貴方のいない 世界はいらない | ナノ
その職人、随想。


使用人たちの度重なる失敗で、お客様をお迎えする事が困難である。
うん、それは分かった。
仕方ないので、日本式でおもてなしをすることにする。
ちょっと引っかかるけど、まぁいい。
そこで杏子様には和服を着て頂きたく‥‥‥
そこだ!そこでなぜ私が出てくる?そしてなぜ和服?

という疑問を残しながら(途中何度も聞いた)、あれよあれよと着替えさせられた私は、
(もーいーよ。考えてもどーせ無駄さ)
と、半ば投げやりになっていた。

鏡の前にたち、自分の姿を映す。
(この着物凄くキレイ‥‥‥)
用意された着物は、私が着てきたものとは別物だった。
足元は朱色で、上にいくほどに色が薄くなっていく。
襟元などは、ほぼ白に近い。
そしてそれとは反対に、上にある椿の蕾が、下にいくほど花へと美しく開花している。
(この時代、全部手作りだよな‥‥‥職人って凄い!)

「失礼します。」
その声と同時に扉が開き、セバスチャンが入ってくる。
「如何ですか、その着物は。」
「すっごく綺麗で、なんだか私がこの服に着られてる感じ。」
苦笑しながらそう言うと、セバスチャンはニヤリと笑って、
「それならば、少し化粧をしますか?」
と言って、手からおしろいやら紅やらを取り出した。
いやいやいやいや!なんで手から出てくるよ!普通はこう、箱にはいってて‥‥‥‥って、普通とか、そんなことはここで求めてちゃいけないんだった‥‥‥

「いや、ちょっとそれはご遠慮したいかな〜とか思ったり‥‥‥しなかった‥‥‥り」
怖い!無言で迫ってくるのが怖い!
「杏子様?」
「ごめんなさい!化粧をしてくださいませ!お願いします!」
結局、恐怖政治には逆らえません。

「杏子様、よろしいですか?」
「よろしいもなにも、化粧する気満々じゃん‥‥‥」
「では、失礼して‥‥‥」
私をベットに座らせ、その前に立ったセバスチャン。
当然ながらその距離は近い。
例えていうならそう、互いの吐息がかかるほど近くだ。

(近い近い近い近い近い!)
1人頭の中がパニック状態になってしまっていた。
(だってセバスチャン、なんだかんだで顔はいいし、こんなイケメンにこんな近づかれたことないから、どうすればいいのか分かんないよ!こんちくしょー!)
目は泳ぎまくりだ。
なんか顔も赤くなってきた気がする。

「杏子様?」
「!ひゃい!」
テンパりすぎて舌かんだ。痛い‥‥‥
「目のやり場に困るなら、私の目を見ていて下さい。その方がこちらもやりやすいですし。」
「‥‥ごめん」
(そうだよね、セバスチャンは全然恥ずかしくなんかないんだ。だったら私だって大丈夫なはず‥‥‥うん、大丈夫な気がしてきた。)
それから、ジーッとセバスチャンの目だけを見る。
(ほんと綺麗な目の色だなぁ‥‥‥でもなんであの時は色が変わって見えたんだろ?光の加減か?)

「杏子様、」
「?」
「目を閉じていただけますか?」
「あーはいはい、アイメイクね。」
そういってなんの躊躇いもなく目を閉じる。
右の上まぶたにヒヤリとした感覚が走り、私はびくりと体を震わせる。
(化粧品ってこんなに冷たいものだっけ?)
まるで顔に氷を当てられているような、絶対零度の冷たさ。
そんなことを考えている間に、左の上まぶたにも同じ温度がきて、私はまた体を震わせた。

「クスッ」
(クスッ?え?なに今の?なんかすんごい目の前で笑い声がしたんだけど!)
「セバスチャン、今笑っただろ!?」
「失礼しました。杏子様の反応があまりに可愛らしいので、つい。」
「誰だって顔にいきなり冷たいものつけられたら、ああなるでしょ!っていうか、なんなの、あの冷たいの。」
「あぁ、私の手ですよ。」
「手?人間の手って、そんなに冷たくなるものなの?」
そういいながら、セバスチャンの手を探して自分の手をさまよわせる。
まだお許しがでていないので、目が開けられないのだ。

「そうですね。普通、人間では有り得ない事ですね。」
「人間『では』?」
なんだその含みのある言い方は?
まるで、
「人間以外なら有り得るっていう事?」
自分は人間じゃないって、そう、言っているみたいだ。

「セバ「ところで、先程から気になっていたのですが、その手はなんですか?」
あぁ、思いっきりセバスチャンが無視するから、忘れてたよ。
「いや、セバスチャンの手に触ってみようと思って。」
そんなに冷たいのかなぁって。
「そういうことでしたか。では‥‥‥」
「!冷たっ!」
そうして触れたセバスチャンの手は、思った以上に冷たくて、私の高い体温も全て奪っていくようだった。
でも、
「知ってる?」
「?」
「手が冷たい人って、心があったかい証拠なんだって。」
「!」
子供の頃、母が私と手を繋いだときに、いつも言っていた言葉。
お母さんも手が冷たかったっけ。

懐かしさで、指を絡ませて昔そうしていたように手を握った。
するとセバスチャンもギュッと握ってくれたから、本当に母がそこにいるような気がして、笑った。
セバスチャンから、息を飲むような音が聞こえてはっと気がつく。
(ちょっと待て!これは俗に言う恋人繋ぎってやつじゃないか!お母さん子供相手になんつぅ手の繋ぎ方してんだっ!)

「ご‥‥‥ごめん!懐かしくて‥‥‥つい‥‥‥‥‥‥」
「懐かしい?」
「うん‥‥‥昔お母さんもこうして手を握ってくれたんだ」
昔お化粧をしてくれたりもしたっけ。
そういえば、セバスチャンってお母さんみたい。
ふっとそんな事を呟くと、突然手を握る力が強くなる。
「お母さん?」
「‥‥っ!痛い痛い痛い痛い!
半端ない力で手を握られ、息すら困難になる。
(た‥‥‥タスケテ!)
そんな中、セバスチャンが私の首筋に顔を寄せる気配がした。
「‥な‥にっ!‥‥‥‥‥っ!」
首筋に痛みが走り、反射で目を開ける。
少し下を向くと、セバスチャンと目が合った。
(あぁ‥‥‥また‥‥‥)
「『お母さん』は、こんな事しないでしょう?」
(‥‥‥目の色が赤い‥‥なんて)
その瞳はそう、全てを喰らう貪欲な捕食者のようだった。



(嗚呼、血が出てしまいましたね)(血!?セバスチャン、あんた何したの!)(少しだけ、噛ませて頂きました。)(血が出るまで噛むのを、少しとは言わない!)(お仕置きですから、痛くなければ意味がないでしょう?)(‥‥‥)

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