貴方のいない 世界はいらない | ナノ
その職人、叱咤。

エリザベス様と決意を分かち合っているうちに、シエルの着替えが終わったらしく、私はシエルの後ろに控えていたセバスチャンの所へ向かう。
「なんの話をしていたんですか?」
セバスチャンの横に立つと、突然そう聞かれた。
「え?ん〜‥‥‥内緒!…でも、」
「?」
「ここで、やるべき事を見つけた、そんな感じ。」
そう言って微笑むと、セバスチャンは少し驚いたような顔をして、それから微笑みを返してくれた。
「落ち込んでいるかと思いましたが、大丈夫のようですね。」
「?何か言った?」
「いえ、なんでもないです。」

「あたしが持って来たヤツはしたくないって言うのねっ!シエル!!」
「?」
その声に、視線をセバスチャンからエリザベス様に移す。
どうやら、シエルがエリザベス様の持ってきた指輪をしてこなかったらしく、エリザベス様はそれが気に入らないらしい。。
「そうじゃない。この指輪は…」
そうシエルが言った途端に、エリザベス様の目が光る。
(お〜悪そうな顔。)
そんな感想を人事のように考えているうちに、エリザベス様がシエルの指輪を引き抜いた。
「取ーーーった!やっぱりコレ、スゴくブカブカじゃない!」
エリザベス様はそう言いながら、指輪を覗き込む。
「あたしが選んだのは、サイズもピッタリ…」
「返せッ」
突然、シエルが声を荒げた。
その剣幕に、フィニやバルド達までもがビクッと体を揺らす。
「なっ…なんでそんなに怒るの?あたし…せっかく」
そう言うエリザベス様の目に、涙が浮かぶ。
シエルは依然として、エリザベス様を睨んだまま。
「…っ!なによ…あたし、かわいくしてあげようとしただけじゃない!なのに…なんでそんなに怒るの!?ひどいっ!」
エリザベス様の頬に、涙が流れる。
(エリザベス様‥‥‥)
「こんな指輪なんかっ!」
そう言って指輪を持つ手を振り上げて、
「キライ!!」
そして指輪を床に叩きつけた。
そうして指輪は、いとも簡単に壊れてしまった。
「―――――!!!」
シエルは目を見開いて、それから腕を上げた。
(!!ヤバい!)
そう思った瞬間には、もう走っていた。
一足先にセバスチャンがシエルのもとに行くのが見えたから、私はエリザベス様を守るために、エリザベス様を前から抱き締めた。

「坊ちゃん」
背中に衝撃は来ない。
どうやら、間に合ったようだ。
「坊ちゃん」
「エリザベス様」
私達はそれぞれに話しかける。
「さっき言ったでしょ?笑顔って。」
「‥‥ひっく‥‥‥‥ひっぐ‥‥」
そう言って笑っても、エリザベス様の顔に笑顔は戻らない。
仕方なく、エリザベス様の前を退くと、
「申し訳ありません、ミス・エリザベス」
セバスチャンがエリザベス様の前に来て、そう言って、頭を下げた。
「あの指輪は、我が主にとって、とても大切なもの。ファントムハイヴ家当主が代々受け継いでいる、世界でたった一つの指輪だったのです。」
「え…!?」
エリザベス様の顔に、驚きが混じる。
「主人の無礼をお許し下さい。」
(そうか、だからシエルあんなに焦って‥‥‥)
「そんな…大事な指輪…あたし…」
シエルは無惨にも散った指輪の欠片を拾い上げ、エリザベス様の所へ向かう。
「シエル…あたし…っ」
そして、シエルは指輪を窓から放り投げた。
「な…シエル!?なんてこと!」
「構わん。あんなもの…ただの古い指輪だ。」
(嘘。ただの古い指輪の為に、婚約者を殴ろうなんてしない‥‥‥なのに、)
「あんなものが無くても、ファントムハイヴ家当主は、この僕だ。」
そのはずなのに、そう言ったシエルの目に、迷いなんて全く無くて、私達はみんなその瞳に圧倒された。

「なんだその顔は?」
「だっ…だっで〜」
エリザベス様の顔は、涙でぐしゃぐしゃだった。
「酷い顔だ。レディが聞いて呆れるな。」
シエルはそう言いながら、エリザベス様の涙を拭っていく。
「そんな顔の女を、ダンスに誘いたくはないんだが、嫌なことを忘れ、踊り明かすのが夜会の礼儀だろう、レディ?」
そう言ってエリザベス様に手を差し出したシエル。
「…はい」
夜会の始まりだ。

「本当…夢みたい!」
そう言ったエリザベス様の目は、泣きはらしたために赤くなっていたけれど、笑顔が戻っていた。
それを確認すると、私はこっそりと夜会を抜け出した。

夜会が終了し、エリザベス様も眠りについた頃。
「叔母様には連絡したか?」
「ええ。明朝にはお迎えが来るそうです。」
「まったく…無駄な一日を過ごすハメになった」
「そうですか?結構楽しそうにされていたじゃありませんか。」
「馬鹿を言うな‥‥そういえば、杏子はどうした?」
「それが、夜会の途中からいなくなりまして‥‥‥」
「いなくなった?もしかして、帰ったのか?!」
そう、坊ちゃんが言ったと同時に、扉が叩かれて、杏子が入ってきた。
「お前!どこへ行っていた‥‥‥って、」
「杏子!?どうしたんです、その格好は!」
そう。入ってきた杏子の服は、所々が土で汚れ、そして顔も泥まみれだった。
「これ、探してたの。」
「!それは‥‥‥」
そう言って手に持ったハンカチを広げて、出てきたのは壊れた指輪の欠片だった。
そしてそれを持ったまま、坊ちゃんのもとへ向かった杏子。

「シエル、」
「お前‥‥‥」
「馬鹿っ!」
「!」
「これ、大切なものなんでしょ?婚約者を殴りそうになるほど、大事にしなきゃならないものなんでしょ?シエルの‥‥‥両親の、形見なんでしょ?」
「!どうして‥‥」
「ごめんね、シエル。エリザベス様から聞いたの。」
「‥‥‥そうか。」
それから、俯いたシエル。
「‥‥‥僕の両親は、燃え盛る炎に焼かれて、死んだ。住んでいた家も、すべて焼失した。だから、」
そう言ってシエルは、指輪の欠片の中から、最も大きい青い宝石を拾い上げた。
「お父様とお母様の形見は、もうこれしか残っていない。」
「シエル‥‥‥」
「まぁ、それすら壊れてしまったがな」
と言って、あざ笑うかのような笑みを浮かべたシエル。
(違う。そんな笑顔にさせたいんじゃない‥‥)

「杏子、それを貸してくださいませんか?」
「?」
突然そう言って、私からハンカチを、そしてシエルからも欠片の一つを受け取ったセバスチャン。
そして、
「!どうして!」
セバスチャンが、ハンカチの上に手を翳すと、指輪が現れた。
「ファントムハイヴ家の執事たる者、これくらい出来なくてどうします?」
「いや、私出来ないんだけど、そんな手品師みたいな事‥‥‥」
だから欠片のまま持ってきたのに。
「っていうか、それどうや「この指輪は、貴方の指に在る為のもの。大事になさってください」無視か〜最近多いな〜」
「…そうだな。この指輪は何度も主の死を見届けてきた。祖父…父…そして…きっと僕もこの指輪に看取られて逝くのだろう。」
セバスチャンがシエルの眼帯をとる。
すると、年相応の少年の顔が現れた。

「嗚呼、月がもうあんなに高い。お体にさわります。どうぞお休み下さい。」
そしてベットに入ったシエル。
「杏子、セバスチャン」
「?」
セバスチャンと共に部屋を去ろうとした時、突然呼び止められた。
「そこにいろ。僕が眠るまでだ。」
私とセバスチャンは、顔を見合わせ少し笑うと、シエルに近づいた。
「どこまでも、坊ちゃんのお傍におります。最期まで―――」
「ゆっくり休んで、シエル。」

「眠った?」
「はい。」
それからしばらくして、眠りについたシエル。
「しかし、こうして見ると、シエルもただの男の子だね。」
シエルの寝顔を覗き込みながらそう言う。
「こら杏子、あまりじっくり見るものではありません。帰りますよ。」
「は〜い」
そう言って、セバスチャンの後について扉に着いたとき、
「おやすみ、シエル。」
そうして扉を閉めた。

「ん〜眠い!寝よう!そうしよう!」
そう言って、クルリとセバスチャンに背を向けて部屋に向かおうとしたら、襟を掴まれた。
「待ちなさい。」
「ぐえっ!」
「まだ、明日の準備がありますよ。」
「え〜‥‥‥部屋に帰って寝〜た〜い〜」
「部屋といえば杏子、そろそろ部屋を移動して下さい。」
「え?なんで?」
「貴方が今使っているのは、ファントムハイヴ家の客間です。使用人がいつまでもいて良い場所ではありません。」
「確かに、それもそっかぁ。でもじゃあ、私はどこで寝れば良いの?」
「あぁ、それはもう決定しています。」
「そうなの?どこ?」
「私の部屋です。」
「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥はい?」
「私の部「いや、聞こえた!聞こえたけども‥‥‥」なんですか?」
「いや、私これでも女だし‥‥」
「おや?昨日は男で良いと言っていましたよね?」
「うっ!あ‥‥あれは‥‥」
「男に二言はありませんよね?」
「それは‥‥‥そうだけど‥」
「ならば問題はないでしょう。」
「そうかなぁ‥‥‥ありまくりだと思うんだけどなぁ‥‥」



(明日の準備をする前に、湯浴みに入ってきなさい)(は〜い。あ、着替えは?)(これです。)(!これ、燕尾服?)(貴方もとりあえず、当家の執事ですからね、坊ちゃんが用意してくださいました。)


おまけ


「あ〜疲れた!」
「お疲れ様でした。」
あの後、明日(というか今日?)の準備をした私達は、ようやく仕事を終えた。
(私ここに来てからの方が、仕事をしてる気がする‥‥‥)

「では、部屋に案内します。」
そう言ったセバスチャンに付いていって、到着したのは、普通の扉だった。
「なんか、セバスチャンの部屋って想像つかないけど、見た目は案外普通だね。」
「当たり前です。ここはただの使用人室ですから。」
ガチャっと扉を開けても、簡素なベットが2つ並んでいるだけで、飾り気も何もない。
ただ、
「な‥‥‥なんで『ファントム』のビターラビットがここに‥‥‥‥?」
そう。質素な部屋に似合わないほど、ファンシーなそれは、ベットの一つの上に置かれていた。
しかも、特大サイズだ。
「坊ちゃんが特注で作らせたのですよ。杏子、今日物欲しそうな目でこれを見ていたでしょう?」
「そんな目をしてたんだ‥‥‥」
へ‥‥‥‥凹む‥‥
「でも、今日頼んで、今日出来上がるって、凄いね。」
「まぁ、社長特権で急いで作らせましたからねぇ。」
「へぇ、社長特権ねぇ‥‥‥社長‥‥社長‥‥‥社長?!」
「はい。」
「社長って‥‥‥誰が?」
「坊ちゃんです。」
「シエルが!?」
あんなにちっこいのに?
「社名で分かると思ったのですが」
「社名?」
社名って、『ファントム』?‥‥‥ファントム‥‥‥ファントム‥‥‥ファントムハイヴ!
「はぁ。」
何故か疲れがどっと来て、私はビターラビットに倒れ込む。
「おぉ!超フワフワしてる。」
「杏子、燕尾服のまま寝てはいけませんよ。」
「う‥ん‥‥分かって‥‥‥‥‥る‥‥‥‥‥‥‥」
「杏子?」
「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥」
「ハァ‥‥全く。布団もかけずに眠って‥‥。」
そう言いながら、杏子に布団をかける。
「それにしても‥‥‥」
坊ちゃんがエリザベス様を殴ろうとした時、杏子は私が坊ちゃんを止める姿が見えていながら、エリザベス様を庇った。
先程の指輪もそうだ。
わざわざ拾わずとも、良かったものを。
人間は本当に、無意味な事が好きだ。
でも、
「面白いですね。」
坊ちゃんが指輪を投げ捨てた事といい、杏子が先程坊ちゃんを叱った事といい、この2人は本当に私の予想外の事をする。
「それでこそ、喰らう価値のある魂。そして、私が喰らうべき魂。」
「‥‥て‥‥‥」
「!!」
起こしてしまいましたか?
いや、杏子の目は閉じたまま。
という事は、寝言?
「‥‥どうして‥‥‥‥お父さん‥‥‥お母さん‥‥」
そうして、杏子の瞳から一筋の涙が流れる。
「杏子‥‥‥」
無意識のうちに手が伸びて、杏子の頭を撫でていた。
すると、安心したかのように薄く笑って、杏子は深い眠りについた。
「‥‥‥おやすみなさい、杏子。」

そうして夜は、更けていった。

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