貴方のいない 世界はいらない | ナノ
その職人、舞踏。


「それじゃ、気をつけて帰るんだよ。」
「気をつけるもなにも、屋敷はもう目の前なんですが………」
あの後、シエルに置いてけぼりをくらった私は、葬儀屋の馬車に乗って屋敷へと戻ってきた。
屋敷の周りに、馬車は見当たらない。
「?おかしいな。」
葬儀屋と無駄話をしていた私が帰ってこれたくらいなのだ。
普通に考えて、とっくに帰ってきているはずだ。
そう思いながら、私は馬車を降りて葬儀屋を振り返った。
「ありがとうございました。」
そう言って頭を下げた。
「ヒッヒ、いいんだよ。2回も理想郷を見せて貰ったお礼だ。それに…」
葬儀屋はそこまで言うと、馬車に乗ったままグイッと体を乗り出して、
「『未来から来た人間』なんて、そうそう居るもんじゃないからね。見習い君に興味が湧いたのさ。」
「むしろ、一生湧かなくて良かったです。」
私が心底嫌そうな顔でそう言うと、葬儀屋はまたヒッヒと笑って、見習い君は面白いねと言った。
「じゃあ、困ったことがあったら、店に来るんだよ。」
葬儀屋はそう言うと、手綱を引っ張り私の前から去っていった。

「さて、」
私は玄関の前まで来て、腕を組んだ。
「どうするか……鍵はセバスチャンに渡しちゃったんだよな〜」
このままでは屋敷に入れない。
「う〜………開かないかなぁ……」
私がヤケクソになりながらドアノブを回すと、
「お?」
思いがけず扉は開き、私は屋敷へと入った。
「おや、杏子でしたか。」
「セバスチャン?どうしてここに?」
玄関に入ってすぐの広間に、セバスチャンはいて、私は驚いた。
「坊ちゃんに頼まれた調査が終了したので、帰ってきたんですよ。」
「なるほど。でもなんで肝心のシエル達は帰ってきてないの?」
「それは………」
セバスチャンがそこまで言うと、私の後ろの扉がガチャリと開き、私は急いでセバスチャンの横にどいた。
「お帰りなさいませ。お待ちしておりました。」
扉からはポカンとした顔の劉様とアンジェリーナ様が入ってきて、ただ1人シエルだけが当たり前のように、セバスチャンに帽子を渡した。
「ちょっと…あんたなんでココに!?」
アンジェリーナ様が驚いたような声を上げ、セバスチャンを指差す。
「え?用事が済みましたので、先に戻らせて頂いておりました。」
「用事って、もう名簿が作れたの!?」
アンジェリーナ様のその問いに、セバスチャンは当たり前かの様に、
「いえ?先程の条件に基づいた全ての方の名簿を作り、全ての方に直接お話を伺って来ただけですよ。」
そう言った。
「ちょっとセバスチャン…そりゃあんた、いくらなんでも無理が…」
呆れたようにアンジェリーナ様が言うと、セバスチャンはフッと笑って、
「チェインバーズ伯爵主治医ウィリアム・サマセット メアリ・アン・ニコルズ殺害時ハーウッド伯爵主催パーティーに出席にてアリバイあり 秘密結社等の関与なし……………」
たくさんの人の名前や行動を読み上げ、アンジェリーナ様の顔が青くなり、グレルさんの顔は赤くなった。
「以上の調査結果により、条件を満たす人間は、ただ1人にまで絞り込めました。」
「…ははっ、一体どんな手を使ったのよ、セバスチャン?あんた本当にただの執事?O.H.M.S.S.≠ニかなんじゃないの?」
アンジェリーナ様のその言葉に、セバスチャンは少し笑って、
「…いいえ私は、あくまで執事ですから。」
そう、言った。



時は移り、夜…

大きな広間に、色とりどりのドレスで着飾った女性と、スーツを着た男性が溢れかえり、ザワザワと楽しげに会話を交わす。
「割と盛大ねぇ。やっぱり今夜が今年の社交期最後なのかしら?」
アンジェリーナ様も、真っ赤なドレスで着飾っている。
「楽しい夜になりそうじゃないか。」
劉様も、いつもの服ではなく、スーツ姿になっている。
「一度警戒されれば終わりだ。いいか、遊びに来ている訳じゃない。気を抜くな!」
シエルも、フリルたっぷりのピンクのドレスを着用している。
「わかってるわよ―――う!んもーかわいいわねっ!」
その可愛らしさに、アンジェリーナ様がシエルを抱き締める。
「離せッ!!なんで僕がこんな格好を…」
「なによ、気に入らなかったの?モスリンたっぷりフランス製ドレス。」
「気に入るかッ!!」
不満だらけのシエルに、アンジェリーナ様がぶーぶーと文句を言う。
「おやおや、レディがそんな大声を出すものではありませんよ。」
そこに眼鏡をかけたセバスチャンがやってきて、
「セバスチャン…貴様」
シエルがげんなりした顔で、セバスチャンを見た。
「そーよー、設定通りちゃんとやってくれなきゃ…」

「劉は私の若い燕役。シエルは田舎から出てきた私の姪っ子役。セバスチャンはその姪っ子の家庭教師役。杏子は………って、あの子は?」
「あぁ、それなら……」
「!!」
セバスチャンが、柱に隠れていた私の方を振り返り、それにつられて皆もこちらを向いた。
「全く。なにをしてるんですか、あなたは。」
溜め息混じりにセバスチャンがこちらに歩いてきて、
「む…………無理無理無理無理無理無理!ほんっと、ダメだって!」
私は柱にしがみついて、頑として動かない姿勢をとった。
「そこまでして、無理はないでしょう。それに、」
私の前まで辿り着いたセバスチャンが、私の耳元に顔を寄せて、
「とても似合っていますよ、私の奥さま。」
「!!」
そう囁いたから、私の顔は真っ赤になった。
そう。
私は今、長いウィッグを被り、青のフリルたっぷりのドレスにヘッドドレスという、完璧な夜会スタイルに身を包んでいるのだ。

「な…なんで私が家庭教師の夫人役なの!?」
「あら、いいじゃない。杏子って線が細いから、女装しても全然大丈夫よ〜。むしろ、そっちの方がいいわ!」
「全く嬉しく無いんですが……!!」
あの後セバスチャンに引きずられて、結局私は皆の輪の中に加わった。
「まぁそれは冗談として、ただの姪っ子に執事がついてるのは、怪しすぎるのよ。」
「それは…そうですけど………」
「くどいぞ杏子。僕だって、こんな格好したくない。」
「それだけ着こなしといて、それは無いだろ。」
「お前だって似合っているぞ、ミカエリス『おばさん』。」
「あらありがとう、お嬢様。でも、おばさんは余計よ。」
ふふふと笑いながら、棘のある会話をしていると、セバスチャンの呆れたような溜め息が聞こえて、私達は口を噤んだ。

「まぁドルイット子爵って、守備範囲バリ広の女好きらしいから、その格好の方が都合いいって!」
アンジェリーナ様が私とシエルの方を見ながらそう言う。
「バリ広って………人妻と幼女ですよ!?」
「恋ってのは、障害が多ければ多いほど、燃え上がるものよ。」
「………」
私はもう、なにも言えなかった。



(では行きますよ、お嬢様に奥さん。)(その呼び方で固定なのね………)(おや、嫌でしたか?)

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