貴方のいない 世界はいらない | ナノ
その職人、苦痛。

「さて…まずはドルトイット子爵を見つけなくてはいけませんね。」
ざわざわと騒がしい会場に、ひときわ煌びやかな集団が一つ。
「ドルトイット子爵ってのは、イイ男なのかしら。それによってヤル気に差がでるわぁ〜。」
「輝いてるね、マダム!」
その一団の中に、目を輝かせる真っ赤なドレスの女性と、スーツ姿の男性。そして、
「苦しい。重い。痛い。帰りたい。」
「きつい。怖い。辛い。泣きたい。」
「こら、そこの二人、やめなさい。」
長身の男性と、明らかに暗い雰囲気を醸し出す二人組。うち一人は本当に泣きそうだ。
「ここは社交場ですよ。もっとにっこり笑いなさい。」
「分かってる…分かってるけどね…」
どうしてもこの格好はいたたまれなくて、と隙あらばすぐに柱に隠れようとする杏子の腕をがっしりと掴み、絶対に逃がすまいとするセバスチャン。傍からだと、腕をくんでいるように見えるから不思議だ。
「こんな姿、絶対にエリザベスには見られたくないな…」
「でしょうね。」
「シエルを見て、喜ぶ姿が目に浮かぶようだよ…」
「…あぁ。」
私の発言で、エリザベス嬢を想像したのか、シエルに顔が更に曇った。
「まぁまぁ、ここにエリザベス様がいるはずないし。」
「あぁ…そう………だな。」

「きゃーっ、そのドレスかわい〜」

「いかん…幻聴ま…」

「そのヘッドドレスもステキーッ」

「…で?」

3人で、揃いも揃ってがばりと振り向くと、そこには、
「ステキなドレスの人がいーーーっぱい!かわいーっ!」
可憐なドレスに身を包んだ、シエルの婚約者、エリザベス嬢がいた。

「まじでか…」
「セッ…セセセセバスチャン」
「坊っ…お嬢様、落ち着いて下さい。とりあえず2人とも、あちらへ。」
突然の事態に、焦るシエルと私。そんな私達をエリザベス嬢の見えない所にセバスチャンが誘導しようとすると、
「あっ!」
後ろから、明らかに私達に向けてあげられた声が。
「あそこにいる2人のドレス、すっごくかわいー」
「!!!!」
早くも、見つかってしまったようだ。

「しかたありません、いったんここで二手に分かれましょう。杏子はあちらへ。お嬢様はこちらに。」
「了解。作戦はそのままね。」
「えぇ。」
短い会話を交わした後、セバスチャン達は左に、私は右へと曲がる。
「あら?…あの人達、どこ行っちゃったのかしら?」
キョロキョロとあたりを見渡すエリザベス嬢。どうやら、うまく逃げられたようだ。

「さて、とりあえずドルトイット子爵を探すか。」
ウエイターから渡されたグラスを傾けながら、その姿を探す。これだけの人だと、ただ歩くのも大変だ。
そうしてしばらく歩いていると、偶然目が合った男性が1人。無視するわけにもいかず、ニコリと笑うと向こうもニコリと笑って、此方に歩いてきた。途端に、私の周りがザワザワと騒がしくなる。
「ドルトイット子爵は今日も美しくていらっしゃるわぁ。プラチナブロンドが金糸のよう!」
目当ての人物は、予想よりも早く見つかったようだ。

「お一人ですか?」
笑顔を崩さぬまま、物腰柔らかくしゃべりかけてきたドルトイット子爵。
「えぇ、残念ながら。」
私は遊ぶようにグラスを回しながら答える。
「それはそれは。貴女のような美しい人、私ならば放っておかないというのに。」
「あら、お上手ですのね。」
クスリと笑ってドルトイット子爵の発言をサラリと流すと、
「なるほど、なかなかに気の強い御方のようだ。」
「気の強い女、子爵はお嫌い?」
首を傾け、上目遣いに尋ねると、子爵はふっと笑い、私の顎を掴み顔を寄せてきた。ぞわりと鳥肌が全身に立つ。
「まさか。貴女ならば、気の強い女性も悪くない。」
「それは…光栄ですわ。」
至近距離にも怯まず、ニコリと笑うと、丁度良く音楽が流れてきた。
「一曲、願えませんか?」
騎士が女王するように手の甲にキスをされ、またもや鳥肌。
「喜んで。」
しかし、そんなことをおくびにださずに笑えた私は、この短期間でかなり成長したと思う。

「こんなに踊りやすいのは初めてです。きっと、子爵がリードしているからでしょうね。」
音楽に揺られながら、子爵の目をうっとりと見つめる…ようなふりをする。アンジェリーナ様に教えられた通りだ。
「ありがとう。そんなことを言われたのは初めてだ。」
「でも、ちょっと妬けますわ。」
少しだけ怒ったように子爵から目を逸らす。と、目に入ったのは、かなりの身長差のある2人組…シエルとセバスチャンだった。なんで2人で踊ってんだ。
「なにがだい?」
「だって、子爵がそれだけ沢山の女性と踊ってきたってことですもの。」
子爵の後ろを通過していく2人。あ、セバスチャンと目が合った。
「何を見てるんだい?」
不審に思ったのか、明らかに子爵の後ろを見ていた私に声をかけた。私はハッと我にかえる。
「え?えっと、あの子、可愛いなぁと思って。」
「あの子?」
私が視線で示した先には、慣れないダンスに悪戦苦闘するシエルの姿。
「なるほど。確かに可愛らしいね、君が目を奪われるのも頷ける。」
「えぇ。」
そこで音楽は終了、辺りからは拍手が起こる。ドルトイット子爵の周りには多くの人が集まってきて、私はそっと子爵から離れた。
「お疲れ様。いやぁ、情けないねシエル。一曲踊っただけで息切れって。」
「本当にだらしないですね、これしきの事で。」
「…う……うるさいぞ…2人とも…」
床に手をつき、声にならない声を発するシエル。かなり辛そう。
「今、水を―――」
と、その時、パチパチと1人分の拍手が聞こえてきた。
「素晴らしい。」
金糸のようなプラチナブロンド、透き通るような肌。
「駒鳥のように、可愛らしいダンスでしたよ。お嬢さん。」
ターゲットがやって来た。

(あ―あ―…行っちゃったよ)
シエルと子爵の姿が、深紅のカーテンの裏に隠れたのをそっと見守り、私は視線をセバスチャンへと戻す。
「しっかし、セバスチャンもすごいけど、なんの躊躇いもない劉様が恐ろしいな。」
相当な勢いでクローゼットに剣を刺していく劉様。心なしか顔に笑みが浮かんでいるように見える。
「こんなもんかな。さて、彼は無事なんでありましょうか。」
刺した剣を抜き、鎖を外す。固唾を飲んで見守る観客で、広間は静まり返っている。
ギイッという音を立てて、ゆっくりと開いていく扉から姿を表したのは、服装の乱れ一つないセバスチャンの姿だった。
「すごい!!」
「奇跡だ!!」
「ブラボー!!」
一瞬にして盛り上がる会場。大歓声に見送られ、セバスチャンと劉様はどこかへ消えていった。

「おつかれ。シエルは無事、ドルトイット子爵に連れて行かれたよ。」
「そうですか。」
それから数分後、家庭教師風に眼鏡をかけたセバスチャンと、燕尾服姿の劉様が帰ってきた。私は流石にヒールが厳しくなってきたため、椅子に座っていた。
「すごいじゃない、セバスチャン!」
「マダム、」
隣に座っていたアンジェリーナ様が立ち上がり、セバスチャンに近づく。立場上私も立たないわけにはいかず、痛む足を我慢し輪に入った。
「本当だよ!針山みたいだったのに。」
ちょっと殺っちゃったかもって思ってた、と笑顔で言う劉様が怖い。死んでたら、一体どうするつもりだったんだろうか。
「で、一体どういうしかけだったんだい?」
「あんた、解ってないであんなに刺してたワケ!?」
分からないといった感じで劉様がそんなことを言うから、アンジェリーナ様は驚愕の声を上げた。
「…言ったでしょう、タネもしかけもございません、と。」
なにとはなしにそういったセバスチャン。………本当に、言葉の通りなんだろうなぁ…

「…ふぅ」
会場の暗いテラスに立ち、私はそっと息をつく。
現在セバスチャンは、シエルの救助中だし、アンジェリーナ様と劉様とグレルさんはいまだパーティーを楽しんでいる。
あれはこのまま徹夜の勢いな気がする。いや、まぁちゃんと帰るだろうけども。
と、そのときテラスに入る人影が一つ。
「……っ…!」
エリザベス嬢だった。
私は気づかれないよう、暗いテラスの中、更に暗い端っこによって、息を潜めた。
(私は壁…私は黒と同化している何か…)
そんな努力が功を奏したのか、エリザベス嬢は外を眺めていた体を回転させ、広間に戻ろうとした。私がほっと一息ついて、ふと前方に目を向けると、
「………」
セバスチャンにお姫様抱っこされるシエルの姿。
目をこすってもう一度見てみると、そこにはもう誰もいなくて、私は立ち尽くした。

「………置いてかれた…」



(アンジェリーナ様、もう帰りましょう?)(嫌よ。だってこれが社交期最後のパーティーよ。最後まで楽しみ倒すわ。)(…劉様、帰りませんか?)(う〜ん…いま我はマダムの燕役だからねぇマダムの決定に従うよ。)(グ…グレルさんは…)(ひっ!あ……あの!…私もお、奥様の…し、しし、執事ですので…!)(…泣きたい。)



杏子はこの後、歩いて帰りました。

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