汝よ我が道を行け



 夏の終わりと秋の始まりの間は、半袖だと涼し過ぎるくらいだけどベストを着るにはまだ若干暑い。けどそれは昼限定のことだった。夜になるとひやりとした風が汗の貼り付いた肌をさらい、体温を低下させる。ベスト着てくればよかったと後悔のため息を吐くと、涼しい風が首筋を撫でていった。寒い……と左手で二の腕をさすりながら右手でケータイを開く。画面の時計は九時を表していた。やば、と思わず声が漏れる。八時上がりだったけど丁度同じ時間に上がった友達と更衣室で喋っていたからいつもの倍以上の時間をかけて身支度してしまったのだ。こういう日に限って徒歩を選択した自分の運の悪さにがっくりする。天気予報め、夜から雨降るとか言っていたくせに……。お母さんに『帰るの遅くなる』と連絡すべくメールを立ち上げると。

「あ」

 聞き覚えのある声が私に向けられた。もしかしてと視線の先を辿った先で、街灯を浴びた金髪が淡く光っている。

「乾君」

 目を丸くして呼びかけるとツナギ姿の乾君は「よう」と仏頂面で返してきた。最初の頃は機嫌が悪いから愛想が悪いのだと思っていたけど、どうやらそうではないらしい。小さな子が真顔で佇んでいるのと同じで乾君の仏頂面は彼の初期装備のようなものだった。怒る時は普通に目を据わらせて『あ?』と唸ってくる。だから私は何よりも乾君の仏頂面を望んでいる。別れるその時まで乾君の仏頂面を一秒でも続けさせることが目下のところの目標――なんだけど。

「イヌピー誰だその子」

 乾君の隣に立つ金の弁髪の若者は高身長の乾君よりも更に大きい。剥き出しの頭皮に刻まれた龍の入れ墨に恐怖で神経が凍り付き、私は石のように立ちすくむ。や、やっと乾君の強面に慣れ始めたところなのに……! 
 ガタガタと震え上がっている私を乾君はちらりと目の端で確認すると、答えようと口を開いてはたと止まった。ポケットからケータイを取り出し画面を確認すると、弁髪の彼に私を紹介する。

「中野陽子だ」

 お、お、覚えてない……!?
 愕然としていると弁髪の彼もドン引きしていた。

「失礼だろ……」
「オレと付き合ってる」
「………………は?」

 弁髪の若者は突然横っ面を引っぱたかれたように切れ長の目を最大限に見張らせた。あんぐりと口を開けてひたすらに乾君を凝視している。「どうした」と眉を寄せて弁髪の彼を心配している乾君に言いたい。君のせいや。君のせいで彼吃驚してるんや。

 乾君が「大丈夫かドラケン」と気づかわしげに呼び続けた甲斐もあり、弁髪の彼ははたと我に返った。呆然と乾君を見つめ次に私に視線をスライドする。

「……マジ?」
「ま、まあそんな感じー!」

 あははー! と(内心泣きながら)笑って返すと、弁髪の彼は感慨深げに「マジなのか……」と息を吐いた。

「いつから?」
「二週間くらい前だな」
「結構最近じゃねえか。どういう繋がり?」
「合コン」
「ごう……!? オマエ合コン行ったのか!?」
「おう」

 合コンに参加したことをここまで驚かれる人間もそういないだろう。弁髪の彼は瞬きの回数を異常に早めて乾君を呆然と見据えていた。けど乾君はどこ吹く風で「オマエ何してんだ」と私に尋ねる。乾君のマイペースを極めた態度は友達の前でも健在のようだ。

 私の名前をアドレス帳から確認するくらいなのにちょくちょく遊びに誘ってくるし(流石に映画三連続はストップかけた)、恋愛に死ぬほど興味なさそうなのに合コン参加するし、乾君の思考回路は今まで出会ってきた人間の中でナンバーワンの支離滅裂っぷりだ。
 正直見てる分には飽きない。
 
「バイト帰り。私、駅のバーガー屋でバイトしてんの」
「ああ。だからポテトくせぇのか」
「えっマジ!?」

 石鹸の匂いがする制汗剤をかけまくったのに……! ショックで声を上擦らせると弁髪の彼がばしんと乾君の頭を叩いた。「テメェ何すんだ」と凄む乾君を差し置き、弁髪の彼は私に苦笑いを向ける。

「わりぃな。イヌピー何も考えてねえだけなんだ。何か言われても気にすんな」

 散々な言いようを受けた乾君はこめかみにピキッと血管を浮かばせた。「やんのかテメェ」と指の関節をポキポキ鳴らし始める。ぎょっとする私とは対照的に弁髪の彼は冷静だった。「わりーわりー。ガリガリ君やるから許せ」と適当に謝る。すると乾君は「じゃあいい」といつものスンッとした真顔に戻った。ちょっと待ってお手軽過ぎんか!?

「じゃあな」

 乾君はガリガリ君を貰えると聞いてテンションが上がったのかいつもよりじゃっっっかん弾んだ声で別れを告げ私の横を通り過ぎようとすると、弁髪の彼が「コラ」と乾君の首根っこを引っ掴んだ。
 乾君は「ぐえっ」と呻いた後、「テメェやっぱマジでやんのか……?」と再び指の関節を鳴らし始めた。この兄ちゃんほんとに更生したんか!? とビビる私とは対照的に弁髪の彼は平然としていた。乾君の鋭い目つきを悠然と受け止めている。

「オマエ、この子と付き合ってんだろ。送れ」

 弁髪の彼は私を一瞥してから再び乾君を真っ直ぐに見据え、厳かに告げた。ピキピキとこめかみに浮かんでいた血管が静かに収まっていく。きょとりと瞬きながら乾君は弁髪の彼に尋ねた。

「そういうもんなのか?」
「たりめーだろ」

 弁髪の彼に呆れたように言い切られると、乾君は「そういうもんなのか……」と神妙に復唱し、私に焦点を合わせた。水晶玉のように透き通った瞳は胸に迫るような色がある。

 ……こりゃ落ちる子は落ちるだろう……。乾君を見た瞬間にぽうっと惚けていたユカリを思い出しながら、しみじみと噛み締める。

 付き合う内に、乾君の人となりが少しわかった。彼は決して悪い奴ではない。殺しとレイプ以外はやった発言のおかげで乾君に求める一般常識のハードルが大分下がったというのもあるけど、悪い奴じゃない。今は本当に更生したらしく私の知る限り、乾君は暴力を奮っていなかった。整備士になる為の専門学校とバイク屋のバイトの二往復という、私よりも質実な毎日を送っている。吉野君の言ってた『今は好青年』発言もあながち間違ってはいない。好青年と言い切るには柄が悪いけど。
 でも、だからと言って乾君に恋愛感情は持たない。犯罪しないことは人が人に求める最低限だ。それを守ったところで『素敵!』と胸が高鳴ることはない。乾君、私のタイプじゃないし。元々私はよく喋る面白い男子がタイプなのだ。

「いいよいいよー! そんな遠くないし!」

 笑いながら顔の前で『大丈夫大丈夫!』と手を振って、やんわりと辞退する。乾君への気遣いから遠慮しているのではない。ただ単に、私が乾君と過ごすのが億劫だからだ。乾君にビクビクしながら帰るよりも一人で音楽聴きながら帰る方が普通に楽しい。
 あ、でも。

 乾君は私の意見を馬耳東風に聞き流しくるりと背中を向けた。

「行くぞ」

 ずんずんと突き進んでいく乾君を私は呆然と見やる。いや君私の家知らんでしょ。そっち私の家の方向じゃないし。弁髪の彼は頭痛がするのか、こめかみを抑えていた。

 ただまぁ、こんな感じに。無口だけど、ちょいちょい面白いんだよね、乾君。「オマエ陽子ちゃんちわかんのか」と弁髪の彼の突っ込みを受けた乾君は「あ」ときょとんとする。それが地味に私のツボに入り、噴き出しかけて慌てて止めた。テメェ何笑ってんだコラと凄まれたらかなわない。



 始めの頃よりは大分緊張が緩くなったと思う。でも、今でも一度でも会話が途切れたら息の詰まるような無言が待ち構えているので、私はひっきりなしに乾君に喋りかけ続けた。窮地に追いやられて『何かないかな何かないかな』と四次元ポケットを漁りまくるドラえもんの気分だ。ニコニコ笑いながらも背中は冷や汗でぐっしょり濡れている。

「乾君今日何してたー?」
「ガッコー行ってからの晩飯の買い出し」
「そうなんだ。イヌピー君ち、お母さん働いてんの?」
「ちげぇ。オレ一人」
「へー! 独り暮らし! 楽しそう!」

 普通に楽しそうで自然と声が弾む。私の周りで独り暮らししてる子はいない。皆家族と暮らしているので純粋に乾君の生活に興味が沸いた。「どこに住んでんの?」と自然に質問が生まれる。沈黙を埋める為じゃない、心からの言葉だった。

 乾君は「知ってっかな……」とうなじをぼりぼりかきながら場所を教えてくれた。ああ、あそこか。行った事はないけど私の家から自転車で通える範囲の住所で「知ってる!」と声を弾ませる。

「知ってんのか」
「うん! あそこかぁー。やーなんか大人だね。なんでも自分でやらなきゃだし、すごいね!」

 本当に心の底からすごいと思っているのに乾君はつれなかった。いつもの真顔で「大人じゃねえよ」と呟く。

「オレはなんもできねぇ」

 と頑なに謙遜を崩さない。その強情さに私は呆れて「いやいやいや……」とつい突っ込んでしまった。

「できてるでしょー。乾君はごはんの準備も洗濯も全部自分でやってんでしょ? できてるじゃん。私なんか全部親にやってもらってるよ!」

 胸を張った後で、声を大にして言うことじゃないなと我に返る。いやでも乾君があまりにも頑固だから……と言い訳を並べても自分のだらしない私生活を晒したことの羞恥心は治まらない。

「へ、へへへ……」

 そう笑って誤魔化す私を、乾君はじいっと見据えたあと真正面を向いた。

「バイト、どんなんだった」

 視線は前を向いているし切り捨てるような口調だったから、それが質問ということに一拍遅れてから気付いた。「えっと」と意味のない声を継いでから、今日の出来事を振り返る。

「んー……まぁいつも通り……あ、だけど」

 鬱陶しい記憶が脳裏に浮かぶと、自然と口調が重たくなる。顔が曇りかけたのを払い飛ばすように声を張り上げて「まぁ、よくあることなんだけどねー」と前置きを明るく入れた。湿っぽかったり神妙だったり、私は真面目な空気が苦手だ。
 本音でぶつかったりとか腹を割って話すとかそういうことが熱い≠ニ賞賛されがちだけど、私には合わない。楽しいことだけかいつまんで、楽しく生きていきたい。

「最近よく男子中学生達が来るんだけど、なんか変に絡んでくるんだよね。スマイル30個! とか意味わかんない事言ってくるし。多分学校で流行ってるんだろうね。はやく飽きないかなぁ……。あ」

 気付いたら見慣れた我が家に到着していた。「乾君、うちんちここ」と立ち止まる。乾君は「へえ」と私の家のマンションを仰ぎ見ながら淡々と呟いた。

「ここが中野んちか」
「うん。送ってくれてありがとー。 あ、そだ!」

 私はスクバからお財布を取り出すと「あげる!」と乾君にクーポンを差し出した。ぱちぱち瞬きを繰り返している乾君に「お礼」と笑いかける。乾君はクーポンと私を見比べた後

「ありがとう」

 と籠った声で、小さく呟いた。

 去り行く乾君に「ばいばい!」と手を振ると、乾君は振り仰いで頷いてくれた。もう一度手を振ってからエントランスに入った。そして今更ながらにふと思う。

 結構楽しかったし、初めて苗字呼ばれたな。
 





『中野さんはいつも笑顔のいい子です』

 と小学生の時通信簿に書かれたように基本的に笑顔の私は、接客業に向いている。面倒くさいお客さんにも笑顔を貼り付けて応対した時は店長に『全然ムッとしてなかったよ! まだ学生なのに偉いね!』と褒められた。『いやぁそれほどでもあるんですけどね』と茶化す形で賞賛を受け取りながらも、釈然としなかった。偉いのだろうか、私は。

 どれだけムカついても悲しくても笑うようにしているのは、その方が楽だし格好がつくから。街中で子どもにマジ切れしているお母さんを取り囲む視線は白く冷え切っている。必要以上に感情を露呈するのって、なんだか痛い。それに比べたら多少嫌な事があっても呑み込んで、どんな時も笑って何となくやり過ごす方が楽だし体面も保てる。
 だから私はどんな時もにこにこ笑顔を心がけているのだけど、今は崩れてしまった。ぱちぱちと瞬きを繰り返し、目の前の人物に焦点を合わせる。思わず、素っ頓狂な声が上がった。

「乾君!」
「よう」

 相変わらず仏頂面の乾君が、私のバイト先に来たのだから。

 乾君は私が担当してるカウンター前に立つと昨日あげたクーポンを差し出しながら「これと水」といつものぶっきらぼうな口振りで注文した。一番安いバーガーと水を頼む事から乾君の寂しい懐具合と竹を割ったような性格が窺える。少年院に入っていた過去を自ら言うところもそうだし、乾君って本当に素直だよなぁ……と乾君の実直振りを噛み締めながら「オッケー!」とオーダーを受け取る。

「中野」

 あ。また呼んでくれた。てかやっと覚えてくれたのか。少し感動しながら「ん?」と首を傾げる。

「うぜぇ奴等、今日は来たのか?」
「うぜぇ……あ〜……」

 一瞬何の事を言っているのかわからなかったけど、うぜぇ≠反芻する内にわかった。あいつ等ね。はいはい。というか乾君覚えててくれたんだ。人の話を聞いているのか聞いていないのか上の空感を醸し出した表情で聞いていた乾君が私の愚痴を覚えていた事に驚いて、目を丸くして乾君を見つめる。乾君は私が驚いている理由が掴めないらしく「んだよ」と右眉を不可解そうに上げた。この兄ちゃんほんとキレる若者だなぁ……と呆れと怯えが入り混じりながらも、その中に、小さじ一杯程度の嬉しさ≠ェ溶け込む。

「今日は来てないよ。飽きたのかもねー」
「そうか」
「気にしてくれてありがとね」

 笑顔でお礼を述べると、乾君は一拍置いてから「おう」と小さく顎を引いた。トレイを受け取ってテーブルに向かう乾君の背中を見送る。……悪い奴じゃないんだよなー。真顔でハンバーガーをもさもさと頬張っている乾君を見ていると、お客さんが入って来た。「いらっしゃいませ〜!」と接客用の笑顔で出迎えた一秒後、ほの暗い靄が胸の中に漂った

 ……出た。

「あ、お姉さん! 今日もなんだ!」

 昨日乾君に愚痴った男子中学生数名が今日も現れ、しかも顔を覚えられている事にずっしりと胃が重くなる。完璧に舐められている……。表情筋を絶妙の角度に上げたまま「はい、そうなんです〜」と頷きながら、心の中でため息を吐いた。

「暇なのー?」

 と茶々を入れて来る男子に曖昧に笑いながら「ご注文をお願いします」と告げると、各々言い始めた。私は聖徳太子じゃないんですがどう聞き分けろっちゅうねんと内心ツッコミを入れながらなんとか聞き分けてメニューを復唱していく。

「お姉さんほらあとスマイル!」

 ニコッと笑いかけるとげらげら笑われた。小学生ながら可愛げあるし高校生ならこんなバカな事しない。中学生って本当に一番性質悪い時期だわ……と辟易しながらもお客さんなので「オレにもオレにもー!」の声に笑顔で対応し続けていると。

「おい」

 ドスの効いた低い声が、賑やかな空間に投げ込まれた。男子中学生達の笑顔が強張る。自分達の背後を見ると、彼らは凍りづいたように固まった。それもそうだろう。

「いい加減にしろクソガキ」

 細く眇められた目から放たれる眼光は、ナイフのように鋭い。野犬のように荒んだ目つきを真正面から浴びた彼らの笑顔はひび割れ、年相応の幼い泣き顔を浮かばせながらカタカタと震えていた。無理もない、まだ中学生だ。しかし乾君は彼らの心情を慮ることができないようで「聞いてんのかコラ」と唸るように詰問する。

「その女がへらへら笑ってるからって調子乗ってんじゃねえよ。つか返事しろ返事。五秒以内に土下座して謝れ。五、四、三、」
「い、乾君!」

 私は簡易ドアから慌てて飛び出し「お、落ち着いて!」と乾君を諫めた。すると「あ?」と凄まれる。何で止めんだテメェと不機嫌な顔に書かれていた。

「ま、まだ中学生だし、そういう時期だし、お客さんだし、すぐ飽きると思うし!」
「だから」
「だ、だから……!?」

 取り付く島もない調子で私の制止を払いのける乾君の傲慢不遜っぷりに思わず目を剥く。大人げないにも程がある。笑いながら受け流せば丸く収まる事をどうして大きくするのだろうと呆れと苛立ちがささくれ立った時だった。

「テメェが我慢する義理ねぇだろ」

 矢を射るような真っ直ぐな声が、一直線に私を突き刺した。心臓を穿つような強い眼差しに真正面から射抜かれると、猫だましを食らった時のようにパチンと目の前で何かが弾ける。

「どういう訳があろうが、中野には関係ねぇだろ。キレる時はキレろ。じゃねえとコイツ等冗長しまくってオマエばっか割食うぞ。つか見てて胸糞わりぃ。飯が不味くなった」

 私を慮ってというよりもただ自分が苛立つからの理由で動いているようだ。乾君の声は取り付く島もないほどつっけんどんで、何の打算もしがらみも籠っていない。だけどその硬質な声は私の心を強く揺さぶり、強風に当てられたような衝撃を受けた私はポカンと呆ける。

『キレる時はキレろ』

 いつも笑顔で偉いね。通信簿に書かれていた言葉とは真逆の言葉は、何故か心の奥底まで深く響き渡る。怒らない事を褒められた事は多々あれど、怒れと咎められたのは人生初だった。言われ慣れない言葉はいつまでも馴染まない。まるで付箋のようにひらひらとはためき続ける。

「おいクソガキどうしてくれんだ飯不味くなった。つーことで驕れ」

 は……っ。ちょっとぼうっとしている間に、乾君は中学生相手にたかり始めていた。べそべそ泣いている男子中学生達と乾君の間に割り込んで「ストップストップストップ!」と声を張り上げる。

「中学生に何やってんの!」
「あ? 花垣は中二で黒龍の総長務めたぞ」
「誰やハナガキ! 知らんから!」
「ううう、ごめんなさい……」
「ああああもういい! いいから! ほら泣かないの!」
「テメェら男の癖に泣くんじゃねえ。ドラケンなんて中三で東卍の副総長として名を馳せたんだからな」
「だからドラケンとかトーマンとか知らんから!」
「ドラケンはこの前会っただろ」
「あ〜! あの人がドラケンか〜! ってあの人がドラケン!? なら余計普通の中学生と比べちゃあかんでしょ!」

 ぐすぐす泣いている男子中学生を慰めたり、男子中学生達を威嚇し続ける乾君を宥めすかしたり、てんやわんやと忙しくしている内に、上がりの時間はあっという間に訪れたのだった。


「疲れた……」
「働くって大変だよな」

 げっそりと疲労困憊に沈んでいる私の隣で乾君は「お疲れ」と労わってくれたけど、八割がた君が原因なんだわ……とは流石に言えない。気付かれないようにこっそり溜息を吐いた。

 乾君は『付き合ってる女を家まで送んなきゃなんねえんだろ』と弁髪の彼――ドラケン君の教えに則り、今日も私を送ってくれている。ちらりと見上げた乾君は、あの後男子中学生からハンバーガーを奢らせてご満悦らしく、若干表情が柔らかい。……中学生に奢らせる今年十七になる十六歳って……。

「ぶふ……っ」

 中学生に奢らせたビックバーガーをハムスターの如く頬張っている乾君が脳裏に蘇ると、あまりにも無茶苦茶過ぎて、一週廻って面白く思えてしまった。たまらず噴き出した私を乾君は気味悪そうに見つめる。

「何笑ってんだ」
「ぶふっ、いや……っ、なんかもう……ぶくく……っ、無茶苦茶だなぁって……!」
「あ? どこがだよ」

 憮然として尋ねてくる乾君にどこがどう説明してもきっと納得してくれないだろう。荒唐無稽な乾君に私にとっての常識を説いたところで『知らね』と一蹴されるのが落ちだ。無茶苦茶過ぎて面白い。初デートで彼女を吉野家に置き去りにするわ私の名前を覚えてないわ知らない人の名前を普通に私も知ってる体で話し出すわ。開けて吃驚玉手箱よりも奇想天外な乾君。次はどんな行動をするのか全く予想が出来ない。

 こんな彼氏、この先絶対できない。
 そう思ったら入道雲のように好奇心がむくむくと昇り始めた。面白すぎるよ乾君。 

 乾君。綺麗な顔の割に柄が悪くて何より面白い。次は何を言い出すんだろう。好奇心を胸に乾君の瞳を覗き込む。見るものすべてをそのまま吸収してしまうような透き通った瞳を見ている内に、さっきの乾君の言葉がろうそくが灯るように蘇った。

『キレる時はキレろ』

 変なの。怒ることを推奨する人間なんて初めて見た。流石元ヤン。ずっとずっと訳わかんない。次はどんなことするんだろう。

「乾君」

 呼びかけると、乾君は無言で私を見下ろした。綺麗な顔立ちのため迫力がある。だけど凄まずにただ私を見ているだけということは、今、乾君は怒っていない。少しずつ乾君の感情の変化をわかりつつあることに誇らしさのようなものがじわじわと私を満たしていく。気付いたら、歌うような声が口から流れ出ていた。

「今度、どっか遊びに行こ!」






(一緒にいたくなってみる 3マス進む)




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