貴方のいない 世界はいらない | ナノ
その職人、緊張。


「では改めまして。私はファントムハイヴ家執事の、白岡杏子と言います。」
「詳しく言えば、執事『見習い』だがな。」
「シエル、うるさい。」
セバスチャンが紅茶を淹れに行っている間、私はシエルに言われて、もう一度自己紹介をしていた。
「我は英国で貿易商をしている劉だよ。よろしくね見習い君。」
「…見習い君は固定ですか…。」
「嫌なのかい?」
「いえ、ダイジョウブデス。」
「私はシエルの叔母の、アンジェリーナ=ダレスよ。で、こっちが私の執事の…」
「グ……グレル…サトクリフ……です。」
「よろしくお願いしますね、グレルさん。」
そう言ってニコッと笑いかけると、グレルさんはますます緊張したみたいで、
「よよよよよろしくお願いします!」
と、かなりどもってしまった。
(………おかしいな?この人、凄く普通の人だ。)
先ほどセバスチャンに聞いた『いてはならない人』には、到底及ばない気がして、私は首を傾げた。
(まぁでも、油断は禁物だよね。)
私はニコニコグレルさんに笑いかけながら、そんな事を考えた。

「本題に入るが、数日前、ホワイトチャペルで娼婦の殺人事件があった。」
その後、セバスチャンが紅茶を運んできて、漸く話が進み出した。
「何日か前から新聞が騒いでるヤツよね?知ってるわ。」
アンジェリーナ様のその言葉に、劉様も同意を示すかのように頷く。
でも、
「杏子………もしかして、知らないんですか?」
「!!…ハハ……ハハハハハ〜…」
隣にいたセバスチャンにはお見通しだったらしい。
「無能な執事『見習い』のために、説明してやろう。」
椅子に座って私に背を向けていたシエルが、首だけこちらに向かせてそういった。
その顔は、明らかに私を馬鹿にしている。
でも、事件について知らなければいけないのは事実なので、
「アリガトウゴザイマス、ボッチャン。」
完璧な棒読みでそう答えた。

「数日前、ホワイトチャペルで殺人事件が起きた。それだけならば、僕が動く必要はない。」
そんなものは日常茶飯事だからな、と言いながらフルーツタルトを切り分けるシエル。
「だが、その被害者の死体に問題があった。」
シエルは切り分けたタルトを口に運んだ。
「被害者の娼婦、メアリ・アン・ニコルズは、何か特殊な刃物で、原形も留めない程滅茶苦茶に切り裂かれていたそうです。」
シエルの言葉を引き継いで、セバスチャンの口から紡がれたその言葉に、私は思わず眉をしかめた。
「それ故に、市警や娼婦達は、犯人をこう呼んでいるそうだ。」

―――切り裂きジャック

「それで僕も、早く状況を確認せねばと思い、急ぎロンドンへ来たというわけだ。わかったか?『見習い』」
「ハイ、オカゲデトッテモヨクワカリマシタアリガトウゴザイマシタボッチャン。」
「ふんっ」
私の棒読みがお気に召さなかったんだろう。
シエルは前を向いてしまった。
すると、
「女王の番犬が、何を嗅ぎつけるのか、我はとても興味深いな。」
いままでずっと黙っていた劉様が、突然口を開いた。
「……だけど、君にあの現場を見る勇気があるのかい?」
笑顔のまま、だけど確実に棘をもったその言葉は、シエルの神経を逆撫でるには充分だった。
「…どういう意味だ。」
ギシリという音を立てて、劉様が立ち上がる。
「現場に充満する闇と獣の匂いが、同じ業の者を蝕む。」
そしてゆっくりとシエルに近づいてくる。
私は無意識のうちに、刀に手をかけた。
「足を踏み入れれば、狂気に囚われてしまうかもしれないよ。」
シエルの目の前まで来た劉様は、シエルの顔に手を伸ばす。
「その覚悟は、あるのかい?」
そして、シエルの頬に触れた。
「ファントムハイヴ伯爵。」
すると、シエルの纏った空気が一瞬にして、暗く重いものになって、
「僕は彼女≠フ憂いを掃うためここに来た。くだらない質問をするな。」
「――いいね、いい目だ。」
劉様は満足そうに笑って、
「そうと決まれば、直ぐに行こうじゃないか伯爵!!」
先ほどまでの刺すような空気を一気に払拭するようにそう言ったので、私は力が抜けてしまった。

「大丈夫ですか?」
隣にいたセバスチャンにそう聞かれ、私はセバスチャンの方を向き、ヘラリと笑ってみせた。
「大丈夫だよ。大丈夫なんだけどね………」
「劉様は、坊ちゃんに害をなす人間ではありません。今はまだ、ね。」
「?」
含みを持たせたセバスチャンの言葉に、私は首を傾げたけれど、セバスチャンはそれ以上、なにも言わなかった。



(では行きますよ。)(へ?ど…どこに行くの?)(あぁ、まだ杏子は会ったことがありませんでしたか。)(?)(人生の中で、一度だけお世話になるお店ですよ。)(はい?)(まぁ、お世話になったことすら、その時にはもう分からないでしょうがね。)

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