貴方のいない 世界はいらない | ナノ
その職人、催促。


それは、ある日の昼下がり…
「ネズミ?」
私はセバスチャンと一緒に、厨房でシエルのおやつを作っていた。
「えぇ。最近屋敷でも被害が増えていますね。」
「ほぉ…。私のいた時代では、ネズミがヒーローになる場所があったけどね。」
「ヒーロー?」
「うん。黒いネズミで、男の子と女の子のカップル。」
そう言えば、携帯にストラップついてたなぁ、友達からもらったやつ。
「黒いネズミ…黒鼠ですか?」
セバスチャンは真面目な顔でそう言う。
「ごめん、そんなリアルなネズミを想像しないで……」
そんなヒーロー絶対やだよ‥‥子供が泣いて逃げ出すよ‥‥‥

「しっかし、私もセバスチャンもシエルに付いてないけど、本当に大丈夫?」
そう。シエルは今、何やら怪しい方々に囲まれ、ビリヤードをしている。
ついて行きたかったけど、駄目だといわれてしまった。
「大丈夫ですよ。坊ちゃんはあの様にひ弱な風貌ですが、あの小枝のような腕でも、自らの身を守る事くらいできます。」
ニッコリ笑ってそう言ったセバスチャン。
背後には、黒いものが見える。
「あー‥‥‥なんか、そこはかとなくシエルへの悪意が見えるんだけど‥‥‥気のせい?」
「気のせいです。」
キッパリ言われてしまった。
これ以上言うと、後がいろいろと怖いので話を変えることにした。

「それにしても、今日のおやつも美味しそうだねぇ。」
「りんごとレーズンのディープパイです。後は焼き上がりを待つのみですし、バルド達の様子を見に行きますよ、杏子。」
「はーい。ねぇこれ焼き上がったら、食べ「てはいけませんよ。」ですよね〜。」
いつも通りのやり取りを終えると、私達はバルド達のもとに向かう。
すると、
「うぉ!なんかめっちゃいっぱいネズミ取りが置いてある!」
「あちらには猫が大量ですね。」
「なにこの匂い?良い匂いとも、悪臭ともつかない匂いだけど‥‥‥」
向かう途中に、さまざまなトラップに遭遇する。
「急ぎますよ、杏子」
「いえっさー!」
セバスチャンも不安を感じたらしい。
私達は小走りでバルド達のもとに向かった。

「‥‥‥何をしてるんですか、貴方達は。」
若干呆れ気味で言われたその言葉通り、バルド達は何をやっているのか分からなかった。
「なんだろ?仮装パーティーかな?フィニだけの。」
「何って、ネズミ捕りに決まってんだろィ!!」
「それで?!こんなに騒いでちゃ、捕まるもんも、捕まんねーよ!」
驚きだ。

「セバスチャン!」
そんなこんなやっているうちに、シエルはやって来ていたらしく、セバスチャンに声をかけた。
「坊ちゃん」
「今夜、ランドル公の屋敷へ、馬車を迎えに出せ。」
「馬車を?」
怪訝そうにセバスチャンが聞き返し、
「今夜、夜会を開く。」
シエルがそう言うと、セバスチャンは納得したようにニッコリと笑い、
「かしこまりました。では、馬車の手配を済ませましたら、お部屋にアフタヌーンティーをお持ち致します。」
そう言った。

「ねぇ。ランドル公って、誰?」
「警視総監です。」
「……警視総監?!なんでそんな人が、こんなちっこいシエルと夜会を?」
「ちっこいは余計だ!」
そう怒ったシエルに、
「坊ちゃん?」
セバスチャンはシエルに目配せをして、
「構わん。こいつはきっと、この屋敷の戦力になるからな。」
何かの許可を得たセバスチャン。
「分かりました。杏子、後ほど話があります。」
「ごめん。1人、話について行けてないんですけど‥‥‥」
話に参加出来てはいるのに、ものすごい疎外感を感じた。

「…さて」
そう言うと、セバスチャンは突然低く飛んで、ネズミを捕まえた。
「お〜」
と、私は感心して拍手したけど、ほかのみんなはポカーンとしていた。
「さ、貴方達も遊んでないで、仕事なさい。今晩はお客様がお見えになりますよ。」
そう言って、タナカさんの持っていた虫網に、ネズミをポイッと投げ入れる。
「「「ふぁい…」」」
使用人達は、どんよりとした声で答えた。
(遊んでたわけじゃ、なかったんだけどね。)

「では、私は馬車の用意をしてきますので、杏子はアフタヌーンティーの準備をお願いします。」
「了解。」
「準備中にパイを食べてはいけませんよ。」
「あっはは〜‥‥‥や‥‥やだなぁ!!そんな事するわけ‥‥ない‥‥じゃん?」
「どうして語尾が疑問型なんです?食・べ・ま・せ・ん・よ・ね?」
「‥‥‥はい。」

「ちぇっ、食べちゃいけないんだって。」
あの後、セバスチャンと別れた私は、真っ直ぐに厨房へと向かった。
そして、すでに焼き上がっていたパイを、窯から出し、じっと眺める。
もちろん、紅茶の準備は済ませてある。
『そんな事言わないでよ。僕を食べて?』
ヤバい。食べたすぎて、パイから声が聞こえる。
「くっ!お前はなんていい奴なんだ!私がお前を食っちまったら、お前死んじゃうんだぞ?」
『僕は、君に食べられるのが仕事だから。それで死ぬなら本望さ。』
「そうか‥‥‥そこまでお前が言うのなら‥‥‥いただ「なにしてるんです?」いま帰ってこられましたね、セバスチャン!」
なんとかごまかした!

そんな私の必死のごまかしに、
「‥‥‥まぁ、いいでしょう。パイも無事のようですし。」
どうやら見逃してくれるらしい。
「うん!パイからの誘惑に打ち勝った!」
「先程食べようとしてましたよね?」
「いやぁ?そんな事ないよ?」
「‥‥‥‥‥‥」

「そういえば、さっき後ほど話があるって言ってたけど、あれなに?」
紅茶とパイの載ったカートをおしながら、前を歩くセバスチャンに聞く。
「後ほど、お話しますよ。」
「後ほどって、いつ?気になってしょうがないんだけ「着きましたよ。」はやっ!」
ほんとだ、シエルの部屋の扉が、もう目の前に。
「坊ちゃん、アフタヌーンティーをお持ちしました。」
コンコンと、セバスチャンが扉を叩く。
シエルからの返事はない。
「シエル、寝てるのかな?」
「いえ、おやつがあると言ってありますから、眠ることはないと思いますが。」
「シエル、お菓子になると、意地汚いからね。」
「えぇ。坊ちゃん?入りますよ?」
そう言って、ガチャリと扉を開く。
すると、
「これは―…」
「うっわぁ‥‥‥これ以上無いってくらい、誘拐されました!って感じだね、この状況。」
「嗚呼…何という事だ…」
「ほんとだよ‥‥‥」
「せっかくの紅茶が無駄になってしまった。」
「せっかくの我慢が無駄になってしまった。」

「で?」
「?なんです?」
「いや、助け?に行かないの?シエルの事」
「坊ちゃんがどこにお出かけされたか、分かりませんからねぇ。」
「お出かけって‥‥」
そんな呑気な、と思っていたら、
「セバスチャンさーん」
メイリンが走ってきた。
「いっ‥‥今玄関にお手紙が」
そう言いながら、パタパタと近づいてくるメイリン。
「誰宛です?」
「えと、『シエル・ファントムハイヴ卿従者殿』宛ですだ…がっ!?」
そう言った瞬間に、メイリンは靴紐を踏んで、セバスチャンへと倒れ込む。

ガシャアァン!

「え?」
驚いたのは、その大きな音よりも、私が一緒に倒れ込んだことだ。
見ると、セバスチャンが私の肩を掴んでいる。
倒れた後、セバスチャンに文句を言おうと、いち早く立ち上がると、床にガラスの破片が飛び散っているのがみえた。
‥‥‥どうして?
「大丈夫ですか?」
そうセバスチャンに声をかけられ、ようやく我にかえる。
それから、割れた窓の直線上にある壁へと急ぐ。
すると、
「弾丸‥‥‥」
そう。そこには、ただ人を傷つけるだけに放たれた、鉛の塊があった。

「恐らく、使用人を一人ずつ殺していくはずだったのでしょう。」
そう言いながら、私に先程の手紙を見せる。
「これは‥‥!!脅迫状?」
「えぇ。杏子、行きますよ。」
「え?どこに?」
「坊ちゃんを迎えにです。早く行かないと、夕食の準備が間に合わなくなりますから。」
「いえっさー!」
そうして私たちは玄関を目指して走り出した。
そして玄関から外に出ようとしたとき、
「お待ちください。」
そう呼び止められた。

振り返るとダンディなタナカさんがいた。
「これを。」
そう言って差し出されたのは、この屋敷にはまるで似合わない、
「日本刀?どうしてそんなものがここに?」
いくらコレクターがいると言っても、日本刀は人を斬る為のものだ。
輸入するのも難しいだろうに。
そんな事を考えながら、それを手に取ると、突然刀が輝き始めた。
「!!な‥‥‥なに?!」
刀はすぐに輝きを失い、もとに戻った。
驚きで私はタナカさんを見る。
「あとは全て、その刀が教えてくれます。」
「え?」
「ほら杏子、行きますよ。」
「え?え?」
促されるままに外に出て、セバスチャンについて走り出した。
妙に手に馴染む、刀を手にしたまま。



(え?なにこの展開?ついていけないんだけど‥‥‥)(まぁいいではありませんか。これから戦闘になりますし。)(戦闘?!刀つかわなきゃいけないような、殺伐とした雰囲気になるの?)(‥‥‥‥‥‥)(そこで黙るな!!)

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