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 初めてココにチョコをあげたのは小学四年生の時。手作りキットを使ってハート型のチョコケーキを作り可愛くラッピングした。ココは『アリガト』と受け取ってくれた。今思えばココは嫌がってもいなかったけど嬉しそうでもなかった。けどココも私のことが好きもしくは気になっている≠ニいう根拠のない自信に取り憑かれていた当時の私はココはめちゃめちゃ喜んでいると思い、来年はもっと美味しいチョコを作ろうと決意した。
 ホワイトデーのお返しはハイチュウグレープ味だった。勿体無くて食べれなくて、レジンで固めて宝物箱に入れた。

 もちろん小五の時もココにチョコをあげた。渡そうとした時、ココは既に帰ってしまっていたのでココの家まで出向いた。けどココは家にもいなかった。ココのお母さんに『一、乾君ちに遊びに行ってるの〜』と言われ、私は肩を落とす。なんでこんな大事な日に乾んちに行ってんの! と腹立たしく思う気持ちもあったけど。

『一が帰ってくるまでうちで待つ?』
 
 見るからにショックを受けている私を見かねてと息子が女の子に好かれているのを愉しむ気持ちどちらもあったのだろう、ココのお母さんにそう尋ねられる。もちろん二つ返事で頷いた。未来の私のお義母さんでもあるし今のうちに仲良くなっておきたいし!
 帰ってきたココは私を見ると怪訝そうに眉根を寄せてから、ニヤついてるお母さんに視線を滑らせて小さく息をついた。明らかにウザがっている。けど当時の私は根拠のない以下略なので気付かず『ココあのねぇ今年は去年よりすごいんだよぉ』とホールサイズのチョコケーキを渡した。
 ホワイトデーのお返しはキシリトールガムの一粒だった。去年よりしょぼくなっているけどそれは付き合いが長くなったからだろうと私はポジティブに捉える。勿体無かったのでこれもレジンで加工して宝物箱に入れた。

 小六のバレンタインは日曜日だったから、またココの家まで行った。学校にあまり来なくなっていたから、平日だとしても同じ結果だっただろうけど。
 やつれたココのお母さんは『一、部屋からあまり出てこなくて』と苦笑いする。赤音さんとかいう女が死んでからココはみるみるうちに元気をなくした。ココを助けてあげられるのは私だけ! 自分を映画の心優しいヒロインに見立てた私はお母さんを猫撫で声で言い包め、ココの部屋の前までたどり着く。

『ココ、私だよ入って――』
『入ったら殺す』

 ココは感情の籠らない冷たい声で威圧し、ドアノブにかけた私の手を凍りづかせた。

『そ、そう。でもちゃんとご飯食べなきゃ駄目だよ! あと学校にも来てよね! てかもうすぐ中学だね! ココの制服姿はやく見たいなぁ〜!』

 明るく話しかける私の声をココはひたすら無視する。ちゃんと返事してよ! と怒鳴りたくなったけどお義母さんがリビングにいらっしゃるし今ココは傷ついている。助けられるのは私だけなんだから、癒せるのは私だけなんだから。辛い時もずっとそばにいてくれた私にココはもうすぐ気付く。そうしたらきっと私にもあんな風にプロポーズしてくれるはずだ。掌を拳に握りしめる。力が入りすぎて掌に食い込んだ爪が皮膚を抉っていた。
 ココのお母さんにチョコを託けたのに、ホワイトデーのお返しはなかった。ムカついた。でも4月に見たココのブレザーがカッコ良すぎたから許した。

 中一のバレンタインは渡さなかった。大好きなココは復讐対象に成り下がった。乾よりも憎くなった。毎年試行錯誤しながら作ったチョコケーキはお父さんと友達に分割して渡した。私がいるグループとよく絡んでいるカースト高めの男子グループにもあげたら、ホワイトデーが近づいた頃二人からどっか行こうと誘われた。高梨君との交際を経て好きでもない男子と触れ合えないことを学んだはずだったのにココに一矢報いたくて、そんなことしてもココは私に何も思わないとわかっているのにどっちとも遊びに行った。
 全然楽しくなかったデートの帰り道、ココの姿を見かけた。前見たときよりも背が高くなっていた。嫌いなのに駆け出して抱きつきたくなった。

 中二のバレンタインも、渡さなかった。でもチョコは作った。図書館に籠もってよくわからない難しそうな本に目を落としているココを離れた座席から睨みつけた。あの人死んだのにまだやるとか、てか身代わりに弟にキスするとか、賢いけどバカだ。
 九井が乾にもう一度キスしたその時こそ、アイツの終わりだ。写メって脅してやる。一生私から離れられないようにしてやる。
 そうしたら。
 毒々しい決意を胸に、チョコケーキが入った紙袋に視線を滑らせる。胸の奥がぎゅうっと締め付けられた。
 
 中三の時、脅して呼びつけてチョコを渡そうとした。でもココはなかなか会ってくれなかった。『キスのこと乾にバラすよ!?』そう脅しても『仕方ねぇな』と飄々と笑うだけだった。チョコを渡せないまま、三月に入った。渡してないんだから当然お返しはなかった。ココはいつの間にか暴走族に入っていた。

 高一の時は脅して手に入れた連絡先に電話をかけてもなかなか捕まらず、チョコを渡す約束を取り付けることすらままならなかった。

 
 最後にきちんとチョコを渡せたのは小五が最後だ。だから、私は今、猛烈に緊張している。

「コ、ココ」
「なに」

 ココの家にお邪魔した私は正座してココに向かい合った。ココは普通に足を崩し胡坐をかいている。淡々と私を眺めているココに果たし状を叩きつけるように、テーブルの上にそれらを並べた。

「チョコ!! この中のどれかなら好きでしょ!! ひとつは絶対受け取って!! てか受け取れ!!」

 ゴディバとリンツとモロゾフとピエールマルコリーニ(総額二万円)をドンッ! と置いた。

 今年は手作りじゃなくて高級チョコにしたのは、私が作ったものより高級チョコのが美味しいからだ。それにココは手作りを『何入れてるかわかんねぇモンとか食えねぇっつの』と舌を出してくる可能性がある。今年こそは何が何でも受け取ってほしかった。

「絶対! 絶対絶対絶対美味しいから!! 百パー美味しいから!! ね!? 食べよ!?」
「知ってるって。つーかンな必死にならなくてももらうって」

 強く力説する私にココは冷静に返す。いつものことだけどココと私にはテンションに100度くらいの差があった。

「アリガト」

 ココは静かにお礼を言う。平坦なテンションだった。
 代わりに、ココから数年振りにチョコを受け取ってもらえた私のテンションが天を衝いた。自分の頬が緩んで、晴れ渡っていくのがわかった。

「絶対美味しいよ! プロが作ってるからね! ほらあれだよ、えっと鶴を折る的な……」
「折り紙付きな」
「そう! 折り紙付きの美味しさー! 食べて食べてー!」

 きゃっきゃっしながらココに纏わりつく。私に促されたココが包装紙を外し蓋を開けると、宝石のようにきらきら輝いているチョコが出てきた。流石プロだ。

「美味し、!」

 美味しいか訊こうとしたら口の中に何か放り込まれた。あっという間に口内が甘ったるくなり、溶けてなくなる。私の手作りより上質な舌触りがした。

「美味しい!」
「な」

 ココはぽいっと口の中にチョコを放り込んだ。ココが何か食べているのを眺めるのが好きな私は、至近距離で眺める。ゴディバの良い香りが鼻孔をくすぐった。





 

 バレンタインから少し経った二月十六日。私はドラケン君のお店(※イヌピーの店でもある)に立ち寄っていた。

「ドラケンくーん! ちょっと遅くなったけどバレンタイン!」
「おう、サンキュ」
 
 ピンクの包装紙で綺麗に包んだガトーショコラを渡すと、ドラケン君は「美味そうじゃん」と相好を崩した。強面なのに案外甘党なところがドラケン君の可愛いところだ。去年渡した時も喜んでくれた。

「麻美のうめぇんだよな。今年は……おー、ガトーショコラか」
「他にも作ったよ! マドレーヌとかクッキーとかもあげる!」
「マジか。やっりー」

 私とドラケン君がきゃっきゃっしている間、どこかの乾とかいう前科一犯はバイクを無言で弄っていた。私が来てもひたすら無視だ。私もガン無視しているけど、乾がガン無視してくるのはなんか気に食わない。喋ってもムカつくけど。てか存在がムカつく。

 乾の背後に立ち「乾」と呼びかける。ドラケン君に対するものより自然と三オクターブ低くなった。鬱陶しそうに振り仰いだ乾に恵んでやった。
 
「お返しはクロエのカバンね」

 九割がた使ったチョコペンを床に落としてやる。乾の為に取っといてあげた私はなんと優しいんだろう。
 三秒ほど経ってから乾がゆらり……と不穏に立ち上がった。

「いいぜ。今すぐお礼参りしてやる」

 そして指の関節をポキポキ鳴らしながら私を強く睨み据えた。うわ、流石前科一犯ヤバ過ぎ。引くわ。身の危険を感じた私はこめかみに手を宛てているドラケン君の背後に隠れてべえっと舌を出す。

「イヌピー、女に手をあげようとすんな。麻美も喧嘩を売るな」
「だってドラケン君! コイツこの前私が変な男に声掛けられててもガン無視して通り過ぎたんだよ!? ヤバくない!? キモくない!? 無理じゃない!?」
「ヤバイのもキモいのも無理なんもテメェだ。当たり屋か? あ゛?」
「落ち着けってオマエら。あーーほら麻美、他の奴もどんなん? 見せてくんね? オレ麻美が作った奴好きなんだわ。去年秒で食ってさ。もっと味わって食えばよかったって後悔した」
「えー嬉しー! えっとね、これがマドレーヌでー、これがクッキーでー……あれ、ココ?」

 カバンからドラケン君に宛てたマドレーヌやらクッキーを取り出していると、お店の入り口にココがいた。ココに気付いた乾が不思議そうに声をかける。

「あれココ。もう時間だっけ」 
「や、早く終わったから暇つぶしに来ただけ。お疲れイヌピー。アイツまた邪魔してんの?」
「おう。すげぇ目障りだ」
「災難じゃん」
「ちょっと!!! 乾の存在のが目障りだしココは一途で健気な彼女の悪口をなんで止めないの!!! オレの麻美に酷いこと言うんじゃねえ! って乾を殴ってよ!!!」

 ココは乾に対する朗らかな眼差しから一変して、私には冷たい視線を寄越した。
 
「オマエ何してんの」

 私のことをひたすら馬鹿にしていた時と似た瞳に射竦められ、一瞬声が喉の奥で固まる。
 ……ココは乾の味方ばっかする。ぎゅっと拳を握ってから「チョコ渡しに来た」とつっけんどんに答えた。

「ふーん」
「オレにはゴミ押し付けてきた」
「はぁ〜? 人聞き悪いこと言うなっつーの! ちゃんと食べれるから! ドラケン君ちょっと貸して!」
「オマエらなぁ……」

 ドラケン君からクッキーを貸してもらい「ほら!」と可愛くデコったクッキーをココと乾に見せつける。

「これよこれ! 乾にあげたのはこの部分! まぁドラケン君にあげたクッキーの出涸らしと言えなくもないけど!」
「死ね」
「死ぬのはいぬ、」
「イヌピー時間なったよ。行こうぜ」

 ココは乾の肩に腕を置きながら、滑らかな優しい声で乾に話しかけた。殺気立っていた乾も「あ」と気の抜けた状態になる。

「着替えてくる」
「ん、いってらー」

 バックヤードに入っていく乾にひらひらと手を振るココの服の裾をつまんだ。ココは笑顔を消す。

「なに」

 そして私には冷たい声を向けた。

「…………なんで怒ってんの」
「キレてねえけど」
「ウソ! なんか怒ってる!」
「キレてねえって。自過剰過ぎてヤバ」

 ココはふんと鼻を鳴らすとなんとも言えない顔のドラケン君が持ってるものに視線を寄越した。私はラッピングもこだわるのが好きなので、ガトーショコラもマドレーヌもクッキーもどれも綺麗に包んでいる。  

「あれ、全部オマエの?」
「そうだけど!? てか今そんな話してないじゃん! なんで怒ってんの!!」
「だからキレてねぇって」
「キレてんじゃん」

 ドラケン君が面倒くさそうに口添えしてくれた。その通りなので全力で頷く。ココはすうっと目を細めてドラケン君を見返すと、挑発的な笑みを浮かべた。

「優しいねー。流石このクソめんどくせぇ女が懐くだけのことあるわ。ヨソのことに首突っ込むとか面倒見良すぎ」 
「……あのさぁ、友チョコくらい別にいいじゃん。オマエだって貰ってんだろ」

 ココの目蓋がぴくりと痙攣するように震えた。
  
「貰ってねぇよ」
「……え?」
 
 ココが低く吐き捨てるように言うと、ドラケン君は目を白黒させてから私を見た。ココは何を言ってるんだろう。意味わからない。一昨日のことをもう忘れたんだろうか。

「あげたじゃん! ゴディバとリンツとモロゾフとピエールマルコリーニ!」

 最上級の本命チョコ(総額2万円)をあげたというのに!

「え」
「ココ待たせた」

 ドラケン君の呟きと着替え終わった乾が現れたのは同時だった。

「早く行こーぜ」

 ココは乾にはにこやかに笑う。乾には全然怒っていなかった。
 
「おう」
「ココ! あげたじゃん! なんで怒ってんの! ねぇ! ココってば……!」
「オレ今からイヌピーと飯食いに行くの。そっちはそっちで仲良くやっとけば?」

 粘着質な厭味ったらしい声で言うと、ココはべえっと舌を出した。

 む、む、むかつくぅうううぅうう!!!
 
 あまりにもムカつきすぎて一瞬思考が飛んだ。その間にココと乾は店から出ていく。

「待ってよ! 乾なんかほっといてよ! 暇なら私と一緒に……、」

 ココは私を無視し、乾のバイクの後ろに乗った。乾は「うるせぇ邪魔」と毒づいてバイクを発進させる。
 そして二人は去っていった。ココは黒龍の頃みたいに私を置いて、どこかへ行った。

「〜ッココの馬鹿ヤローーーー! 乾は死ねーーーーー!!!」

 二人の背中に向かって罵声をぶつけると、熱く湿った息が喉を震わせた。
 
 最近は優しかったのに。セックスだってしたのに。
 今はもうあの頃と違うと思っていたのに。

「麻美ー、飯食いに行かね」
「……同情しないでよ」
「ちげぇよ。バレンタインフェアぎり今日までのトコあんだけど、カップルか女同士ばっかなんだよ。ひとりじゃ恥ずいんだよ」

 本当にそうだろうけど、それだけじゃないんだろう。私の高いプライドを気遣っての発言だ。優しさが染みて胸が熱くなった。鼻を啜りながらこくりと頷く。

「意味わかんない。私全然悪くない」
「そーだな。イヌピーには悪かったけど。あれまじほぼゴミじゃん」
「ココはいつも乾の味方ばっか……!!」
「イヌピーの味方っつーか、」
「ムカつく! ムカつくムカつくムカつく!!!」

 半泣きで地団駄を激しく踏みながら、ムカつくを連呼する。ココが今いたらボキャ貧≠ニ私を馬鹿にするのだろう。本当にムカついている時ですらココのことを考えている。ココに会いたいと思っている。いつもそうだ。小学生の時から私ばっかり私ばっかり私ばっかり……!

「私ばっかり振り回されてる……!」
「そうでもないんじゃね?」
 
 ムカついて悔しくて遣る瀬無くて惨めで悲しくて。負の感情に呑み込まれながらの呟きを、ドラケン君は一蹴した。珍しく配慮に欠けたドラケン君を「そうだし!!」と睨みつける。

「私ばっかりだもん! 私ばっかり、私ばっかり……!」
「いやアイツもアイツでな……ま、いっか。めんどくせぇ。とりまホワイトデーに百倍返ししてもらえ」
「二百万なんかいらない!! ココがいい!!」
「オマエ…………二万もチョコに注ぎ込んだんか………………」



(リクエスト|バレンタイン)
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