「ねえ、まだ名前ってシリウス・ブラックと恋人同士なの?」
メアリと夜遅くまで話した次の日のインターンは辛い。かけられたヘレナの言葉に杖を落とした。マグルが行きかうメリルボーン駅で、慌てて杖を拾った。マグルにどうやって溶け込むことが出来るか、という課題なのに、杖を落としてマグルに気付かれたら、評価が下がるどころじゃない。
「い、いきなり何」
「その反応ってことはまだ続いてるんだ?」
わざわざこのタイミングで言ってくるなんて、わざと私の評価を落としたいって思われてもしょうがない気がする。ヘレナとは仲が悪いとは思わないけど、こういうところはあまり好きじゃない。個人的に会おうとは思わない、……私の性格が悪いだけかもしれないけど。
「駄目だよ、杖なんて落としたら。オブリビエイトしなきゃいけなくなるし」
「………そうだね」
「名前って結構ドジだね」
ああもう、ほら、こういう。悪意があるのかないのかよくわからない。はは、と乾いた笑いをあげて、ヘレナから顔を逸らした。早く実習が終わらないかな。ヘレナと組むのが日に日に嫌になっていく。ペアが早く変更になればいいとすら思ってしまう。
「そんなに気にしなくていいのに」
「べ、別に気にしてるわけじゃ」
「シリウスと最近会ってないの?」
これ、ヘレナにも言わなくちゃ駄目なのかな。ていうか、何回この話をすればいいんだろう。ヘレナは知らないかもしれないけど、この話は家族ともしたし、メアリともした。メアリとするならまだしも、……いや、あんまりしたくないけど、断然ヘレナとするよりマシ。
「わたしね、前シリウスの恋人だったの」
「……え?」
「あれ?知らなかった?4年生のころかな、私レイブンクローだったんだけど」
へえ、と気のない返事をして、話し続けるヘレナとマグルが行きかう構内を交互に見る。ブラックがどんな対応をヘレナにしたかとか聞いてないし、どうでもいいし。ポケットに杖を深く押し込んで、別のポケットに手を突っ込んだ。そうでもしなきゃ杖に手が伸びそうだった。何か口にできるものがあればいいのに。そうすれば気を紛らわせることが出来たはず。
「あぁ、気にしないで。今は別にシリウスのことすきじゃないし」
「そう」
「別に恋人、いるから」
にっこりと笑うヘレナに私も無理矢理口角を上げて時計を見た。やっと実習が終わる。ヘレナによるブラック談義からも離れられる。
1人暮らしになっていいことは、機嫌が悪い時に誰とも話さなくていいことで、悪いことは全部自分でしなくちゃいけないことだ。家に帰る途中で、何も家にないことを思いだした。……もういっそ、どこかで食べて帰っちゃいたいな。でもそれも面倒。テイクアウェイで帰っちゃえば楽かな。いっそ食べなくてもいいかもしれない、と思った瞬間、自分がすごくお腹が空いていることに気付いた。そういえばヘレナとの実習の後のランチは何も食べる気が起きなかったし、そのあとはOJTで実習だったしでほとんど食べていない。……なんか、カフェとかでサンドイッチでも買おうかな。最寄りの駅のカフェスタンドにはやる気がなさそうな店員がぼんやりしていた。もうここでいい気がする。
「そこ、勧めないけど」
「っ!?」
だ、誰?かけられた声に驚きながら振り返ると、赤毛の男の人が立っていた。……本当に、誰?見たことある気がするけど。わかりやすく私は変な顔を男の人に向けてしまったんだろう、男の人が慌てた顔をした。
「あーごめん、あの、同じフラットに住んでる、イアンっていうんだ。俺も前そこでサンドイッチ買ったんだけど、ちょっと、変なにおいがしてさ」
「……え」
「君、最近この辺に引っ越してきたみたいだから知らないかもしれないけど、この辺のやつはそこのスタンド、使わないんだ。だから何でこれが生き残ってんのかわかんないんだよね」
「あ……」
イアンと名乗った男の人の説明で、腑に落ちた。だから見たことあるんだ。変なにおい、という言葉に眉をひそめて、カフェスタンドから離れた。イアンも笑ってわたしについてくる。……いや、ついてくるって言葉はおかしいか。同じフラットに住んでるなら。
「あーごめん、英語、わかった?」
「……うん、12歳からイギリスに住んでるから」
「え?今いくつ?」
「19だけど」
「見えないな」
「……よく言われる」
「怒った?」
「別に、怒ってないよ」
「何か食べたいんだったら、あそこのベーカリーがお勧めだよ」
「そうなの?」
「よければ一緒に行く?俺も明日のパン、買いたいし」
断りたい、と思った。同じフラットの人だけど知らない人だし、でも、断る理由があまりなかった。家に帰ったらなにもないのはわかってたし、イアンと同じように明日のパンは必要だったし、そもそもご近所さんとあまり関係を悪くしたくない。頷いて、イアンが指差した、駅の向こうのベーカリーに歩いて行った。
20170130
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