貴方のいない 世界はいらない | ナノ
その職人、鉄槌。


セバスチャンとシエルと私は、恐る恐る屋敷へと踏み込む。
「これは一体…何事です…!?」
「何だろうね?新手の嫌がらせかなぁ?」
そんな事を呑気に(私だけ)に言っていたら、ドドドドっと何かが走ってくるような音がして、
「セバスチャンさあああん!!」
と言う声と共に、なんだかおかしな格好をした使用人がこちらへ飛び込んできた。
「杏子、お前今避けただろ?」
「いやだって、あんな格好したバルドに抱きつかれたくないもん。」
「フィニはいいのか?」
「フィニはいいよ。だってウサ耳可愛い。ちょっと撫でてこようかな?」
「‥‥‥猫バカにうさぎバカ‥‥‥うちにろくな執事はいないのか?!」

「なんなんです、その格好は?」
「あの女に聞いてくれ!」
そう言いながら、バルドが指さしたのは一つの扉。
「「「あの女…?」」」
と、ちょっと怪しみながら3人でその扉を覗いてみると、
「こっちのリボンもいいけど、こっちの巻きバラのも最高にかわいー!」
金髪横ロールの女の子の後頭部と、
「でもやっぱりあなたにはそれねっ!すっごくかわいー」
縦ロールのタナカさんがいました。しかもちょっと満足げ。
ショックで3人でずっこける。
当然大きな音がしたわけで‥‥‥
「あっ!」
音に振り返ったその子に、シエルは見つかってしまった。
そして次の瞬間、
「シーエールー!会いたかったあぁあぁ!!」
シエルは抱きつかれていた。
この年の頃だと、女の子の方が身長が高かったりするわけで、シエルは完全にされるがままになっていた。

(うわぁ、シエル超めりめりいってる‥‥‥折れる!骨が折れる!)
コホンと、隣のセバスチャンが軽く咳払いをして、
「ミス・エリザベス…」
と言った所で、シエルはようやく解放された。
「シエル、大丈夫?」
「ゼェ‥‥これが‥‥ハァ‥‥大丈夫に‥‥‥ゼェ‥‥見える‥‥ハァ‥‥‥のか?」
「ん〜、全然見えないね。」
「‥なら‥‥聞くな‥‥」

「あなたにも、おみやげがあるのよ」
そうエリザベス嬢がセバスチャンに言った途端、セバスチャンの額に汗が流れる。
「え…」
「ほら!」
そうして出された、エリザベス嬢のセバスチャンへのおみやげは、ピンクの帽子(?)だった。
(‥‥ピン‥ク‥‥‥‥‥似合わねぇ‥‥!!)
セバスチャンにそれって‥‥‥そのチョイスはどうなんだろうか?
と、横を向いて笑いをこらえていると、バルド達に鉄槌が下されるのが見えた。
(うわ、すごい痛そう‥‥‥‥‥‥?!)
他人事だと思って油断していたら、私の頭にも拳骨がきた。
「‥‥なんで‥‥私ま‥で」
「顔が笑ってました。」
「顔‥‥‥」
私はいつもこの顔だ、と言いたかったけど、セバスチャンの目が、人を殺せそうなくらい鋭かったので、やめておいた。
命は惜しい‥‥‥

「あら?初めて見る顔ね。」
いつの間にか私の前に立ち、顔を覗き込んでいたエリザベス嬢がそう言った。
「お初にお目にかかります、エリザベス様。私、この屋敷で執事見習いをしております、杏子と申します。どうぞ、宜しく御願いいたします。」
そういって、お辞儀する。
昨日セバスチャンに教え込まれた、執事の作法通りだ。
「ふ〜ん。シエル程じゃないけど、あなたも可愛い顔してるのね。」
「私の様なものには、勿体無いお言葉です。」
「そうだ!あなたにも、なにかプレゼントするわ!」
「え?いや、それは勘弁したいというか‥‥‥」
「杏子、お客様がそれをご所望なのですから、断ってはいけませんよ。」
「‥‥‥はい。」
セバスチャン、お前はその帽子かぶらされた腹いせにそう言ってるだろ!つか、いつまでかぶってんだよ‥‥‥‥‥‥

「そうね〜セバスチャンにあげたものの、色違いがいいかしら?」
(色違い?青とかって事かな?それならまだ、大丈‥‥‥‥‥‥!!?)
エリザベス様が私につけてくれた、セバスチャンと色違いの帽子。
(色違い‥‥‥確かに色違いだけど‥‥‥‥‥‥なんでピンクがよりピンクになってんの?!普通色違い買うなら、違う色にするだろ!なんでこんな‥‥)
言うならばそう、ショッキングピンクのような‥‥‥
「‥‥‥クスッ」
その笑い声に敏感に反応した私は、セバスチャンが斜め下を向き、拳を口に当てて笑っているのを見た。
「(あの野郎‥‥)ありがとうございます、エリザベス様。初対面の私にまでこの様な心遣いを。」
「いいのよ。それもとっても似合ってるわ。」
ゴホンという、少々わざとらしい咳払いと共に、シエルが会話に入って来た。
「それよりリジー、何故ここに?―――」
私はようやく話の輪から外れ、セバスチャンのもとへと向かった。
もちろん、鉄槌を加えるために。

「ね〜セバスチャン?」
「なんですか。」
「さっき、笑ったよね?」
「何のことだか、さっぱり。」
「はっはっは〜。いっそ清々しいほど、白々しいね。」
「そうでしょうか?」
「あはははは。一発ぐらいくらいなさいよ、オラ。」
「嫌です。」
そう。私達はこんな会話をしながら、足では蹴り合いをしていたのだ。
ニコニコしながら、二人とも頭に似合わない帽子をかぶりながら。
そんな事をしている間に、いつの間にかバルドが近くまでやって来て、蹴り合いは強制的に終了した。
(結局、一発も蹴れなかった‥‥‥)
ちょっと落ち込む‥‥‥
「…おいセバスチャンよぉ、あの女一体何者だ?」
「あぁ、エリザベス様は、坊ちゃんの許婚です。」
「「「い‥‥‥!!?いいなずけぇえぇ!!?」」」
「へ〜、許婚かぁ。この時代だと、まだそれが当たり前なのかな?」
「おいおい杏子、なんでお前そんなに冷静なんだよ?」
「え?だって友達にもいたし、許婚がいる子。」
「えぇぇぇぇ!!」
「バルドうるさい。で、セバスチャン。まだそれが主流なの?」
「そうですね。貴族の妻は、貴族でなくてはならない。そんな考え方がこの英国には染みついていますから。」
「ふ〜ん‥‥‥そんなことしたって、何も変わらないっていうのに‥‥‥」
「?杏子?どうかしましたか?」
「ううん!何でもないよ!」

「そうだ☆ねぇシエル、せっかくこんなステキな広間になったんだから、今日はダンスパーティーをしましょうよ!!」
「!?」
「婚約者のエスコートでダンスをするの!」
「な…っ」
「ダンス…ですか」
「社交界には必須の項目だね〜」
「あたしの選んだ服を着てね!シエルッ」
「ちょ…」
「絶対かわいいと思うの〜っ」
「おい!誰がいいと…」
「あたしの選んだ服を着たシエルと踊れるなんて、夢みたいっ!あたしもめいっぱいおしゃれしなくちゃ」
「人の話を……おい!?エリザベス!?」
私とセバスチャンは、片方ずつシエルの肩に手を置いて、首を振った。
「人の話を聞けえぇぇッ!」
主の悲痛な叫び声は、エリザベス様に聞こえる事は無かった。



(しかし強烈だねぇ、エリザベス様。)(そうですね。あれだけ人の話を聞かない方も、なかなかいません。)(まぁそれはいいとして、セバスチャン、いつまでその帽子かぶってるの?)(杏子こそ、そろそろ目に痛いですから、外して下さい。)(いいでしょ?私は似合ってるもん。)(それならば、私の方こそ‥‥‥)(変な意地の張り合いしてないでとっとと取れ!)

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