョーカー、ジョーカーを 
 ヴェガスから追い出す陽動か何かだと思ってた 
 が、どうやら考え過ぎだったみてェだな。
 あいつはヴェガスから動いてない。最初から 
 ジョーカーを狙ってこんなことをしてるんじゃね 
 えワケさ。

 ジンベイは、俺の為だけにこんなことを
 企てたわけだ。

 俺とジンベイにだけ金が入りゃそれで
 いいって魂胆だ。

 つーことは、問題はマイアミでお前を受け取る
 のは誰か。

 心当たりは?」

「マイアミ…行ったことないし、わかんない。」

「ジョーカーの女、それにしても150万は高過ぎ
 る。その値段に二つ返事でサインをするヤツだ。
 どっちみち狂ってやがる。

 マイアミで待ってんのがジョーカーじゃない、
 だとしたら事は重大だ。」

「重大?…なんでよ、私を降ろして終わりなんで
 しょ、ゾロ。」

「ア?」


悲しげなフィオナの顔が、妙に笑えた。
ゾロは自分の緩みそうな顔を見られない様に、咄嗟
にフィオナの身体を引き寄せ自分の胸に閉じ込め
た。

「わりィが、最後まで俺について来てもらうぞ。
 マイアミ、150万、クイナの手術、お前が満足し
 たらヴェガスに、ドフラミンゴにお前を返す。」

「は?え、え、どうやって?」

「マイアミで150万ドル手に入れて、お前と逃げ
 る。ここからはもう、俺の自由だ。」




旅をしよう。

血が飛び交い、銃声の中を
駆け抜けるような

危ない旅を。


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