言わずもがな





「さむーーーい!」
「テメェが来たいつったんだろうが」

 バイクから降り、砂浜に足を着けると強い潮風が殴るように吹き付けていった。あまりの寒さに自分自身を抱きしめる私の隣で、イヌピー君はただ強風に嬲られるままになっている。ふわふわの髪の毛が超サイヤ人のように逆だっていた。

 イヌピー君は、本当に来てくれた。

 ガードレールの向こう側でバイクに跨っているイヌピー君が夢のように思えて、ぼうっとしながら見ている間に、イヌピー君はバイクから降りた。私の目の前に立ち、私を見下ろす。風に乗って、イヌピー君の匂いが鼻孔を擽った。

 あ、やばい。

 やっとの思いで取り戻した平常心が、あっという間に拭われる。イヌピー君の姿を目にした瞬間、また無性に泣きたくなってしまった。ホントに来てくれたんだ。ヤバイ。嬉しい。でもどうしよう。色んな感情がぐるぐると渦巻いて、どう処理したらいいかわからない。

『……バイトほんとに代わってもらったんだ』

 多分今目が赤いから俯きながら、なるべく明るい声を作って言うと、イヌピー君は『焼肉定食と餃子定食奢るからいいんだよ』と言った。いいのかな。てか、最後らへん脅してたよね。タナカ君に罪悪感が沸くけどそれ以上にイヌピー君が今ここにいることが嬉しくて、突っ込まずに『そっか』と笑う。

『中野』
『んー? わ!?』

 突然、イヌピー君に何かを無理矢理被された。反射的に頭に手を伸ばすと、プラスチックのつるつるした滑らかな感触を掌に覚え、目を白黒させる。絶対髪型崩れたけど今日は三分しか時間をかけてないので、まあ良いことにする。意味は相変わらずわからない。ぱちぱちと瞬きを繰り返している私に『乗れ』と顎でバイクをしゃくり、更に言葉を続けた。

『行きてぇとこに連れてってやる』




 という経緯で、私達は今海にいる。十二月を目前に控えた十一月後半の秋の海は涼しいを超えて寒かった。あまりの寒さに私達以外誰もいなかった。
 寒いけど、意図せず貸し切り状態の海に巡り合えた幸運を噛みしめるべく、私は海に近づいた。寄せては返す波をローファーで蹴ってみる。

「夏だったら入れんのにね。イヌピー君は夏海行った?」
「行ってねぇ」

 振り向くと、イヌピー君は砂浜に胡座をかいて座っていた。海にキャッキャとテンション上げる気は毛頭ないらしい。まぁ、だろうね。相変わらずローテンションだ。

 「私はあるよー」と言いながら、イヌピー君の隣に座る。

「二回行ったなー。えーと……これこれ! ほら、これがその時の写メ!」

 画像フォルダを漁って、あまり興味ないだろうなぁと思いながらも、オキニの青いチェックのホルターネックの水着を身に着けてユカリと一緒にかき氷を食べながら自撮りした写メを見せてみる。案の定、イヌピー君は仏頂面で写メを見ていた。

「イヌピー君海好き? 嫌い?」
「普通」
「そっか! じゃあ来年一緒に行こうよ!」

 イヌピー君はこくりと頷いた。「やった!」と喜びながらそれまでにあと二キロ痩せる事を決意する。あと胸をもう少し大きくしたい……。間に合わなかったらパッド入れるか……と笑顔の裏で色々と画策を立てていると「中野、別の日のは?」と問いかけられた。

「別の日?」
「オマエ二回行ったつったじゃん」
「ああー。えーっと……」

 イヌピー君に催促された私は、言われるがままにまた別の日に行った時の海の写真を探し出し、イヌピー君に見せる。相変わらずの仏頂面でイヌピー君は写メを見ていた。食い入るように見つめている訳でもないし、そんなに楽しそうでもない。どういう感情で写メを見てるんだこの子は……。不思議に思いながらイヌピー君を眺めていると、また風が吹き抜けた。ぶるりと体が震えて「さむ……!」と呟く私をイヌピー君は無感動に一瞥すると、羽織っていたパーカーを脱いだ。

「ん」

 そしてそれを私に向ける。着ろと言外に言われていることに一拍遅れてから理解した。

「え……! い、いいよ! イヌピー君寒いでしょ!」
「寒く……ぶわっくしょい!!!」
「言ってる傍から! 我慢しなくていいから!」
「寒くねぇもんは寒くねぇんだよ。いいから着ろ」
「鼻水垂らされた状態で言われても! ボーちゃんみたいになってるよ!?」
「オレはあんな締まりのねぇ面してねぇ」

 訳のわからないことを押し問答を繰り広げながらパーカーをぐいぐい押し合う。イヌピー君は石のように頑固で梃子として譲らなかった。何が何でも着せてやると息巻くイヌピー君の瞳はぎらついている。何か問題を履き違え始めてる!

「わかった! じゃあこうしよ!」

 埒が明かないと踏んだ私は、イヌピー君からパーカーを受け取った。だけどそのまま腕を通すことはしない。
 お尻を動かして、距離を詰める。ぴったりとくっついてみると、イヌピー君の体温を直接感じて体が熱くなった。パーカーを広げて右側はイヌピー君の肩に、左側は私の肩にかける。大きめのサイズだったし、何よりくっついているので二人の肩にかけることがギリギリできた。

「良い折衷案でしょ?」

 何か思え何か思え何か思え……! ヤキモキする気持ちを笑顔の裏に押し込めて、さながら雨乞いする民族のように必死に念じる。私は生憎こういったことを天然でやってのけられるような純真な子じゃない。こういう行動したら可愛いと思ってくれるんじゃないかと計算の上で行動に移すものだから、正直今恥ずかしくて仕方ない。心臓は全力疾走した後のように、バクバクと騒いでいた。

 前イヌピー君は『チンコ勃つからやめとけ』と釘を刺してきた。ということは、彼にもそういう欲があるということだ。なら使わない手はない。心の中でギュッと拳を握ってメラメラと闘志のようなものを燃やしながら決意を固めた。

「寒いねー」

 イヌピー君の腕に腕を絡ませて胸を押し付け、そして頭をこてんと肩に乗せてみた。心臓は縦横無尽に暴れまわり、血液は沸騰している。恥ずかしい、緊張する、初彼って訳じゃないのに緊張する……! かつてないほどの計り知れない大きさの恋心を自覚すると、今までなんなくとしていた行為が勇気を振り絞らないとできなくなった。
 ドキドキする。寿命が縮んでいるのを実感するほどドキドキしている。ああ、でも、同時に。

「……あったかい」

 すごく、安心する。
 
 イヌピー君の体温を感じるために目を閉じて五感を研ぎ澄ませる。衣服から覗く素肌と素肌が触れ合うと、なめらかなぬくもりが、アイスが溶けるように私の中に染み渡る。ドキドキして安心する。変なの。だけどヤじゃない。もっと感じたくて腕を絡ませる手にギュッと籠めながら、ちらりとイヌピー君を盗み見した。淡いオレンジ色のベールに包み込まれたように、イヌピー君の髪の毛や肌はきらきらと光っている。一見儚げで幻想的に見えるけど、一直線に夕日を見据える瞳は信じられないほど虚無にみちていた。……本当に何を考えているのか読み取れない……。

 チンコ勃つと言っていたけど私に勃つことがあるのか疑わしくなってきた。現に今も超絶真顔だし。触ってもいいとは言ってくれたけど触ってほしいとは言われてないし。
 多分どうやら、『こうかはいまひとつ』。

「イヌピー君って今何思ってんの?」

 この朴念仁と心の中で毒づきながら半ばヤケクソで直接尋ねると、イヌピー君は無機質な瞳を私に向けた。何かいつも以上に感情に乏しいんだけど大丈夫かこの子。……寒いのかな? 苛立ち以上に心配が上回り大丈夫かと尋ねようとしたら、イヌピー君は重々しく口を開けた。

「ゴキブリの産卵動画とカマキリの雌が雄を食う動画とトドがペンギン犯してる動画を思い出してる」
「何思い出してんの!?」





 イヌピー君ととりとめのない会話をしている内に、夕日が沈みきったので帰ることにした。いまやすっかり夜だ。星々が散らばった濃紺の空の下を歩いていく。夜になると更に気温が低下して寒かった。それなのにイヌピー君は私にパーカーを無理矢理被せているから、ラグランT一枚だ。すんすんと鼻を鳴らしているから鼻水が止まらないのだろう。やせ我慢しちゃって……と呆れる気持ちもあるけど、それ以上に嬉しさが上回る。夜で顔がわかりづらくてよかった。絶対今、にやけている。

「今日ありがとね。超楽しかった」

 バイクに乗せてもらう直前、イヌピー君の顔を覗き込みながら笑顔でお礼を述べると、イヌピー君はちらりと私を一瞥すると、目を逸らした。

「オレ、何もしてねぇだろ」

 いつも一本調子な声が少し沈んでいる事と紡がれた言葉の内容に虚を突かれ、目をぱちくりと瞬かせる。そして理解した。イヌピー君は自己肯定感が低い。何も取り柄がねぇと平気で口にする。同情を誘おうとしての声色ではない。客観的な事実を語るように、そう言う。

 イヌピー君のそういう発言を聞く度に、胸をぎゅうっと締め付けられて喉の奥が湿っぽくなる。
 そんなこと言わないで思わないで。縋るように願ってしまう。

「……馬鹿だなぁ」

 寂しさに疼く心を押し隠し、大仰に呆れてみせた。すると案の定イヌピー君は「あ?」とキレてくるけどもう慣れっこなのでさして気にせず、言葉を続けた。

「イヌピー君はバイト休んでまで海に連れてきてくれたし、パーカー貸してくれたし、たくさんしてくれたよ。私、ホントに嬉しかった。や、違うな、現在進行形で嬉しい! 今度は夏来ようね!」

 明るい声で「ね!」と念を押すようにもう一度笑いかけると、イヌピー君は少ししてから「ん」と頷いた。だけどその頬はいつもと少しだけ違う、頬が丸みを帯びている。
 イヌピー君の口元は微かに綻んでいた。
 誕プレを渡した時のような微笑みに、ぶわぁっとときめきが全身を駆け巡り、一気に火照った。馬が全速力で蹄をパッカパッカ鳴らしながら私の心臓の周りを走っているんじゃないかってほど、鼓動は高速で波打っている。普段笑わない奴ってずるい。笑っただけで破壊力抜群じゃん。くそうくそうくそう。頬の肉を噛みちぎる勢いで噛んで内心の動揺を必死に殺していると、イヌピー君はぼつりと呟いた。

「夏ってことは、来年か」

 その声が神妙な色を帯びていたから、思わず目線を上げてイヌピー君を見詰めた。イヌピー君は何かに感じ入るように目蓋を伏せながら、淡々と続けた。

「また色々変わってんだろうな。去年の今頃は、今みたいな生活するとか全然予想できなかった」

 ぽつぽつと小雨が降るような口振りで、イヌピー君が言葉を積もらせる。私に聞かせるというよりもどこか独り言めいた響きがあった。

 去年の今頃のイヌピー君を、私は話でしか知らない。悪いコトをたくさんしていたイヌピー君。ココ≠ニつるんでいたイヌピー君。
 誰かが語る記憶の中のイヌピー君を、私だってこの目で直に見たかった。
 怖くても卑怯でもよかった。知りたかった。
 けどその願いは絶対に叶わない。過去に戻る事は、絶対出来ないからだ。もどかしくて悔しくて寂しくて、胸の奥がぎゅうっと狭くなる。

 でも、だけど。

 ぎゅっと拳を握ってから「私は予想できるよ」と淡々と呟く。イヌピー君が私に焦点を合わせたのを感じ取り、ばちりと視線を繋げ合わせた。私はゆるりと細めた目でイヌピー君の水晶玉のような瞳を捉えながら、朗々と宣言する。

「来年のイヌピー君も今みたいに超頑張ってる、超絶かっこいい私の彼氏だよ!」

 去年のイヌピー君は知らない。ココ≠フ事も知らない。
 だけど、今のイヌピー君は知っている。
 短気で、小学生レベルの漢字が読めなくて、ガサツで朴念仁で、私の代わりに怒ってくれる私の彼氏。

 イヌピー君はぱちぱちと長い睫毛を震わせて瞬きを繰り返していた。けど少ししてからふいと目を逸らして「何も出ねぇぞ」とぼやく。『褒めても』を省略されている事に一拍遅れてから気付いた。褒められたことを言語化することが気恥しいのだろう。私の彼氏は素直な事も多いけど、妙に意地っ張りな事も多い。可愛い。他の男子がしたら何17にもなって子どもみたいな事をと鼻白んでしまうけど、イヌピー君だと可愛く思える。

「ほんとに何も出ない?」

 からかうように問いかけると、イヌピー君は目を鬱陶しそうに眇めて私に焦点を合わせた。幅の広い二重瞼の中の瞳が、ひたりと私を見詰めている。暗いし距離があるから見えないけど、その目の中に私が映っているのだと思うと、胸が高鳴った。

 好きだと思った。好きで好きで好きで好きで大好きだと思った。

「出してほしいなぁ」

 気持ちが高まるにつれて、欲望も大きくなっていく。

「……ちゅーしてほしい」

 我儘になっていく。

 欲望に塗れた望みを紡ぐと、しいんと静まり返った。強い視線を真正面から受け取ることが恥ずかしくて、たまらず俯く。頬が尋常じゃないほどの熱を持っていた。
 真空パックに閉じ込められたように静まり返る。けど、私自身の心音だけは強く聞こえていた。

 だって今日は疲れたから。友達に関西弁で怒鳴り散らして、疲れたから、だから、ちゅーされたい。
 心の中で言い訳を並び立てながら、恥ずかしさを少しでもすり減らしたくて、太ももと太ももを擦り合わせる。私をすっぽりと包み込んでいるパーカーの裾をぎゅっと握り締めると、後頭部を持ち上げられた。

 髪の毛の中に武骨に指が入り込んでいるのを感じ取ると、私は導かれるように目を閉じた。
 いつかの感触をくちびるに感じる。
 今日はひんやりと冷たかった。だけど前と同じで、少しかさついていた。

 何秒間か押し付けられて、そして離れる。後頭部からもするりと手が抜けていった。目を開けて見上げると、イヌピー君の顔は影になっていて表情がわかりづらかった。だけどきっといつもの真顔だろう。初めてキスした時も真顔だった。全く余韻に浸らないイヌピー君を思い出して笑いが込み上げる。それになにより、嬉しかった。

「……ありがとー」

 キスされた事が嬉しくて頬を崩して笑いながら、お礼を伝える。くちびるにまだ残っている感触を味わいたくてむずむず震えるくちびるを合わせると。

 ガッと、強く顎を掴まれた。ぱち、と瞬きの間にもう一度上を向かされる。さっきよりも荒々しい手つきに虚を突かれている内に、気付いたらもう一度キスされていた。
 瞬きの間の出来事に目を閉じるのも忘れ、薄く目を開けて私をじいっと見つめている瞳から放たれる視線に搦めとられる。いつのまにか後頭部に回っていた掌が私の顔を前に押し出し、強く強く、くちびるが押し付けられる。予想外の出来事に頭の芯が真っ白に染まり、熱を帯びた。

 どうして、と目で訴えかけるけど水晶玉のような瞳は何も答えない。何を考えているのかも読み取れない。ただ、そこから放たれる視線がすごく熱くて強くて、私の心臓を一直線に貫く。

 ぐるぐるぐるぐる思考回路がただ意味もなく回る。私何もしなかった。今は煽らなかった。何も挑発しなかった。なのにどうして。計算外の行動に頭がパニックになる。海風で冷え切ったはずの身体は今や高熱を発していた。くちびるを離されてもまたすぐ押し付けられ、熱を押し込まれる。イヌピー君から流れる熱に体はキャパオーバーで悲鳴を上げていた。イヌピー君の勢いに押され、気付いたら後退りしていた。猟犬に追い込まれた動物のように、背中を堤防に押し付けられる。

 イヌピー君の腕の中で閉じ込められるような形でのキスだった。私が逃げるとでも疑っているのだろうか。
 逃げる理由なんてないのに。求める理由ならあるけれど。
 だって私も、私の中にある熱をイヌピー君に分け与えたかった。
 熱に犯された脳みそも、自分の欲望を叶える為には必死に働き、身体の隅々まで指令を出す。
 震えている足の爪先に力を込めて、背伸びする。イヌピー君の肩口をぎゅっと握りしめながら、くちびるを押し付けた。するとお返しだといわんばかりに、キスが更に深くなった。

 元彼達とキスは何度かした。結構好きだったし。ドラマや漫画で行われる行為をなぞりたかった。
 よくできたな。過去の自分が地球の裏側で暮らしている異国の人のように、遠い人に思える。今の私は『結構好きだし』なんて思いじゃ、到底できそうになかった。

 くちびるが離れ、潤んだ視界の中でイヌピー君がようやくきちんと姿を現わす。さっきは近すぎて、どんな表情かわからなかった。今も月に背を向けているから表情に影が落ちていてわかりづらい。
 イヌピー君はしばらく私をじっと見つめたかと思うと、無言で踵を返した。行ってしまう。そう思ったら気付いたら、勝手に手が伸びていた。ラグランTの裾を掴みながら「イヌピー君、」と覚束なく呼びかけると、イヌピー君は私に背を向けたまま足を止めた。

 理性はやめろと説いている。これ以上女側からもとめるのはみっともない。だけど止められない。
 さわりたい。さわられたい。私の中にある熱い塊を溶かしてほしい。

 自分が日に日にならぬ秒単位でめんどくさい女になっていく事を自覚しながら、切々と、震える声で望みを伝えた。

「……ぎゅってしてほしい……」

 イヌピー君からたくさんしてくれた。ということは、イヌピー君も私と同じ気持ち。なら、乗ってくれるんじゃないか。
 体の奥底で、甘ったるい熱が疼いている。心臓が物欲しげにきゅうきゅうと高鳴っていた。ぎゅっと胸元を握りしめながら、イヌピー君の返事を待つ。

 イヌピー君は振り向き、そして言った。

「無理」

 真顔でにべもなく、きっぱりと。

 体中の熱が一瞬にして根こそぎ奪われ、甘ったるい余韻が一瞬にして振り払われた。すんっとした真顔であまりにもきっぱりと堂々と断られて、私はショック以上に呆気に取られる。え、ちょっとまってつい一分前まで、え………?
 イヌピー君のテンションの浮き沈みについていけず「ん? え? あれ?」と首を捻る。いやいやいやいやちょい待ちちょい待ちちょい待ち。こんなに簡単にテンション切り替えれるもん? え、そういうものなの? え? あれ? 元カレどんなんだったっけ、駄目だ上書き保存したからマジで何も思い出せない。

 頭を抱えながら考え込んでいると、颯爽とバイクに跨っているイヌピー君に「帰んぞ」と呼びかけられた。何事もなかったように平然と澄ましている。「え、ああ、うん……」と訳が分からないなりに頷く。クエスチョンマークを大量に頭の中に抱えながら、差し出されたヘルメットを被りそして後部座席に座る。すると、イヌピー君の声がふわりと風に乗り、耳朶をかすめた。掠れていたからうまく拾えなかったけど、何かをぼやいていた。

「チンコいてぇ」








(急ブレーキをかける 1回休み)



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