貴方のいない 世界はいらない | ナノ
その職人、就職。


「やっぱり、駄目だと思うんだ。」
私がそう言い出したのは、シエルに拾われて1週間が過ぎた時だった。
「フルーツタルトがお気に召しませんでしたか?」
「いやいや、このタルトは絶品だよ。」
そう言いながら、フォークでタルトを切る。
「じゃあ、一体何だって言うんだ。人のアフタヌーンティーの時間に突然部屋にやって来て、勝手にタルトを食べている奴が、何か文句でもあるのか?」
「うっわぁ、超棘のある言い方‥‥‥いいじゃん。美味しいものは、人と一緒に食べてこそ美味しいと感じる事が出来るんだぞ?つか、こんなに美味しいものを独り占めするのは、ずるい!」

って、そうじゃなくて
「私が駄目って言ったのは、このままシエルの屋敷にお世話になりつづける事だよ。」
「僕はお前に、無期限の滞在を許可している。気にせずにいつまでもここにいればいい。」
「シエルは良くても、私が良くないんだよ。ほら、働かざる者食うべからずって言うでしょ?」
「気にしていると言っているわりに、三食とおやつを勝手に食べているがな。」
「まぁ、それはそれ、これはこれってやつ?」
「‥‥‥何なんだ‥‥お前は‥‥‥‥」

「と言うわけで、何かないかな?シエルの役に立ちそうな「ない。」‥‥‥そんな即答しなくても‥‥‥」
これでも結構、役に立つつもりなんだけどな‥‥‥
「じゃあ、お前になにが出来るんだ?」
「まず、和菓子を作れるでしょ?それから、簡単な和食も。楽器も演奏出来ます!後は‥‥‥」
「それくらいなら、セバスチャンだって出来る。」
‥‥‥なんも言えねぇわ。
「‥‥‥後は‥‥‥‥‥戦う事位しか‥‥‥」

「‥‥‥おい、セバスチャン。」
「なんでしょうか」
うわぁ、二人で内緒話始めちゃったよ。
すっごい疎外感‥‥‥
「僕はあいつの戦いをしっかりと見たことは、一度もない。」
セバスチャンとの戦いの時、あいつは途中で怪我をしたからな。
「あいつは、どれくらい強いんだ?」
「そうですね‥‥‥私もあれだけ強い人間を見るのは、200年振りです。恐らく、人間と言う枠組みの中では、最強かと。」
「!‥‥‥そうか。」

「おい。」
「ふぁい」
「タルトを食べながら返事をするな!」
「ふぁって、ふぃへるはふぁはひふぁふぇふはは」
「セバスチャン、こいつがしゃべってるのは、英語か?それとも宇宙人の言葉か?」
「だって、シエルがしゃべりかけるから、と仰っていますね。」
「分かるのか?!」

「で?」
「?なんだ?」
「いやいや、君が私に話しかけた理由だよ。」
「あぁ、お前の仕事が決まった。」
「!ほんとに?」
「本当だ。お前の仕事は、執事見習いだ。」
「「‥‥‥‥‥‥‥‥‥は?」」
おぉ!綺麗にセバスチャンとユニゾンした!って、なんでセバスチャンまで驚いてんの?

「今日からお前には、この家の執事として働いてもらう。もちろん、見習いだがな。」
そう言って、ニヤリと笑ったシエル。
「失礼ですが、坊ちゃん。この屋敷の執事は、私とタナカさんで十分かと。」
「聞こえなかったのか?これは命令だ、セバスチャン。」
「!‥‥‥御意。」
「おい、杏子。‥‥‥おい!」
‥‥‥あぁいかん。話が唐突過ぎて、ボーっとしてた。
「な‥‥何?シエル。」
「貴「うわぁぁぁん!坊ちゃぁぁぁぁぁん!!」な‥‥‥なんだ?」
部屋の外、遠くから、ここへと何かが走ってくる音がする。
もちろん、叫びながら。

ガタァンと、壊れるのではないかと思うほどの音をたてて、扉が開かれて、入ってきたのは、麦わら帽子をかぶった少年(?)だった。
(この子、何回見ても男か女か分かんないよなぁ‥‥‥)
この家の使用人たちに、何度も話しかけようとしたのだが、その度にセバスチャンに止められてしまっていたため、誰とも挨拶すらしていないのだ。
(使用人がお客様と喋ってはいけないって、分かってはいるんだけどさ。)
いつもお世話になってますって、お礼ぐらい言わせてくれても、いいと思うんだけどな‥‥‥

「フィニ!一体どうしたんだ?」
「坊ちゃぁぁぁん!ごめんなさぁぁぁい!」
「フィニ、その手に持っている、折れた杖はなんですか?」
「ひっ!セ‥‥‥セバスチャンさん‥‥‥」
うわぁお☆セバスチャンの後ろに、黒いものが降臨しているよ。
心なしか、角が生えてる気がするのは、私だけか?
「フィニ…貴方は馬鹿力なんですから、気をつけろといつも言っているでしょう…?」
「ご‥‥‥ごめんなさい‥‥‥‥」
「まったく、次からは、本当に気をつけてくださいね。」

「‥‥‥まぁ、いい。良い機会だ、紹介しておこう。この屋敷の庭師、フィニアンだ。」
「?坊ちゃん、そんな事、セバスチャンさんはとっくに知ってますよ?」
「違うっ!紹介しているのはこいつではなく‥‥」
「はじめまして。私は白岡杏子と申します。本日付けで、この屋敷の執事見習いとなりました。よろしくお願いいたします。」
「そうだったんですかぁ!僕、フィニアンっていいます。フィニって呼んで下さい。」
ブンブンと音がなりそうなぐらい、握手した手を振られる。
(この子、めっちゃ力が強いっ!若干‥‥‥いや、結構痛い‥‥‥‥)
「私の事は、好きなように呼んで下さい。あと、そろそろ離して頂けると‥‥‥」
「あぁ!ごめんなさい!僕、人よりちょこっと‥‥力が強くて‥‥‥‥」
そう言いながら、パッと手が離される。
「いえ、いい事だと思いますよ。力がなければ、庭師はつとまらないと思いますし。」
少し、加減を知ることは必要だと思いますが。
そう言うと、フィニはキラキラした目でこちらを見てきた。
「ありがとうございます!力があるのがいい事なんて、そんな事言われたの、白岡さんが初めてです!」
なにやら、懐かれてしまった。

「では杏子、行きますか。」
「?どこに行くの?」
いつの間にか様付けも無くなってるし。
「同じ使用人に、様を付ける方が不自然でしょう。それに、使用人がいつまでも主人の部屋にいるべきではありません。」
「あぁ、そっか!」
「では坊ちゃん、失礼します。ほら、フィニも行きますよ。」
「あぁ!セバスチャンさん待ってください!」
「じゃあね、シエル‥‥‥じゃなかった、坊ちゃん。」
そう言って、部屋を出ようとした瞬間。
「待て!」
「?如何いたしましたか?シエ‥‥‥坊ちゃん。」
「お前には、特別に僕の事をシエルと呼ぶ事を許してやる。お前は、使用人である前に、僕の‥‥‥友人‥‥だからな。」
「!‥‥‥ありがとう、シエル。」
「杏子!早く行きますよ。」
「あ、うん!じゃあ、またね、シエル。」
そう言って、今度こそ部屋をでて扉を閉める。

「さて、それでは行きますか。」
「あれ?フィニは?」
「仕事に戻らせました。いつまでもここにいられては困りますので。」
「そっか。それで、私は何をすればいいの?」
「そうですね、まずはこの屋敷の掃除を、もちろん塵一つ無いように。次に、夕食の準備を、同時にバルドを見張っておいて下さい。その次に湯浴みの準備を、坊ちゃんのお部屋に。次は‥‥‥」
「ちょっ!ちょっと待て!それ全部、1人でやるの?!」
「えぇ、だから言ったでしょう?私の教え方は、甘くはないと。」
「‥‥‥‥‥‥」

こちらに来て、早一週間。
私にもようやく仕事ができました。
でも‥‥‥この先が、もの凄く不安です‥‥‥‥‥‥。



(っていうか、この屋敷に料理長いたよね?)(いるにはいますが?)(夕食の準備も、その人がやればいいんじゃない?)(構いませんが、屋敷の半分は燃え尽きますよ。)(燃え尽きる?!何故?どうして?)(‥‥‥)(ごめん、聞いた私が悪かった。だから、そんな遠い目をしないでっ!)

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