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「いいよ」

 ――へ。

 ココの声が何を言ったのかさっぱりわからない。なんか今い≠ニい≠ニよ≠繋ぎ合わされたような気がする。えーと、いいよ≠チてどういう意味だっけ。首を傾げて考え込んでいると、いつのまにかココが私のすぐ近くに立っていた。

「篠田。ケータイ出せ」
「え、へ、え? なんで?」
「なんでって」

 ココは面倒くさそうに言った。

「付き合ってんのに連絡先知らねぇとかおかしいだろ」

 ツキアッテンノニレンラクサキシラネェトカオカシイダロ

 ココの声を言葉としてうまく処理しきれず、脳まで到達できない言葉たちが耳元でふわふわと漂っている。よくわからないけどケータイを取り出してココに言われるがまま操作すると、ココの新しい連絡先がアドレス帳に追加された。なにがなんだかわからないけど、ココの新しい連絡先は画面上できらきら光っていて、つい見惚れる。九井一。私がこの世で一番好きな三文字。
 
「オマエ来週の土日どっちか空いてる?」
「え……? えっと、あ、日曜が空いてる」

 ココから空いてる日を確認される意味がわからないけど、素直に答える。

「じゃ、どっか行くか」

 するとココの平坦な声が返ってきた。

 ??????????

 何を言っているのやらさっぱりわからない。頭上にはてなマークを大量に乱発していると「オマエ、オレの話聞いてる?」と苛立たしげに訊かれた。

「聞いてるけど、え? ん? ……え?」
「何もおかしいことねえじゃん」

 ココは物分りの悪い子供を見るような目つきで私を見下ろした。

「付き合ってんならデートくらいすんだろ」

 思考回路はショート寸前。という歌詞があるけど私の場合は思考回路がショートした。落雷が直撃したかの如く、目を見張らせココを凝視する。狼狽えまくる私とは対照的にココは平然としていた。ケータイを閉じると、言うべきことは済んだと言わんばかりに「じゃーな」と踵を返す。
 ココの姿が、真っ昼間の雑踏の中消えていく。でも今までのようにココの背中が遠ざかることに焦燥感を覚えなかった。

 だってココは戻ってきたから。でも、戻ってきたけど私には一言もなかった。
 ムカついて、ココの元に怒鳴り込んだ。なんで私には何も言ってくれないの! ってキレたらオマエ、オレの女でもダチでもねえじゃんと言われた。事実は事実だからこそ、私の悲しみと怒りを大きく煽る。確かに、確かにそうだけど、でも、でもでもでも、私がココの事好きなの知ってるくせに……!! ぎりっと奥歯を噛みしめた後、売り言葉に買い言葉の要領で、私は大きく叫んだ。

『じゃあ付き合ってよ!!!』

 今まで何度も途中で遮られた言葉は、今回は最後まで言い終えることができた。
 ココは驚きも喜びもしなかった。平然とした顔で私を値踏みするような眼差しで見つめている。私は全身が心臓になったみたいに震えて熱いのに、ココは全然動揺していなかった。その顔がムカついて、悲しくて、でもやっぱ好きで――下唇を噛んで顔を俯けていると。

『いいよ』

 ココはそう言った。

 私の告白に対し『いいよ』と言った。

 つまり、つまり、私は。私とココは。

 私と、ココ、は。

 私と。

 ココは。

 私と、ココが……………………?






 気まぐれのように突如私の元に舞い降りたハッピーエンド。
 それは私を、混乱の渦へ突き落した。






 



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