The Menphis03

近寄りがたい淀んだ空気を発するその場所を、人はそれぞれ避けて通っていく。
ちょっと、待ってよ。そんな表情を浮かべた二人は、発するべき言葉が見つからずにいた。

「あの…モっちゃん、これには理由があるんだ。」
「聞きませんよ、言い訳は。」
「あの...実は。」
「キャデラック買っていいなんて誰が言ったのかしら?それにあなた、『夜』はどうしたの?」
「クロコダイルに取られたんだ、それでその...時間かかって。」
「取り返してきなさい、直ぐに。」
「...はい。」

あの偉そうだったミホークが、段々と小さくなっていく。

ミホークが慌ててキャデラックの助手席のドアを開けると、モカは未だ怒りの色を
露にした足取りで車に乗り込んだ。
ドアの閉まる音で我に返ったゾロは、またしても移動手段の喪失に直面している事実に
気づき、ドアミラーに手をかけた。

「どこいくんだ。」
「...クロコダイルのところよ。」
「わりィが、俺たちもこの車が必要なんだ。」
「わかったわ。」

やたらと物分りの良い返事にたじろぎながら、再度そのドアを開けるも
その小さな体はシートを乗り越え、後部座席に移動をしただけで
ゾロの誠心誠意の紳士的な行動は、またしても空振りであった。

「空港まで送ってちょうだい、そこから飛行機で移動するわ。」
「お、おゥ...。」

砂を掴むようなモカの態度にゾロは酒の所為、何か悪い夢でも見ているのではと
あたりを見回した。

「私ちょっと疲れた、その子と後ろ乗っていい?」

フィオナはというと、疲れもあってか鈍感な振りをして何食わぬ顔で車に乗り込んだ。
本当は、まだミホークに聞いておきたいことがあった。
モカの出現により、そうできる時間はわずかで、リミットがもうすぐそこまで迫っていた。

そうして異常に溶け込んでいくようなフィオナはどこか、大人である心象を
ゾロに与えた。

未だインディゴに染まる顔色のミホークは力なくエンジンを掛けながら、グレイスランド、そして
エルビスとのしばしの別れを惜しんだ。



車は一路、グレイスランドから南に走った。


「…ずいぶん若い、奥さんだな。」


その場の空気に馴染みきった3人とは対照的に、ゾロは何かを指折り数えるようなしぐさのまま
ミホークにそう言い放った。


「そうだろう、キレイだろう...我が妻は。」

ミホークの受け答え「言いなれた」そんな感触だった。
できれば、あれは冗談だったという一言が欲しかったのだが。




「あらら。」

捲れたジーンズから見える爛れた脚をさするフィオナの姿に
モカは興味深そうに感嘆の声を上げた。

「こんなにただれちゃって…。」

そんな声にグニャリと片眉を上げたミホークの表情を見逃さなかったゾロは、身体を捻り
後ろに座る二人を見た。

その二人は、身体の大きさは違えど、どこか似た雰囲気で
ゾロはそう思わせるものは何なのかと考えた。

「腐り落ちちゃうのも、時間の問題ね。」
「怖いこと、言わないでよ。」
「あんたの言った通りね、ミホーク。」

投げかけられた声に、ミホークも静かに頷いた。

「フィオナ、モっちゃんはお前のように、20年前にある手術を受けた。」
「20年前?だってこの子・・・。え?」

その容姿から、モカの20年前の姿など、まだオタマジャクシにも満たないだろうと言った
表情でフィオナもゾロもミホークの言葉に息を呑んだ。

「そうよ、聞いてごらんなさい。呆れちゃうから。」
「モっちゃんは、ロシアの名家の娘でな。俺との結婚が幼き頃より決まっていたのだ。」
「全然望んでなかったけどね、私は。」
「俺は、幼き頃より定められた運命に逆らうつもりは毛頭なかった。それに、今でも深く彼女を愛している。」
「全然ありがたくないし、迷惑よね。」
「ちょ・・・モっちゃん、シーっ。俺喋ってるから。」

ミホークは咳払いのあと、声を改めた。

「結婚直前になって、モっちゃんは逃げた。恋人のいるアメリカに。
燃えたな・・・あの時は。身を燃やし尽くすような、嫉妬の炎に。
俺はモっちゃんを追ってアメリカに来た。そして、ドフラミンゴに協力を依頼し
モっちゃんを探し出した。ある、条件を呑んでな。」

「・・・。」

「聞きたくないのか?ある条件。」

「聞いてるって、早く喋ってよ。」

リアクションの薄いオーディエンスに不満げなため息をついたミホークは
次第に渋滞し始めた周囲を見回し、サングラスを掛けながら更に声を低くした。

「人体実験、それを受けることが条件だった。」
「人体実験!?」
「まあまあ、続きがまだある。
それは、言わば人体の若さを保つ実験だ。
兵士たちの可動時間を伸ばし、最強のアメリカを作る。
そんな魂胆さ、そのための実験に身体を差し出せとのことだった。
迷いは無かった、すぐに承諾したさ。

当時のドフラミンゴの力を持ってすれば、モっちゃんを探すなど
容易いことだった。
アリゾナの小さな街で、モっちゃんは捕まった。

その後、幾度も話し合いをしても・・・モっちゃんは俺を愛してはくれなかった。
そして、永遠の若さというエサでつい・・・モっちゃんと人体実験に差し出してしまった。」

「イヤ、ひど過ぎんだろ、ソレ。」
「イヤ、後悔はしていない。」

「しろよ!!」

モカからの痛恨の一撃に、ミホークは一瞬意識を失い、車はふらついた。

「で・・・でもその姿もまた、美しいぞ。」
「やっぱりただの変態じゃねーか!!」

ゾロの一言に、ミホークは戦慄の睨みを効かせ至極当然のように
変態を正当化しようとしていた。

「手術は50%成功。若くなりすぎた、でも思考も腕力も・・・10代のまま。
むしろ成長した。身体だけずっと、このままってワケ。」

不満たっぷりの声を上げるモカとは対照的に、ミホークは満足げな表情を浮かべた。

「まあ、麗しい女性の姿でまた浮気をされたら溜まらんからな、これでよかったのだ。」
「よくないわよ!」


モカの他にも被験者は大勢いた。命を落とした者も少なくはない。

公にできぬ、政府の稚拙な計画だった。

「ドフラミンゴは知りながら、政府の汚い仕事を請負つづけた。
全てを知った上で、自分の行動を決める。彼のそんなところが気に入って、しばらくは一緒に仕事をしていた。」
「ねえ、さっきの。意見が食い違ったってどういうこと?」

「カーペットを、ホワイトにするかブラックにするか、それで喧嘩になった。」

「・・・それだけ?」

「まあな。」


そうこうしているうちに、渋滞の向かう先にメンフィス国際空港が見えて来た。
混雑を極める空港は人や車でごったがえしていたが、ミホークはそんなこともおかまい無しに
駐車禁止の看板の前に堂々と車を停めた。

ささっと車を降りると、軽やかな足取りで後部座席のドアを開ける。
モカもまた、慣れたようにミホークの差し出された手を取ると、颯爽と車を降りた。

「ゾロ、車はお前にやろう。」
「おう、悪ィな。」
「フィオナ、君の幸せを祈る。」
「・・・。」


ミホークの短い別れの言葉に頷くと、フィオナはシートを蹴って
車から飛び降りた。

「あのさ、もうちょっと聞かせてよ。」
「何が聞きたい?」
「あの・・・。」


何かを言いにくそうに、フィオナはミホークを引っ張ると、ロビーに向かい歩いた。

「カーペット、じゃないでしょう?」
「鋭いな。」
「で、本当はなんだったの?」


「君だ。」
「・・・私?」
「君はドフラミンゴの世界を変えた、一瞬でだ。」
「それで?」
「俺はロシアに帰らざるを得なくなった。幾分か穏便になった
ロシアとアメリカの状況下とはいえ、政府の秘密を握る俺やモっちゃん
にとって、ロシアに帰ることは危険を極めた。だから、俺は反対した。
だが、誰もヤツを止めることはできなかった。」

「どうして・・・。」

「君の為だ、わかってるんだろう?」

「そうだけど・・・。」

「捨てた訳ではない、俺たちに分配したのさ。
仕事も、金も、権力も、平和すらも・・・ひたすら君の安全の為だけにな。」

平和と安全、似ているようで違う意味を持つ。

平和はお前の幸せではない、安全がお前の幸せなのだと。

そして、俺の幸せでもある。

そう何度も聞かされていた。

そう信じている、今でも。


「無垢で、真っ白で、それほど美しいものはない。
だからドフラミンゴは君に執着した、そして今でもきっとそうだろう。
だが、君にも決める権利がある。
今の君を見て、そう思うのだ。」


フィオナは立ち止まると、うつむき、ミホークの言葉を噛み締めるように
小刻みに頷いた。

「納得したか。」
「ええ、いや・・・。まだまだ。」
「そうだろう、はっははははは!」
「ふふ・・・あははは!」


「ほーら、ダメ男。行くわよ、家宝を取られて黙ってられますかって。」

モカはミホークの手を取ると、感慨深げにフィオナを眺めながら
少しだけ微笑んだ。

「イヤなことばっかりじゃないわよ。がんばりなさい。」

そういう彼女は、誰よりも前向きでフィオナを少しほっとさせた。

手をつなぎ、去って行く二人はまるで
誘拐犯と子供であったが、
その姿が見えなくなるまで、フィオナはじっと眺めていた。

「行くぞ。」
「う、うん。」
「・・・どうかしたのか?」
「あの二人、なんで結婚したんだろうなーって、思って。」

横に並ぶゾロを見れば、難しそうな顔をして首を傾げている
その様子に、ブッと吹き出したフィオナは肩をひくつかせながら振り返った。

「幸せなんだろうね。」
「どうだか・・・。」

車に向かう足取りはどこか軽く、これから自分が何を見て何を感じ
何を選ぶのか、
今はこの旅を楽しんで、楽しんで、楽しみ抜こうとフィオナは考えた。



「ナァァアアアアアアアアアアア!!!!」

後ろからする少しドスの効いた叫び声に振り返ることもなく。

「フィぃぃぃぃオオオオオオオナァアアアアアアアア!!!!」

「・・・誰か、呼んでねェか?」
「んー?何?」

ゾロの言葉に歩みを止めることもなく、フィオナは答えるも
どうも自分が呼ばれているという自覚はなかった。


「ちょっとぉぉぉぉおおお!待ちなさいよー!!」

「・・・おい、あれ。」

青ざめて振り返ったゾロは、この世のものとは思えないモノとバッチリと目が合い
硬直した。
気がついたフィオナが不思議そうにゾロの視線の先を見れば、それは確かにそこにいた。


「フィオナー!!探したわよー!!」


「・・・ボン!」

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