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 将来の夢はお嫁さん。もちろんココのお嫁さんだ。けどその前にココの彼女になりたい。おめかししてただでさえ可愛い私を更に可愛く仕立て上げてココの元へ小走りで会いに行くの。お待たせココ! 待った? とか聞いちゃったりして。そしてココは私を愛おしそうに見つめながら『待ってねぇよ』って答えてくれるんだ。

 小学生の頃描いていた安易な未来予想図は、ココが好きなのは赤音さん≠ニいう事実を思い知ることで崩壊する。

 真摯なきらめきと恋心を宿しながら、ココは赤音さん≠、真っ直ぐに見据えていた。

 私はあんなふうに優しい瞳で見つめられたことがない。
 一分たりとも。一秒たりとも。

 憎かった。私からココを奪った赤音さん≠焉A私を見てくれないココも。

 憎くて憎くてだけどでもやっぱりどうしようもなく、好きだった。
 どれだけ感情に蓋をしても、気持ちは隙間からポロポロ出てきた。
 
 ココがどれだけ赤音さん≠好きでも私に興味なくても私を見なくても、結局私は、ココが好きだった。
 
 ココが誰を好きでいようが関係ない。私は開き直った。
 私の思いを羽虫にたかられるが如く疎んじていてもそんなの知らない。私は私の幸せを追求するだけだ。
 いつか絶対振り向かせる。その決意を胸に生きてきた。

 ココと付き合って、映画観に行くんだ! 水族館行くんだ! ディズニー行くんだ! 私の彼氏になるまで絶対絶対絶対付き纏ってやる! 
 一番星のように決意を掲げて邁進してきた。どれだけ冷たくされようとも消息を絶たれようとも地獄の底まで追い回し包丁突き付けてでも彼氏になってもらおうと思っていたのに。

「よ」

 あっさりと告白を受け入れられてしまい、拍子抜けした私は、ただただ戸惑っている。
 
 黒シャツにチノパン合わせたココが片手を挙げて現れる。待ち合わせより三分早い到着だった。

 私は三十分前に到着していた。十一時の待ち合わせだったのに五時に起床し二時間かけてお風呂に入り二時間かけてヘアメイクし一時間かけて服を選んだ。けどその割にはあまり決まらなかった。やっぱりアイシャドウはピンクじゃなくてブラウンにすればよかったとかミニ丈ワンピじゃなくてスリットつきのロンスカで大人っぽくすればよかったとか髪の毛巻き過ぎたとか後悔がぐるぐると渦巻いている。
 
 …………ほ、ほんとに来た……。

 ココが自発的に私に会いに来たことが信じがたくて3D映像じゃないかと疑った私は、目を凝らしてココを観察する。けどどう見ても生身の本物のココだった。私が偽物のココを見抜けない訳がない。

「何ガン見してんだよ」
「だ、だって、ホントに来てくれるって思わないじゃん」
「オマエん中でオレどーゆー男なの」
「だ、だってココ、私といる時間三十分が限度って、無駄だって……」
「なに、三十分で帰られてえの?」

 そんな訳ない。いつもなら怒鳴りながら『なんでそーゆー事になんの!?』と言い返すけど今日の私はひたすら戸惑っているため、無言でぶんぶんと大きく首を振ることしかできない。

「じゃ、行こうぜ」

 私の憂いの眼差しを受け流し、ココは平然と映画館の中に入っていく。私も慌てて着いていった。ココの隣に並んでみる。偶然会ったわけでも、待ち伏せしたわけでも、脅した訳でもないのに、ココが私の隣りにいた。

「篠田ってポップコーン食う派?」
「……食う派」
「何が好き」
「……キャラメルポップコーン」
「じゃ、それで。あ、これ渡しとくわ」

 ココと一緒に売店のレジに並んでると、ココは財布からチケットを取り出した。メールで『何の映画が観たいか』と尋ねられた際に答えた映画のチケットだ。事前に買ってくれたらしい。他の男がしたなら当然≠ニ受け止めるけど、相手はココだ。私と会うことにしょうがなく≠前面に押し出した対応を取られてきた。それなのに事前にチケット用意してくれるとかポップコーン好きな味選ばせてくれるとか今までの対応と天と地ほどの差がある。ついていけなくてまごつく。

「あ、お、お金……」

 他の男なら『この私とデートできてんだから驕るのは当然』のスタンスを呼吸するように貫く私だけど、ココの場合はその境地に至らない。『オマエといるのは三十分が限度』と舌を出されり出会い頭に逃げられたり……ととにかくココから煙たがられていた私は少しでもココの負担にならないようにとカバンから財布を取りだしたら「いーよ」と制された。

「金なら有り余ってるし」
「で、でも……」
「いいって。付き合ってんだから、黙って奢られろ」

 ……………………スワ…………ヒ…………リ………………語?

 呆然とココを見上げると「んだよその面」と怪訝そうに眉を潜められた。

「つーか篠田どうしたその健気キャラ。オマエ絶ッ対ェ『奢らない男とか論外!』って言う奴じゃん」
「そ、そうだけど、でも、だ、だって、ココが、ココが、だって、」

 だってココが私に優しいとかおかしいと言いたいんだけど、思考回路がうまく回らず、舌がもつれて言いたい事を何も言えない。ただただ「だって」を繰り返しているとレジがもう目の前だった。ココは私の意見などもう興味ないようだった。私の「だって」に取り合わず、店員に注文している。手持ち無沙汰の私は自分の財布をぎゅっと掴みながら俯いていた。
 
 ココがチケットを取ってくれた映画は私が観たい映画だった。前から観たかった映画を良い座席で鑑賞できる最高の状況に、私は喜びを感じていなかった。

 理由はただひとつ。隣にココがいるからだ。

 緊張が身体を蝕んで、ココの動向が気になって、全く映画に集中できない。気を紛らわすためにポップコーンを食べていたらあっという間になくなった。

 付き合うって。ホントに付き合ってんのかな。いやでもココも『付き合ってる』と言っていた。ということは付き合ってる、はず……あ、もしかして幻聴…………!? ということは隣のココはやっぱり幻覚……!?

 隣のココは私に都合の良い幻想なんじゃないかと横を見たら、ばちり、と視線が繋がった。ココは視線だけ私に寄越していた。薄暗い闇の中で視線が絡まり合った先から、ココの体温が伝わってきた気がして、体中がぶわぁっと熱くなる。血が勢いよく体中を循環し、心臓を大きく高鳴らせた。
 
 いつも私ばかり見ていた。だけど今は、ココも私を見ている。
 私だけじゃなくて、ココも私を見ている。

 私だけじゃ、ない。
  
 硬直している私をココは無感動に一瞥すると、またスクリーンに視線を戻した。そして三回口を動かす。多分『見過ぎ』と言われた。

 肋骨を突き破らんばかりに心臓が暴れ回っていた。呼吸がうまくできなくて、胸元をぎゅっと握る。お姉に借金してまで買った一万円のワンピースに皺がついてしまう。けど、こうしないと、こうやって何かに縋っていないと、崩れ落ちてしまいそうだった。



 観たかった映画なのに全く記憶に残らなかった。それもこれも全てココのせいなのにココは「結構面白かったな」と普通に楽しめたようで腹立たしい。

「何ガン飛ばしてんだよ」
「……だって」
「だってだってって反抗期かよ。つーか腹減った。何か食いに行こうぜ」

 じっと睨みつけていると、ココはすたすたと歩き始めた。慌てて着いて行くと、歩くスピードを少し緩めてくれた。しかも「何がいい?」と聞いてくる。再び私は喜びと戸惑いの渦に巻き込まれた。思考回路がまた回らなくなる。

「な、なんでもいい」
「一番困るやつ」
「だって!」
「オマエまじで語彙ねぇな」

 適当に歩いている内に「ここにするか」とココの意向でガラス張りのカフェに入る事になった。窓際の席に案内され、テーブルの上を午後の麗らかな日差しが差し込んでいる。外装も内装もお洒落でデート向きのカフェに、ココと来ている。

 これは…………夢…………?
 それとも私は知らない内にクスリをやってた………………?

 頬を抓ったりカバンの中をゴソゴソ漁ってクスリを探していると「オレ決めた。篠田は?」と尋ねられた。

「えっはやっ!」
「早くねえだろ。オマエが遅ぇんだよ」
「しょ、しょうがないじゃん。てゆーか、ココ何にしたの?」

 何がしょうがねえだ、とぼやいてからココは「ハンバーグとカレーと明太子パスタとフライドチキン」と答えた。相変わらずの健啖ぶりに「ココはホントにいっぱい食べるね」と笑みが零れる。

 ココは細いのによく食べる。昔からそうだった。同じ班になれた時は真正面からココが給食を食べているのを見られて、天にも昇る気持ちだった。山盛りカレーを黙々と食べているココを見ているとひだまりが差し込んだみたいに胸が暖かくなった。

 ココは何とも言えなさそうな瞳で私を見た。意図が掴めず「?」と首を傾げる。けどココは何かを振り払うように視線を一瞬逸らした。だけどすぐまた私に戻す。

「あと三十秒な」
「え、ちょ、ちょっと待ってよ!」
「いーち、にーい、」
「待ってってば!」
「さーん、しーい、」
「あああああ決めるから!!」

 ココに急き立てられながら、私は慌ててメニューを広げる。その間も、ココは歌うような口振りで容赦なく数字を刻んでいった。意地悪く細めた目で、私を見据えながら。







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