貴方のいない 世界はいらない | ナノ
その職人、動揺。

私の名は白岡杏子、しがない和菓子職人だ。
そんな私は今、戸惑っている。

「え?どこよ、ここ?」
私は確か、さっきまでお店で働いていたはず‥‥‥
その証拠に、服が和服だ。
職人なら割烹着じゃないのかって?
ふっ、甘いな。
新人が商品を作らせて貰えるようになるまでには、軽く2年はかかる。
それまで新人は、下準備や接客をしながら、修行を積むのだ。
かくいう私も、絶賛修行中で‥‥‥って、そんな事はどーでもいい!
問題は、目の前に広がる風景が明らかに日本ではないという事だ。

「いやいやいやいや!日本かもしれないよ!こんなドデカい洋館とか、周りの森みたいなのだって、日本中探せばあるかもしれない!」
そう、たとえその洋館から英語の叫び声が聞こえてきていたとしても。

『eeeeeeek!!!』『Be quiet!!』

「‥‥‥まぁ、取り敢えず家があるんだから、それだけでもうけもんだよね!!」
杏子は立ち上がって服の汚れを払い、真っ直ぐ洋館へと向かった。
「でも、なんて説明しよう。良く分からないけどあなたの家の前で私は倒れてて、良く分からないけど、とても困っているので、やっぱり良く分からないけど、助けて下さい!なんて言っても駄目だよなぁ‥‥‥」
それに英語で言わないと、多分伝わんないし‥‥‥
そんな事をぶつぶつ呟きながら歩いていると、いつの間にか目の前には大きな扉が。

「扉の前まで来たはいいけど、なんのプランもないぞ。よし、ちゃんと考えてからこの扉を「ガチャッ」っと開け‥‥‥へ?」
「当家に何かご用でしょうか?」

いつの間にか、目の前の扉は開き、中から黒髪の男性が顔を出している。
「‥‥‥‥‥‥‥‥‥」
「お嬢様?」
はっ!物凄いイケメンに物凄い勢いで不信感を抱かれている!
な…なにか言わなきゃ!
「良く分からないけどあなたの家の前で私は倒れてて、良く分からないけど、とても困っているので、やっぱり良く分かないけど、助けて下さい!」
物凄い勢いで言い切ったら、物凄い勢いで眉間にシワが‥‥‥!

「大丈夫ですか?少し落ち着いて下さい。」
「すみませんでした」
ガタンと強引に扉を閉め、屋敷に沿ってダッシュする。それから一際大きな窓がある所にしゃがみこむ。

「ねぇよ、あれはねぇよ‥‥あの人めっちゃ変な目でこっち見てたよ‥‥‥」
地面にのの字を書きながら、うじうじと自己嫌悪に浸る。

「というか、ここほんとに英語圏なんだな。あの人めっちゃ普通に英語返してきたし。」
こんなことがあるから、わたしは何年も英語を学んできたのか。今納得だ。
まぁわたしは何度も旅行に行ってるから、言語は問題ないか。

「なーんでこんな事になったんだろ?つかお腹すいたなー」
なんかないかな、と思い服をガサゴソしていると、袖の部分に小さな巾着袋がはいっていることに気付く。

「?なんだっけ?」
そう思い、開けてみると沢山の練りきり。
あぁ!お店で暇が出来たから、台所借りて、練りきり作ったんだ!
あとで皆さんに配ろうと思ってたから、沢山あるし。

「うま。」
我ながら自信作だったのだ。これを1人で食べてしまうのは、なんだか勿体無い。
美味しいものは、みんなで共有したい質なのだ。

「とは言っても、分ける相手がいないんじゃなぁ‥‥‥」
はぁ、っとため息をつきもう1つ手を伸ばしたその時、
「そこでなにをしている?」
頭上から、声がかかった。

見上げると、窓からまだ幼い少年が凄い目つきでこちらを見下ろしている。
(どうしてこの子は、こんなにも悲しい目をしてるんだろう)
まるで、世界が全て自分の敵だとでもいうような。

「おい!聞いているのか?」
そんなことをぼーっと考えていたら、その子からもう一度声をかけられた。
はっ!駄目だ、このパターンさっきもあった気がする。
今度は落ち着いて、落ち着い‥‥‥「お、お菓子食べませんか?!」てない!
なんでよりによってお菓子?それに勢いで立ち上がっちゃったし
せめて名前を名乗るとか、そういう事を言おうよ自分!

「はぁ?」
あぁ!また物凄い勢いで眉間にシワが‥‥‥!
「えっと、私杏子といって、お菓子と言うのは私が作ったこの練りきりのことで、あ!練りきりって分かります?和菓子なんですけど、結構自信作で、でも誰も分ける人がいなくて、だけどそれは決して友達がいないとか、そういう事ではなくて、その!」
あっ、また物凄い勢いでしゃべってしまった。
ヤバい、この子若干引き気味だわ‥‥‥

「えぇと、つまり何が言いたいかというと、私の名前は白岡杏子ということです。」
「そうなのか?僕には自己紹介ではなく、その『ネリキリ』の紹介にしか聞こえなかったが?」
「うっ!」
「最後の方には、友達がいないとかなんとか言ってた気もするな」
「うっ!うっ!‥‥‥」
「そうか。お前には友人の一人もいないのか。」
「…うるさいよ。そういう君も友達いないだろ」
「僕はそれでも構わないがな」
「なんて張り合いがないんだっ!っていうか、認めちゃった!友達いないの認めちゃった!」
「うるさい。」
そう言いながら、頭を殴られる。
「え〜…何この理不尽な暴力……」
頭にはたんこぶが出来上がった。
もういいよ、ぐれてやるよ!、とその子に背を向けてしゃがみこんでいじけていると、後ろから笑い声が聞こえた。
驚いて振り返ると、その子が腹を抱えて笑っていた。

「え?ごめん、どこがツボ?」
あまりに意外な光景に、あっけにとられて彼を見る。
その目に、先ほどのような色は見えなかった。

「ねぇ、どこがツボ?どこがツボ?」
「こんなに笑ったのは、随分と久しぶりだ。」
「無視か?私の言葉は無視か?」
「僕の名前は、シエル・ファントムハイヴ。この家の当主だ。」
「へ〜シエルね〜当主なんだ〜ふ〜ん‥‥‥一番偉いね〜‥‥‥‥‥‥君がっ?!」
当主って、家で一番偉いんだよね?
だいたい世帯主がその役をやるよね?
と、いうことは?

「君、もしかしてその年で子持ち?」
「違うっ!どういう考え方をすればそうなるんだっ!」
「イヤだわ〜シエルったら、子供の様に見えて結構ませてるのね〜」
「僕の話を聞けっ!」
「そっか〜でも確かに、今の子は進んでるからなぁ‥‥‥時代の流れは、恐ろしいものね。」
「‥‥‥貴様、さっきの仕返しのつもりか!」
「イエス!」
「‥‥‥‥‥‥」

「で、ここで何をしているかと言うと、」
「お前、強引に戻したな。」
「実は私も良く分かってないんだよね〜」
「はぁ!?」
「いやぁ、気が付いたらここにいた、というか。」
所持品も練りきりしかないというか、と遠い目で呟くと、突然シエルの手が伸びてきて私の巾着袋を奪っていった。
「!遂に私も無一文に‥‥‥っておいっ!」
「お前は自分の全財産を投げ打って、このシエル・ファントムハイヴ伯爵に食べ物を献上した。」
「勝手に取っていっただけだけどな。」
「これはなかなか出来ないことだ。」
「当たり前だ。しようとしてなかったもん」
「よって褒美として、この屋敷への無期限の滞在を許可する。」
「!!それって!」
「好きなだけ泊まっていけ」
そういってゆるりと笑ったシエルの笑顔は、とても‥‥‥とても‥‥‥












良い顔でした。
後ろに黒いものが見えるよ。

どうしよう。友達と泊まるとこ出来たのは嬉しいけど、悪い予感しかしねぇ‥‥‥


(結局、練りきり食べたかっただけじゃない?)(さっき僕の執事になにか作らせようとしたんだが、もうすぐ食事だから駄目だの一点張りでな。パフェでいいと言ったのに)(パフェ?!あんた食事の前になんてヘヴィなもの食べようとしてんのよ!)(甘い物は別腹というだろ?)(お前は女か!)

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