貴方のいない 世界はいらない | ナノ
その職人、疲労。


「‥‥‥疲れた」
思わずそう呟いたのは、クラウスさんが帰ってようやく解放された時だった。
(何故だろう、1日が物凄く長く感じた。)
セバスチャンと戦ったのが、遠い昔に感じる。
でも、
「怪しい中国人と戦ったのも、セバスチャンと戦ったのも、足を怪我したのも、全部今日1日の話なんだよなぁ‥‥‥」
なんというか、出来事出来事が全部濃かった‥‥‥

はぁっと、雛壇の上で着物まま寝転がる。
母さんが見ていたら、『行儀が悪いっ!』と言って、即座に蹴りが入っていただろう。
‥‥‥今考えると、母さんのその行動は行儀が悪くないんだろうか?
(まぁ、いいや。寝っ転がったら、急に眠気が来たなぁ‥‥‥ヤバい、このまま寝れるぞ)
心地の良いまどろみに、だんだんと瞼が重くなっていく。

「そのような格好で、寝てはいけませんよ。」
突然頭上から聞こえてきた声に、ゆっくりと目を開ける。
すると、セバスチャンが呆れたような顔で、私の顔を覗き込んでいた。
「いいでしょ、セバスチャン。今日はなんかわかんないけど、有り得ないぐらい疲れたの!」
そういって、もう一度目を閉じる。
「お腹も空いてたはずなのに、もうなんか眠すぎてどーでもいいわ。」
「そうですか。ではこれも必要ありませんね。」
「これ?」
「本日、坊ちゃんとクラウス様にお出しした、アプリコットと抹茶のミルフィーユです。」
「!そ‥‥それはっ!」

ガバッと起き上がり、セバスチャンと目線を合わせる。
「琴を演奏しながら、物欲しそうな目でこれを見ていましたよね?」
「うっ!!気付いてたんだ‥‥‥」
「はい。杏子様は、すべて顔に出ますから。」
「‥‥‥だって、凄くお腹が空いてて、凄く美味しそうなものが目の前にあったら、凄く食べたくなるでしょ?」
「それは確かに、私も今凄く食べてしまいたいですしね。」
「?なにか言った?」
「いえ、こちらの話です。」
「?」

「ですが、いらないと言われると、これは捨てるしかなさそうですね。」
「いらなくない!いらなくないから、そんな美味しそうなもの捨てないで!」
お店で売れ残ったものが捨てられる所を見るのも嫌で、女将さんに頼み込んで持って帰る位だ。
お菓子を作る職人として、そのお菓子を作る苦労も、上手くできたときの喜びも知っている。
その結晶であるお菓子が捨てられてしまうのは、あまりに悲しすぎる。

あまりに必死な私の様子に、流石のセバスチャンも一瞬ポカンとした顔をして、それからクスッと笑って、
「では、食事にしましょうか。どうぞこちらへ。」
そういって差し出された手を握り、雛壇を降りる。
「足はまだ、痛みますか?」
「ん〜、右足に重心をかけなきゃ大丈夫。痛みも大分ましになってきた。」
どうしてだろうか?治りが異様に速い。
私も昔からよく怪我をしていたけど、あのくらいの捻挫だったら軽く2週間はかかる筈だ。
(もしかして、セバスチャンのあの荒療治のおかげか?)
思い当たる節がそれしかない。
(怪我すら速く治す事ができるとは‥‥‥セバスチャン‥‥‥‥‥恐ろしい子っ!)

「なにか、失礼なことを考えていませんか?」
「えっ!いやいやいやいや、なんも考えてないよ!」
「顔がにやけています。」
「にやけ‥‥‥」
私はそんな顔を世間に晒していたのか‥‥‥軽くショックだ‥‥‥

「あ〜‥‥‥美味しかったぁ。」
食事も終わり、満杯のお腹を撫でる。
「それにしても、セバスチャンのスウィーツの腕は一流だね。私も洋菓子はたまに作るけど、こんなに美味しくは作れないよ、うん。」
セバスチャンのミルフィーユは、まさしく絶品だった。
「ねぇ、セバスチャン。」
「?」
「今度洋菓子の作り方を教えてくれない?」
「良いですが、私の教え方は甘くはありませんよ?」
「大丈夫!私だって源さんのキツいしごきに耐えてきたんだから!」
4時間かけて作ったあんこを、不味いの一言でバッサリ切り捨てられた時は、ほんとに殴ってやろうかと思ったもんな‥‥‥

「おい。」
そう、突然声をかけられて振り返ると、
「シエル!なんか久しぶりだねぇ」
小さな主君が立っていた。
「はぁ?昼間に会っただろ。それにさっきだって、話してはいないが目の前に僕はいた」
「いやぁ、そうなんだよね。でもなんか懐かしくて。」
「‥‥‥まぁいい。とりあえず、今日のお前の協力に感謝する。‥‥‥ありがとう。」
恐らく、シエルはこんな事言い慣れていないのだろう。
顔は赤く、言葉は小さくて、目はあらぬ方向に向いているけど、
「こちらこそ、ありがとう、シエル。」
感謝の気持ちは、凄く良く伝わってきたから、私は笑顔でそう返したんだ。



(シエル〜顔真っ赤だよ〜?)(!う‥‥うるさいっ!)(あははっ!かわい〜なぁ)(なっ!かわいい‥‥だと?!)(ほれほれ〜シエルのほっぺは柔らかいなぁ〜)(‥‥‥‥‥‥)(うりうり‥‥‥って、あれ?シエル?)(貴様、この世の塵になりたいのか?)(‥‥‥ごめんなさい。調子に乗りすぎました‥‥)

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