貴方のいない 世界はいらない | ナノ
その職人、覚醒。


シエルを助けに、イーストエンドの屋敷にやってきた私達は、どんどん出てくる人々を倒しまくり、ようやくラスボスへとたどり着いた。
「は…は!驚いたな。あれだけの人数を2人でやっちまうなんて。どんな大男共が現れるかと思えば、燕尾服の優男達とは…あんたら、何者だ?殺し屋か?それとも傭兵か?」
私は横目でセバスチャンを見る。
セバスチャンはまだ、動かない。
「いえ、私はあくまで執事ですよ。ただのね。」
「は!そうかい…降参だ、執事さんよぉ。‥‥‥だがな、」
そう言って、その男は後ろに横たわっていたシエルの頭をガッと掴み、シエルの頭に銃を向けた。
「手に入れたブツだけは、置いていってもらうぜ。坊ちゃんの頭の風通しをよくしたかねェだろ?」
そして、セバスチャンは、
(動いた!)
内ポケットに手を入れ、何かを取り出した瞬間に、私は跳んだ。
すると、
ダダダダダダダダ…!
銃声が部屋中に満ちて、私は驚いてセバスチャンを見た。
セバスチャンは血を流し、倒れていた。
私はそれを見ても、冷静に銃声のした方向を探す。
(‥‥‥いた!)
額縁の裏に、隠し部屋があったらしく、割れた額から、男が数人、覗いていた。
男達は弾切れをしたらしく、私を撃つために急いで弾込めをしていた。
私はその隙に、額縁から部屋に入り、銃を刀で切った。
そして男達の腹部を殴り、戦闘不能にした。
額縁からその部屋を出て、シエルの方を見ると、シエルの頭を掴んだままの男が、銃口をこちらに向けていた。

「執事ってもんは、仲間が死んじまっても、何も変わらないもんなのか?」
その男は、嘲笑うかのように言った。
「死んだ?誰が?」
私はおどけるでもなく、そう返した。
「そこに倒れてる優男だよ」
そう言って、顎でセバスチャンを指す。
「セバスチャンは言った。『私は死なない』って。それからこうも言ってた。『執事は嘘をついてはいけない』と。」
私が執事となったあの日、セバスチャンに教えられた、執事の心得だ。
「だから、セバスチャンは死んでない。死んだら、嘘つきになってしまうから。」
ゆったりと歩いて、セバスチャンの横まで行き、顔の近くでしゃがみ込む。
セバスチャンが、ニヤッと笑った気がした。
「そうだな。いつまで遊んでいる。床がそんなに寝心地がいいとは、思えんがな。」
シエルがそう言うと、セバスチャンの手が、ピクリと動く。
「そ…そんなバカな!!」
男はそれをみて、悲鳴に近い声をあげた。
「………やれやれ。最近の銃は、性能が上がったものですね。」
そう言いながら、セバスチャンが上体をあげる。
「百年前とは大違いだ。」
それから手を口にあて、小さな咳をした。
すると、手の上には先ほど撃ち込まれた弾丸があって、それをセバスチャンは床に捨てた。

「ほい。」
私はセバスチャンに手を差し伸べる。
セバスチャンは一瞬キョトンとした顔をして、それから少し笑って、私の手をとった。
セバスチャンの手の冷たさが、手袋越しにヒヤリと伝わる。
「まったく…、びっくりしたよ。ほんとに死んじゃったかと思ったじゃん。」
「びっくりしたわりに、あまり動揺していなかった気がしますが?」
「いやぁ…あはは…。それよりセバスチャン、燕尾服が穴だらけだよ?」
「話を逸らしましたね。ですが…嗚呼、本当だ。これはもう、繕っても無駄ですね。」
セバスチャンが服を掴みながら、そう嘆く。
「遊んでいるからだ、馬鹿め。」
「拳銃で撃たれるのが遊びかよ…」
「杏子、煩い。私は言いつけを守っていただけですよ、それらしくしていろ…とね?それに…」
そうして私達は、シエルの方に歩き出す。
それに敏感に反応した男は、叫び声を上げ始める。
セバスチャンはそれに構わず、喋り続ける。
「とても無様で素敵ですよ。しばらくその姿を眺めているのも、悪くないと思ったんですが。」
「…誰に向かって口をきいている。」
シエルがそう言ったのと同時に、耐えかねた男が、一際大きな声で、
「止まれエェ」
と叫んだから、私もセバスチャンも、ピタッと止まった。
「そ‥‥それ以上近付いたら、ブチ殺スぞ!!」
私とセバスチャンは顔を見合わせて話し合う。
「さぁ、どうしましょうか?」
「ん〜近付いたら殺されちゃうしねぇ、シエルが。」
「そうですね〜」
「おいお前ら、早くしろ。腕が痛い。」
「シエルは腕だけじゃなく、全身痛そうだけどな、血だらけで。」
「そこが無様で素敵なのではありませんか。それに坊ちゃん、私達が近づけば殺されますよ?」
「セバスチャン、貴様…『契約』に逆らうつもりか」
聞き慣れない言葉に、私はピクリと反応する。
(契‥‥約?なんだ、それ?)
「とんでもない。あの日から私は、坊ちゃんの忠実な下僕。坊ちゃんが願うなら、どんな事でも致しましょう。」
(あの日?)
何かをほのめかすようなその言葉に、好奇心が疼いて仕方ない。
「さぁ、坊ちゃん?おねだりの仕方は教えたでしょう?」
そう言って、セバスチャンが小首を傾げる。そして、
「命令だ!僕を助けろ!」
そのシエルの言葉が、男に引き金をひかせた。

ズガァァン!

一発の銃声が轟いた。
「な…なんで…死ん…でね…」
そう、シエルは生きている。
あれほど近距離で、銃を撃たれたはずなのに。
「お探し物ですか?」
セバスチャンの声が、部屋に響く。
「弾丸(コレ)お返し致します。」
先ほどまで私の横にいたはずのセバスチャンが、男の頭の横に、乗り出すようにして立っている。
そして私はその反対側から、男に刀を突きつけていた。
そしてセバスチャンは、手で掴んだ弾丸を、その男の胸ポケットへと入れた。
「こちらは主人を返して頂きましょう。まず、その汚い腕をどけて頂けますか?」
セバスチャンがそう言って指を動かすと、
「ぎゃぁあぁあッ!!!」
男の悲鳴と共に、腕が伸び、ボキンと嫌な音が鳴った。
私はシエルの体を抱きかかえ、後ろにあったソファに座らせた。
そして、セバスチャンは足の、私は腕の拘束具を外していく。
「ま…待てよォ…あんたらっ…ただの執事だろ!?俺は、こんな処で終われねぇんだよッ!!」
私もセバスチャンも、腕と足それぞれの拘束具を取り終わり、シエルの体に巻きついたベルトに取りかかる。
「用心棒として、給金は今の5倍いや!10倍は出すッ!だからッ、俺につけ!!」
私達は2人同時にブチッとベルトを手でちぎって、
「残念だけど、私はファントムハイヴの屋敷で、シエルの傍で、やりたいことがあるんだよね。」
「同感ですね。それに私は、人間が作り出した硬貨等には興味がないのです。私は…」
それからセバスチャンは立ち上がって、男の方に振り返る。

「悪魔で、執事ですから。」

男は魂を抜かれたかのように、口をポカンと開けている。
「坊ちゃんが契約書≠持つ限り、私は彼の忠実な下僕。」
そう言いながら、セバスチャンは男に近付いていく。
男は、先ほどのように叫びはしなかった。
「『犠牲』『願い』そして『契約』によって、私は主人に縛られる。」
セバスチャンが左の手袋を取った途端、禍々しい空気が満ちる。
「残念だが、」
空気がざわつく。

「ゲームオーバーだ。」



ぐぅきゅるるる〜
「うぅ‥‥お腹すいた‥‥‥」
帰り道、もうすっかり茜色に染まった空を見上げながら、そうぼやく。
「いつもならば、もう夕食の時間ですからねぇ。ですがほら、もう屋敷が見えてきましたよ。」
そう言われて前を見ると、見覚えのある屋敷がそこにあって、
「セバスチャンさん、杏子さんっお帰りなさい!」
なぜか玄関先に集合していたフィニ達に声をかけられる。
「セバスチャンさん、どうしたんですだか、その服!?」
「セバスチャンおめーよォ、わかりづれえんだよ、伝言がァ!!」
「シエル坊ちゃん、ケガしてる!!」
私はそれらを2人に任せて、タナカさんのもとに向かった。

「これ、ありがとうございました。」
そう言って、刀を差し出す。
タナカさんは一瞬びっくりした顔をしたけど、すぐににっこりと笑い、
「それは貴方に差し上げたのです。どうぞ貴方がお持ち下さい。」
それに、と言ってタナカさんが私の差し出した手を下げさせる。
「その刀は、貴方にこそ相応しい。」
そう言って、私の手に握られた刀を愛おしげに見つめるタナカさん。
「ですが私はこの刀で、多くの命を奪ってきました。それでもまだ、私はこの刀に相応しいのですか?」
本来ならば、こんな所で死ぬのではなかったはず。
その未来を奪ったのは、紛れもない自分だ。
「駄目ですね。私はいつまでも、人を殺める事に慣れられない。」
いつだって、懺悔の気持ちが心に残って、
「‥‥‥っ!」
いつだって、自分で自分を傷つけている。

「杏子!一体何をしてるんです?!」
「お〜セバスチャン。何って、手のひら斬ってる。」
右の手のひらは、大きく真一文字に斬られ、血がだらだらと流れ出る。
「見てよセバスチャン、こんなちっぽけな傷でも、すんごい痛いんだよ。」
「‥‥‥‥‥‥」
「死んじゃった人は、どれだけ痛かったんだろうね?」
「‥‥‥‥‥‥」
「セバスチャン?」
「‥‥‥‥‥‥」
黙っていたセバスチャンは突然、私の左手を掴んで、強く私を引っ張った。
「へ?ちょっ!痛い!痛い!」
それから連れられるがままに、使用人室に到着した私。
それから、あれよあれよというまに、治療をされ、包帯を巻かれた右手。
セバスチャンは黙ったまま。
「あの〜セバスチャンさ〜ん?」
私はびびって、敬語になっていた。
「‥‥‥‥‥‥」
「え〜と‥‥‥私なにかしましたか?」
「‥‥‥‥‥‥」
無言のまま、ガシッと手を掴まれて、私は情けなくヒィッと奇声をあげた。
「‥‥まったく‥‥貴方という人は‥‥‥」
そうして私と目を合わせるセバスチャン。
「いいですか?私達は坊ちゃんを助けに行ったのです。決して殺しに行ったわけではありません。しかし、あの人達は私達を殺そうとしていました。違いますか?」
私は首を横に振る。
「みんな、銃や斧を持ってた。でも‥‥‥」
「確かに杏子も、刀を使いました。ですが、杏子が刀を使ったのは、必要な時のみ。違いますか?」
私はもう一度、首を横に振る。
「でも、私は人を殺したんだよ?」
「えぇ、私も人を殺しました。」
杏子よりも沢山ね、とセバスチャンが小さく呟く。

「では、これならどうでしょうか?」
「?」
「杏子の大切な人が、今にも殺されてしまいそうです。大切な人を助けるためには、大切な人を殺そうとする人を、殺すしかなさそうです。さぁ、杏子ならどうします?」
私は少しだけ考える。
「私はきっと…その人を殺してしまうと思う。」
だって私はさっき、シエルを助けるために、人に剣を突き立てていたから。
「では、その大切な人が坊ちゃんで、私が坊ちゃんを助けるために、人を殺したとします。これは罪でしょうか?」
私は勢いよく、首を横に振った。
「ちがう!セバスチャンは悪くない!」
「では、そういうことです。」
それからセバスチャンはにこやかに笑うと、
「いいですね。これから二度と、こんな事をしてはいけません。杏子が傷ついて心が痛むのは、杏子だけではないということを、貴方は知らなければなりません。」
「私だけじゃ…ない?」
「えぇ。坊ちゃんもああ見えて、杏子をとても大切に思っています。フィニもバルドもメイリンも、もちろんタナカさんも。」
「みんな……が?」
「えぇ。」
「……セバスチャンは?」
「は?」
気がついたら聞いていた。
セバスチャンが当たり前のようにあげたその名前の中には、セバスチャンの名前だけが無かったから。
それから少しの沈黙が流れて、私はハッと気づいた。
(私なんてこと聞いてんだ!まるでセバスチャンに大切に思われたいみたいじゃん!)
「ご‥‥‥ごめん!今のナシ!なかっ「大切ですよ。」‥‥‥‥‥‥え?」
セバスチャンは真剣な顔をして、私の目を真っ直ぐ見たままもう一度、
「大切です。杏子が。」
そう言ったから、私の心臓は一度だけ大きくドクリと脈打って、セバスチャンから目が離せなくなったんだ。



(ドクリ?)(どうかしましたか?)(いや、なんだろ?不整脈かな?)(?)



おまけ



使用人室から出た私達は、夕食の準備に取りかかった。
でも、利き手を斬った私に、出来ることはあまりなくて、一人セバスチャンをぼーっと眺めていた。
結局、大したことは出来ないまま、シエルの夕飯の支度が終わり、私の食べる番になった。
「うー‥‥‥卵が‥‥流れていく‥‥‥‥‥」
私は左手になると、破滅的に不器用になる。
きっと利き手以外の手で箸を持てば、誰でもこうなるのだろうけど、私のは特別ひどい気がした。
(ゆで卵はだめだ、ツルツルしすぎてる。手で食べられるものを食べよう。)
そうすると、必然的にパンしか食べる物が無くなってしまう。
(‥‥‥‥ひもじい‥‥)
ガチャッと扉の開く音がして、私は振り返る。
するとそこにはセバスチャンがいて、私の心臓はまた少し脈打った。
「(不整脈?)セバスチャン、シエルの夕食は終わった?」
「えぇ。滞りなく終了しました。」
そう。私はセバスチャンに言われて、シエルの夕食には付き添わなかったのだ。
曰わく、手のひらを斬っていて、使い物にならないから、らしい。
‥‥‥‥なんで左手こんな不器用なんだろ?
よく和菓子職人なれたな、自分。
まぁ、右手が使えれば大丈夫なのか?

「ところで杏子、おかずに全く手がついていないようですが‥‥‥」
テーブルの上の皿を見て、セバスチャンが言う。
「‥‥‥‥‥‥」
「食べられないんですか?」
無言で目を逸らした私に、呆れたようにとどめを刺した。
はぁっとセバスチャンはため息をついて、私の隣にこちらを向いて座って、
「仕方ありませんね。」
といって、フォークを取った。
まさかと思い、セバスチャンの方を見ると、もう既にフォークの先には小さくしたゆで卵が刺さっていた。
「はやっ!つうか、なにこれ?どんな状況?!」
隣に座ったセバスチャンは、意外と近距離で、
(あーこれはあれだ‥‥‥病人にご飯食べさせてあげる体制だ。あんなシュチュエーション、ほんとにあんのかな?)
などと、どこか他人事のようにぼんやりと現実逃避をしていたら、
「はい、あーん。」
そんなお決まりの台詞が聞こえてきて、私は現実へと引き戻された。

「い‥‥いやいやいやいや!いいから!ほんと間に合ってるから!放っておいて!」
「放っておいたら、杏子はパンしか食べられないんですから、駄目です。いいですか?はい、あーん。」
「う‥うぅ‥‥‥」
仕方なく、私は差し出されたフォークを口に含む。
「美味しい‥‥‥」
「それは良かった。ほら、もう一口。」
私はもう諦めて、素直にそれを食べ始める。
そうして食事は終わり、私は何故かクタクタだった。

「そういえば、杏子は本日のパイを食べたがっていましたよね?」
「?うん。結局食べられなかったけどね。」
「ありますよ、丸ごとワンホール。」
「!ほんとに?!食べる!食べたい!」
「杏子は今日、活躍しましたから、ご褒美です。」
そう言ってセバスチャンは席を立ち、棚からパイを持ってきた。
「でも、このパイずっと屋敷にあったんだよね?よくバルド達は食べなかったね?」
「フォークが無かったので、食べられなかったそうです。」
「そんな理由?!スプーンで無理やり食べるっていう選択肢はなかったのかな?」
「さぁ?」
「まぁでも、こうして食べられるんだから、いっか。」
いただきます!といって、私はパイにかぶりついた。
「‥‥‥おいし〜!!!」
そういってセバスチャンを見ると、セバスチャンは呆れたような、微妙な顔をしていた。
「まったく‥‥‥ここについていますよ。」
セバスチャンが私の方に手を伸ばして、私の口元についたパイの具を掬い取って、
「!!」
「‥‥ふむ。美味しいですね。」
そのまま口に含んだから、私は自分でも赤くなったのが分かった。

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