貴方のいない 世界はいらない | ナノ
その職人、我慢。


翌日―――

「…うっわぁ…すごい!」
私とセバスチャンは、今日の最終チェックのため、広間に来ていた。
「こら杏子、子供じゃないんですから、はしゃがない。」
「だって、昨日はここ入れなかったんだもん。」
「杏子をここに入れたら、翌日には何もなくなっていそうだったので。」
「いやごめん、さすがの私もそれは無理だよ…」
私はそんなに大食いキャラが定着してるんだろうか?

「今日のお客様は、身長の小さな方ばかりです。お客様がお菓子を御所望の時は、一つずつ取っていってください。」
「は〜い」
「あと、相手が子供だからといって、手を抜いてはいけませんよ。大事なお客様なのだということを忘れずに。」
「うん。分かった。」
「それから、つまみ食いをしてはいけませんよ。」
「……え?」
「では、玄関に行きましょうか。そろそろお客様がお見えになります。」
「え?え?ちょっ…待って!こんなにおいしそうなものを目の前にして、耐えろっていうの?!」
「たかだか数時間のことですから、我慢してください。」
「え〜〜〜………」
地獄だ……

「そう言えば、右手はどうです?」
玄関に向かう途中の長い廊下で、セバスチャンがそう聞いた。
「ん〜、昨日よりはだいぶ。お菓子を取るのには、差し支えないよ。」
そう言って、セバスチャンに向かって右の手をひらひらと振る。
手袋で見えないが、そこには包帯がまかれている。
「それは良かった。それにしても、治るのが早いですねぇ。」
「確かに。お菓子屋に就職してからは止めたけど、その前は手のひらは良く斬ってたから、体は慣れてるのかも?」
「なるほど。」

「ん〜…いい天気!」
玄関から外に出ると、そこには広い青空が広がっていて、私は思わず手を思い切り伸ばして、深呼吸した。
「杏子、そろそろお客様がみえますから、気を抜かない。…ほら、お客様が見えましたよ。」
セバスチャンの言葉に、視線を上から前に戻すと、確かに二頭立てに馬車がこちらにやってきていた。

しばらくして玄関の前にとまった馬車から、20人ほどの子供が降りてきて、いつもは静か(使用人は除く)な屋敷が、一気に騒がしくなった。
とくに女の子たちはセバスチャンが気に入ったらしい。
わらわらとセバスチャンのまわりに集まってきている。
「こんにちは!私、アメリアっていうの!貴方は?」
そう言ってセバスチャンの左手をつかんだアメリア嬢。
「アメリアったらずるい!私はソニアよ!」

それからアメリア嬢とは逆の手をつかんだソニア嬢。
「ソニア!私が先なんだから手を離して!」
「いいじゃない!どっちが先でも!アメリアこそ、手を離してよ!」
そんないざこざが始まって、慌てて止めようとしたとき、
「おやめなさい、二人とも。みっともないですよ。」
そんな声が馬車のほうからして、二人はバツの悪そうな顔をして、顔を見合わせた。
「私たちは招かれて来ているのですよ。礼儀をわきまえなければいけません。いいですね?アメリア、ソニア?」
「はい…」
「ごめんなさい…」
セバスチャンから手を離して、馬車に向かって謝った二人。
すると馬車から、
(うわ…凄く綺麗…)
とても美しい女性が降りてきた。

「申し訳ありません。この年頃の女の子は、見目麗しい方に弱くて。」
そう言ってその人はセバスチャンに近づいて、手を差し出した。
「私、今日は子供たちの引率者としてきました、ヘレナといいます。今日はよろしくお願いいたします。」
「私はこの屋敷の執事長の、セバスチャンと申します。こちらこそ、本日はよろしくお願いいたします。」
そうして躊躇いなくその手をつかんだセバスチャン。
(なんか、セバスチャンとヘレナさんが並ぶと、壮観だな。美男美女ってこのことを言うのか!)
そんなことを考えていたら、私の周りにも子供たちが集まってきていたけど、
「お前も執事なのか?」
「あっちは強そうだけど、お前は弱そうだな。」
セバスチャンとは大違いで、男の子ばかりだ。
「な!失礼な!少なくとも君たちよりも強いぞ!」
などと、売り言葉に買い言葉、低レベルな喧嘩を子供たちと繰り広げていたら、
「杏子、」
「はいぃ!」
「先ほど言ったことを、もう忘れているんですか?」
「……あ………」
相手が子供だからといって、手を抜いてはいけませんよ
「別に手を抜いていたわけでは…」
「杏子?」
「…ごめんなさい……」
怖い…笑顔が怖いよ……セバスチャン…

「では行きますか。」
そう言ってセバスチャンは屋敷に入って行った。
その後ろにヘレナさんが続き、子供たちが並び、そして最後に私が扉を閉めた。
「ヘレナお姉ちゃんは綺麗でしょ?」
階段をのぼりながらボーっとしていると、いつの間にか右隣にいた女の子が話しかけてきた。
「お姉ちゃん?ヘレナさんの妹なの?」
「ううん、違うわ。でも、みんなヘレナお姉ちゃんって呼ぶの。」
「そうなんだ。確かに、綺麗な人だよね。」
「でしょ!えっへへ〜、自慢のお姉ちゃんなんだよ。」
そう言ってその子は、とても嬉しそうに笑った。

「ねぇねぇ、お姉ちゃんの隣にいる人って、なんていうの?」
「隣?」
そう聞かれて、階段の上のヘレナさんのほうを見ると、隣にはセバスチャンがいて、
「あぁ、あれはセバスチャンって言ってね、とってもこわ〜い、私の上司。」
怖いというところを強調して、言った。
ちらっとセバスチャンがこちらを見たような気がするのは、きっと気のせいだ。
「とっても怖いの?クレアはすっごく優しいと思うんだけどな。」
「(クレア嬢って言うのか)あぁ…見た目はかっこいいからね、セバスチャン。」
「ほんと!だってお姉ちゃんの目がハートになってるもの!」
そう言われて、もう一度ヘレナさんを見てみると、確かに顔がトロンととろけそうなぐらい、甘い顔をしていて、
「二人はすっごくお似合いだって、クレアは思うな!」
そのクレア嬢の言葉に、私の胸はズキリと痛んで、素直にうなずくことができなかった。

(お似合い…かぁ…)
子供たちをお菓子のおかれた部屋まで案内し、扉の近くに立って、シエルが子供たちに向かって嘘八百の笑顔を振りまきながら話しているのを、ぼんやりと聞きながら、私は先ほどのクレア嬢の言葉を考えていた。
「どうしたんです?」
「おわぁ!セ…セバスチャン!」
気がつくと、鼻先15cmほどのところにセバスチャンの顔があって、
「驚きすぎです。大丈夫ですか?」
「だ……大丈夫だよ!ほんと、大丈夫だから!」
私はそれ以上引っ込められないところまで、顔を引っ込めた。
「変ですねぇ…」
「?な…なにが?」
「いえ、これだけのお菓子でしょう?杏子は絶対につまみ食いをしていると思って来てみたんですが、なんともなかったので。」
「あ…あぁ!つまみ食い!つまみ食いね!するよ!これから食べようと思ってたとこ!」
そう言って笑って見せても、セバスチャンはどこかすっきりしない顔のままで、
「本当に大丈夫ですか?なんだったら、部屋で休んで「セバスチャンさ〜ん!」……」
セバスチャンに声をかけたのは、ヘレナさんで、
「ほら!ヘレナさんが呼んでるよ!早く行かなきゃ!」
そう言って、無理やり笑って、セバスチャンの体をヘレナさんのほうに向けて、グイグイと押した。
胸が、やけに痛んで、泣きそうだった。

「なぁなぁ、あれ取ってくれよ。」
「了解。」
それから私は広間を歩き回って、お菓子を取り続けた。
少しでも気を緩めると、セバスチャンのほうを見て、そして見るたびに横にいるヘレナさんを見つけて、一人で勝手に落ち込んでしまうのからだ。
(落ち込む?なんで?)
自分の中の感情が、自分でもわからない。
(この気持ちはなに?)
分からない。
でも、セバスチャンとヘレナさんが一緒にいるのを見ていると、黒いドロドロした何かが、体の奥底から湧き出てくるような、胸が突然せまくなるような、そんな感覚がして、私はそのたびに二人から目をそらした。

「なぁ、あれって取れねぇの?」
「あれ?」
「あれ。」
そう言った男の子の指さすほうを見てみると、チョコでできたビックベンと、馬にまたがった誰かがいて、
「あれのどこがほしいの?」
「暴れん坊伯爵の頭!」
「頭?食べたいの?」
「うん。伯爵の頭を食べて、俺が伯爵になってやるんだ!」
「なるほど。よくわからないけど、分かった。ちょっと待っててね。」
そう言うと私は脚立がどこにあるのかをセバスチャンに聞こうとした。
でも、
(ヘレナさんとしゃべってるや…)
また胸がせまくなって、なんとなく近づけなくて、私はそこにあった椅子をいくつか重ねて脚立の代わりにした。

「おい、大丈夫かよ?」
「大丈夫大丈夫。私の運動神経を馬鹿にするな。」
そう言ってにっこりと笑うと、男の子も少しは安心したらしい。
(ん〜あともうちょっと…なんだけど…なっ!!)
そしてぐらぐらと揺れる椅子の上で、精一杯の背伸びをして首を取り外した。
(やった!って……え?)
頑張りすぎたらしい。
背伸びをしたときにつま先で椅子が少し後ろに押されて、私の体はスローモーションで後ろに落ちていった。
「杏子!」
最後に聞いたのは、セバスチャンの切羽詰まったような声で、私は何か柔らかいものに抱きとめられて、それから意識を失った。

(ん?なんだこれ?真っ暗…)
あたりを見回してみると、暗い闇ばかりで、
(あぁ、これが世に聞く地獄ってやつか…)
そんなことを考えた。
(確かに、天国に行けるような人生送ってないもんな…仕方ないか。)
それからもう一度あたりを見回して、
(とりあえずここにいるのもなんだし、歩いてみるか。)
そして歩きだした。
すると…
(なに…人かな?)
前に人が見えた気がして、私は急いで駆け寄った。
「すみません!少しお尋ねした「どうしてこんな子供が!」……え?」
良く見ると、その人は女性で、そして更によく見ると、その人の前にも女の人がいて、女の人は赤ちゃんを抱っこしていた。
「今すぐ捨ててきなさい!」
私の目の前にいる人が、子供を抱きかかえた人に向かってそう言う。
「でもこの子は…!」
「四の五の言ってんじゃないよ!」
そう言って、私の目の前にいた人は、どこかに行ってしまった。
いつの間にか闇は消えて無くなっていて、私は一軒家の中に立っていた。
子供を抱きかかえた女性は、しばらく泣いた後立ち上がり、紙に何かを書いてそれをもって、どこかに向かった。
私はそれに、ついて行くことにした。
(あの子供、捨てられちゃうのかな?)
私はそう思いながらも、なぜかあの子供は捨てられてしまうと、確信めいたものをもっていた。
(どうしてだろ?私、あの人たちのことをしってる?)
しばらく歩くと、ある教会に辿りついて、女性はその前に子供を置いた。
子供の上には、紙がおいてある。
私はあまりにも痛々しいその光景を、遠くからしか見ることができなかった。
その女性は子供を置いた後、逃げるようにそこから駆け足で去って、私の立つところまでやってきた。
そこで少し立ち止まって、教会を振り返って。
私はそれから、忘れられない一言を聞いた。
「ごめん…ごめんね、杏子…」
それから世界は、またもや闇に包まれた。


「……杏子…ん!…杏子さん!」
誰かが私を呼ぶ声が聞こえて、私は目を覚ました。
「……ん……」
目をあけると、
「杏子さん!…良かったぁ…」
「一時はどうなる事かと思ったですだよ!」
「おい!まだ目閉じんなよ!」
泣きそうな顔をしたフィニメイリンバルドがいた。
その顔を見ると、私は結構ヤバかったらしい。
早くみんなを安心させたくて、
「ごめんね、ありがとう。もう大丈夫。」
そう言って起き上がろうとしたら、
「痛っ!」
背中がズキリと痛み、起き上がれなかった。
「だ…駄目ですだよ!今は安静にしなければ!」
「そうですよ!じゃなきゃ、僕たちセバスチャンさんに怒られちゃいます。」
そう言って私をベットに押しつけた。
…ぶっちゃけこっちのほうが痛いぞ?おい。

「そう言えば、セバスチャンは?」
「まだ広間でお客様の相手をしてます。」
「そっか…じゃあ私も行かなきゃ。」
そう言って無理やり立ち上がった。
「ちょっ…!駄目です!杏子さんは寝ててください!」
「大丈夫大丈夫!んじゃ、行ってくる!」
三人を振り切るように、私は広間へと急いだ。

広間の扉をあけると、なぜかそこは葬式場かのように静まり返っていて、私は驚いた。
「え?なにこれ?」
そして扉から少しだけ顔を出したまま、一人でテンパっていると、
「杏子?!どうしてここに!!」
セバスチャンがこちらに気づいたらしく、走ってやってきた。
「(早っ!)いや、目が覚めたから、仕事再開しようと…思って…。」
そんなことをセバスチャンに言っていたうちに、私に暴れん坊伯爵の首を取ってほしいとねだった男の子がセバスチャンの横に来ていた。
「?」
そしてなぜかその男の子の顔は、涙でぐしょぐしょだった。
「ごめんなさい…ごめんなさい…」
泣きながらその子に謝られて、私はさらにパニックに陥った。
「え?え?なんで?なんでこの子泣いてるの?え?」
そんな感じで焦っていたら、セバスチャンが助け舟を出してくれた。
「先ほど、自分がねだったせいで杏子が落ちたと思っているのですよ。」
「!あぁ!なるほど!」
ようやく事態を把握した私は、ずっと謝り続けていた男の子の前にしゃがみこみ、顔を覗き込む。
「私はね、ちょっとした不注意で落っこちちゃっただけなんだ。だから落っこちたのは、誰のせいでもない、自分のせいなんだよ。」
「でも…」
「だいたい、椅子を何個も重ねて取ろうとした私が馬鹿だったの。それが危ないって気づけなくて、勝手に落っこちた。」
「確かに、普通なら危ないと思いますもんね。」
「セバスチャン、うるさい!どうせ私は馬鹿だよ!」
「そうですね。」
「……まぁ、いいや……ねぇ、私はね、お菓子が大好きなの。お菓子があるだけで、私は笑顔になれちゃうの。君は違う?」
男の子は、首を横に振った。
「でしょ。こんなにたっくさんのお菓子があるのに、みんなして静か〜に、黙っているのは、凄くもったいないって、私は思うの。」
だからさ、と言って胸のポケットからハンカチを出して、その子の涙をふく。
「みんなで笑って食べようよ。みんな一緒に、食べたいの。」
駄目かな?と小首をかしげると、男の子は首をぶんぶん横に振って、笑顔になった。
「よし!じゃあ食べよう!食べつくそう!」
そうして私は男の子の手を引っ張って、そしてほかの子たちと一緒に、お菓子を食べつくしたんだ。

「あ〜…つっかれたぁ…」
「お疲れさまでした。」
そのあと全てのお菓子を食べた子供たちは、来た時と同様に、馬車に乗って帰って行った。
「子供たちも喜んでたみたいだし、大成功だね。」
「途中、とんでもないアクシデントはありましたけどね。」
そう言ってセバスチャンは私に冷たい視線を向けた。
「ま…まぁ、終わりよければすべてよし!って言うし!」
「まぁ、いいでしょう。しかし…」
「?」
セバスチャンは突然私の後ろにまわって、
「本当に無茶をしますね、貴方は。」
「…っ!」
背中をポンっと叩いた。
激痛が走った。
「まったく…。立っているのが必死でしょうに。」
「あっはは〜…ばれてた?」
「ばればれです。」
「だって…痛いって言ったら、またあの子が責任感じちゃうでしょ?」
「それは…そうですが…」
これ以上何か言うと、さらになにか言われてしまいそうなので、話を変えることにした。

「そう言えば、なんで私助かったの?落っこちたとき誰も近くにいなかったと思うんだけど…」
そう。
あの時近くにいたのは、あの男の子だけ。
しかもあの男の子は無傷だった。
私の下敷きになったとは思えない。
「なんか、柔らかいものに抱きとめられた気がしたんだけど…気のせいかな?」
「いえ、気のせいではありませんよ。私が抱きとめました。」
「……え?」
私はその一言に、言葉を失った。
(いや、だってセバスチャン私と10mは離れてたし、テーブルもいっぱいあったよね?)
「嘘…でしょ?」
「いえ、嘘ではないですよ。だって私は、悪魔で、執事ですから。」
そう言ってニッコリ笑ったセバスチャン。
「…そう言えば、そうでした…。」
すっかり忘れていた。
「でも、あの時ヘレナさんとしゃべってたよね?」
「?それがどうかしましたか?」
「いや、それをほっといて良かったのかなって、思って。」
「…そう言えば、確かに。普通ならお客様優先ですが…体が勝手に動いてましたからねぇ…」
「それは…」
(ヘレナさんより、私のほうが大事だったって、そう思ってもいいのかな?)
そう考えたら、私の顔にカァ〜っと熱が寄ってきて、でも全然いやな気分じゃなくてむしろ、
「杏子、顔が気持ち悪いぐらいに緩んでますよ。」
そんなことを言われても笑って返せるくらい
に、いい気分だったんだ。



(それでは片づけに入りますよ)(え〜…私もやるの?)(当たり前です。)(私けが人ですよ?)(貴方がここにきてから、けが人でなかった時間のほうが短いと思うのですが。)(・・・そう言えば、そうだねぇ…)(いまさらそんな怪我、些細なことです。では行きますよ。)(やっべぇ、なんも言い返せないや☆)

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