答案を返します




「いったそ〜〜〜……!」

 私はもうすぐ中間テスト、イヌピー君は専門学校の筆記テストを備えている為、勉強会を開催すべくイヌピー君の家に訪れると、口角が切れているイヌピー君に出迎えられた。口をあんぐり開けて「ど、どうしたのそれ!」と尋ねると、イヌピー君は「喧嘩した」と澄まし顔で答えた。歩いていたら絡まれて、売られた喧嘩は全部買うイヌピー君は当然(……?)買い、その時一発食らってしまったらしい。

「心配すんな。やり返したから」

 淡々とでも強く言い切るイヌピー君にやり返したんかいと脱力する。「ハハハ……」と乾いた笑い声が零れた。お邪魔しますと上がり込みながら「ていうか」と継ぐ。

「手当しなよー! ほっといちゃ駄目じゃん!」
「だりぃ」
「だりぃじゃないでしょ! あ、そだ。私絆創膏持ってるし、これ貼りなよ」
「いらねぇ」
「いやいや! いるから!」

 イヌピー君は「いいのに……」とふて腐れたように呟きながら、ソファーに腰かけた。むっと寄せられた眉間は出会った当初だったらただ恐ろしかったと思うけど、今は少し可愛く思える。弟と知ったからそう見えるだけかもしれないけど、イヌピー君は妙に弟っぽい。

「はい、」

 どうぞ≠ニ絆創膏を渡しかけて宙で留めた。中途半端に開いた口の端を吊り上げて、笑顔を作る。

「じっとしててね」

 裏のシールをぺりぺりと外して、イヌピー君の口角に貼ってあげる。冷たい頬に触れると心臓がどくりと騒いだ。どうせ何も思わないだろうけどと自身に予防線を張りながら、だけど少しの期待を籠めてイヌピー君をちらりと窺う。

「ドーモ」

 不承不承に礼を述べるイヌピー君はいつも通りだった。何の感情も波立っていないその表情にわずかに膨らんだ期待は瞬く間に抜けていく。だろうなと思いながらも落胆する気持ちは抑えられなかった。

 イヌピー君は付き合っているのに、全く私を意識しない。時折、自然を装って触れてみるんだけど、一切何も感じないようだ。確かに私は化粧と髪型と愛嬌で無理矢理容姿の偏差値を上げているタイプだけど、流石にここまで意識されないと女子としてのプライドが傷つけられる。
 それに、困らせたかった。だって私はイヌピー君に困らされているんだから、だから彼にも困ってもらいたい。

 違う顔を、見てみたい。

「ていうかイヌピー君って短気過ぎん? ムカついた瞬間キレてない?」
「ムカついたらキレんに決まってんだろ」
「イヌピー君はキレてからの行動が速すぎんのー!」
「たりめーだ。ボサッとしてたらあっという間にヤられる。先手必勝あるのみ」

 イヌピー君はぐっと拳を作って言い切る。短気な性分を反省する様子が1ミクロンたりとも見えなくて、ひくっと口角が引き攣るのを感じた。イヌピー君は今後も自ら暴力を奮うことはないけど、売られた喧嘩は今後も買うつもりのようだ。この調子で喧嘩を買われ続けてまた前のように巻き込まれた敵わない。あの時頬に食らった肘鉄の重みは今もまだ記憶に新しい……。

 それから。ちらっとイヌピー君の口角に視線を走らせる。赤い血が滲んだ絆創膏は見ているだけで痛々しく、苦いものが口の中にじわりと広がる。イヌピー君が怪我することに何かを思う程度には、私は彼に情を覚えていた。

「でもイヌピー君、これからバイク屋さんになるんでしょ? ムカつくお客さん、絶対来るしさ。これからはムカつく! って思っても少しは堪えてみよ?」

 巻き込まれたら敵わない。イヌピー君の怪我を見てるとなんだか嫌な気分になる。自分の為の提案をさもイヌピー君の為ですと言わんばかりの口調で提案すると、イヌピー君はガシガシと頭を掻いてから「堪えるつっても……」とボソッと呟いた。イヌピー君は素直だ。琴線に触れなかったら無視するか『知らねえ』と一蹴する。会話を繋げたということは、イヌピー君にも短気を治したいという意思があるようだ。バイク屋≠ェ効果的だったのかな。自分の言葉がイヌピー君の琴線に触れたかと思うと、胸が弾んだ。声が自然と明るくなり、意気揚々と言葉を継ぐ。

「アンガーマネジメントって知ってる? ムカついたら六秒間待つってやつなんだけど!」
「んな待ってたら先手取れねぇだろ」
「先手とらんくていい! 喧嘩しないの! なんかムカつくこと言われても六秒間待ったらきっとどうでもよくなるって!」
「ムカつくモンは六秒経ってもムカつくだろ」
「……そっか〜〜!」

 斜め右、だけどイヌピー君の思考からしたら当然の論理を展開され一瞬言葉に窮する。そうだった、この子はそういう子だった……。口角を引き攣らせながら「じゃあさ!」と私は更に提案を重ねる。

「すっごい気の抜けた事考えんのは?」
「例えば」
「えっとー……頭の中でおさかな天国歌うとか?」
「オマエ馬鹿じゃねえの」

 バカげてると思いながらも一応口に出すと、イヌピー君は白い目で私を射抜き、にべもなく一刀両断した。こ、コノヤロー……小6の漢字ドリルですら危ういくせに……。怒りにぴくぴく痙攣しかける頬を必死に抑えながら、にこにこ笑って怒りを鎮める。アンガーマネジメント。六秒間、六秒間待つんだ……。

 私の荒れる心情露知らずなイヌピー君は(知ってても動揺しそうにないけど)「色々考えんのだりぃしもう普通に買うわ」とすげなく言い切り、ふわぁっと欠伸をした。

「つかんなことよりも漢字教えろ。これとこれとこれなんて読むんだ。つーかこれ中国語じゃね?」

 小学校高学年からろくに学校に通わなくなったイヌピー君は恐ろしいほど偏差値が低かった。小学生でも読める漢字を平気で『読めねぇ』とのたまう。だから一緒に勉強すると言っても私が家庭教師をしているようなものだった。「はやくしろ」とせっつくイヌピー君に「はいはい」と笑いながら、気付かれないように、こっそり溜息を吐く。

 イヌピー君の世界はバイクとかっけぇ先輩で構成されている。そこに私の存在が挟む余地など少しもないのだろう。
 きっと、私の言葉が真一郎君≠フように響く事は一生ない。

 別にイヌピー君なんていつ別れてもいい彼氏のはずなのに、何故か、胸がちくりと痛んだ。






 年少出てから、寝たい瞬間に寝て腹が減った瞬間に食ってムカついた瞬間にぶん殴ってという生活を繰り返していたオレには、規則正しい生活を送る事がマジで怠かった。

 頭の中は『ねみぃ』と『だりぃ』に犯されている。中野に読めない漢字にフリガナをつけてもらい必死に覚え込んだ単語が脳内で渦巻いていた。なかなか覚えられなかったが中野に『とにかく書いて覚える!』という勉強法を教えられた為、なんとか脳みそに刻み付けれた。

 普通の女って何勉強すんのか気になってちらりと教科書を見たら、恐ろしく複雑な文が載っていた。『オマエ東大とか目指してる?』と聞いたら、中野は一拍間を置いてから爆笑した。マジで聞いたのに死ぬほど笑われブスブスと苛立ちを燻らせるオレに、中野は目尻に浮かんだ涙を拭いながら『ごめんごめん』と笑う。

 そういやアイツのキレた顔見た事ねぇな。
 ふと思い至り、いや一回くらいあんだろと記憶の底に意識を沈めて中野のキレた顔を模索する。だがいくら探しても出てこない。 

 聞けば、中野は今日と明日が中間テストらしい。自分の勉強で忙しい時に色々聞いてもひとつも嫌な顔をしなかった。

『陽子ちゃん、よくやるわ』

 ドラケンに中野との事を聞かれたから今までのことを全部話すと、ドラケンはそう言った。心底呆れかえった声だった。その時たまたま遊びに来ていた三ツ谷も『陽子ちゃんなんかオレと似た匂いがする』と遠い目をしながら中野に同情していた。

 ドラケンも三ツ谷も花垣も松野も八戒も柚葉もみんな言う。オレの彼女と思えない。すげぇ良い子
 良い奴か悪い奴で判断するのなら、良い奴なんだろう。でもオレは何故かそれに頷けない。確かにそれなりに勉強見てもらったけど、納得できなかった。

 つーか、それよりも。ドラケンと三ツ谷から散々な言われようを受けた事を思い出し、苛立ちが再発した。しかもなんか中野の事下の名前で呼んでるし。

 思い返せば、あいつらは出会った時から中野の事を下の名前で呼んでいる。気持ちがささくれだち、無性に苛立ちがせり上がる。肩を怒らせたその時、ドンッと衝撃が走った。ってぇな、と舌打ちを鳴らしかけてギリギリのところで押し止める。去年だったらテメェどこ見てんだと胸倉捕まえて路地裏に連れ込んで財布から有り金全部巻き上げていたが、今は苛立ちが少し沸くだけ。中野はオレの事を短気だと言うが、これでも大分マシになった方だ。

 あの頃は何もかもにムカついていた。何もかもぶっ壊したかった。すみませんと命乞いのように紡がれた謝罪を殴打音で掻き消した。確か背後で『イヌピー、サイッコー』とココが笑っていた。けど、どんな声だったっけ。少しずつ、記憶から薄れていく。

 いいんだろうか。
 ココに助けられた命を、ココの為に使わなくて。
 オレばかり真っ当に生きて、

「乾じゃん」

 思考をとりとめなく散らばせていると、後ろなら縄でも投げつけるように呼びかけられた。揶揄を帯びた声に肌が粟立つ。長年培った感覚が振り向く前から相手を敵≠セと教えてくれた。

 我慢することなく舌を思い切り鳴らし「あ?」と振り向くと、クソ気色悪い笑顔を浮かべた野郎に「久しぶり〜」と手を振られた。態度は親しみに満ちているが、目や声、身体の節々から刺すような敵意を感じる。

「マジでコーセーしたんだ。つか、そうするしかなかったって感じ? 九井もういねぇもんな〜」

 殺す。

 頭皮が蠢くほど血管がバキバキに浮かび上がるのを感じた時だった。

『ムカつく! って思っても少しは堪えてみよ?』

 必死に言い募る中野の声が脳裏に浮かぶと、握りかけた拳が自然と元に戻った。皮膚の内側でぐつぐつと沸騰する血液を抑えるように、ふーっと息を吐き、挑発には乗らねぇの意を籠めて睨み付ける。

「オレはもう堅気だ。そっちには戻らねぇ」

 ムカついたからとか面子を潰されたからとか、そういった理由で喧嘩する事はもうない。強い口調で静かに告げ、踵を返そうとすると「ざっけんな!」と怒号が飛んできた。振り向いた瞬間には目の前に迫っていた拳をすんでのところで躱す。

 ――ピキッと理性に亀裂が入る。だからヤんねえっつってんだろうが。しつけぇんだよ殺すぞ。ピキピキピキと青筋が立っていく。ぶちぶちぶちと堪忍袋が音を立てて切れていく。

 手を拳に変えて応戦しようとした時、ふと、中野の曇った顔が浮かんだ。
 ドラケンに付き合っている女は送れと言われているのでその日も送ってやった。じゃあ、と踵を返す直前に『イヌピー君』と呼ばれたので振り向く。

『なるべく、その、喧嘩しない方向でね』

 中野が寂しそうに揺れる瞳を細めてへらぁっと笑った時、秋風が前髪を撫でて、下がり気味の眉毛が見えた。
 何故かあの時のなんてことのない光景はオレの網膜に焼き付いた。来日も来日も、ふとした瞬間に浮かび上がる。

 喧嘩したら、また変な顔すんのかな。
 そう思ったら肩から力が抜けて拳が戻った。相手はその瞬間を逃すような奴じゃなかった。横っ面をぶん殴られて、口の中が切れる。






「いったそ………………………」

 少し久しぶりに会った中野は、オレを見るなり口角を引きつらせた。頬がぴくぴくと痙攣で震えている。クッソドン引きしていた。

 『テスト終わったし打ち上げしようよ!』とはしゃぐ中野から電話をもらったのが昨日の事。お互いテストでろくにバイトに入れず金欠だった為、ウチで打ち上げすることになった。ドラケンも誘うと『ンな野暮じゃねえよ』とパスされ、しかもその後で意味ありげに笑われた。

『随分男前になったじゃん』

 これのどこがだ。

「痛くねぇ」

 絆創膏とガーゼを貼った顔面で言い張ったところで強がりにしか見えねぇだろうなと思いつつも、そう言った。案の定、L字ソファーの右斜め前に腰を掛ける中野は身を乗り出して「いやいやいやいやいや!」とでかい声で突っ込んでくる。

「そっかぁ、また喧嘩しちゃったかー」

 眉を八の字に寄せて呆れたように笑う中野に、何言ってんだコイツと苛立ちが沸く。不名誉な勘違いを解くために「ちげぇ」と不満を尖らせた。

「喧嘩してねぇからこうなったんだよ」

 一拍の間を置いてから中野は「へ」と間の抜けた音を漏らした。ピンク色の唇から、ぽろりと。なかなか理解しない中野がじれったく、睨みつけながら「オレがあんな奴に負ける訳ねえだろ」と言葉を足すと切れた口角が更に裂け、苦痛で顔を顰める。

「……やり返さなかったってこと?」

 膜に包まれたようなぼんやりとした声が宙に漂う。ハキハキと喋る中野らしくない物言いに違和感を覚えながらも何回コイツ同じこと言わせんだと苛立ちが募る。クソダサい事を何回も言わせんな。

「だからそう言ってんだろ」

 女の発言をマトモに聞いて喧嘩買わなかったとかクソダサい事を、何回も、何回も。

 中野は何も言わなかった。俯いて、自分の膝を見詰めている。いつもべらべらまくし立てている中野が無言だと沈黙が広がった。腹でも壊したのかと思い、声を掛けようとした時だった。
 中野は不意に立ち上がると、オレの前に立ち、じいっと見下ろしてきた。影になっているから表情が分かりづらいが、眼のふちが赤いし、下唇を浅く噛んでいる。伏しめがちの瞳は若干濡れていた。表情からどんな感情を抱いているのか全く察することが出来ない。だからただ黙って見上げていると、中野はくしゃっと笑った。

「偉い!」

 デカい声が部屋に響いた次の瞬間、中野はオレの頭を掻きまわすように撫で始めた。

「偉い偉い偉いーーー!」
「ちょ、おま、」
「偉いぞーーーー!」

 戸惑いに満ちたオレの声を無視し、中野は縦横無尽にオレの髪の毛を掻き混ぜ続ける。見てないけど、絶対今鳥の巣みたいになっている。何しやがんだと思うけど、不思議な事に不快感はなかった。ただ、頭を撫でられるなんてガキの頃以来で、どうしていいかわからない。ただでさえ頭の中がクエスチョンマークでいっぱいなのに、中野は更に意味不明な行動に出た。

「ありがと」

 毛布でくるむように、中野はオレの頭をふわりと柔らかく包み込んだ。一拍の空白が胸の中に垂れ込んでから、状況を理解する。オレ、今、抱きしめられている。
 中野はオレの顔を腹の辺りに押し付けながら、もう一度言う。

「私が言った事、覚えててくれてありがと」

 少し湿り気をはらんだ声が鼓膜を揺るがすと、共鳴するように、胸の奥がもぞもぞ震えた。コイツ、オレのことなんだと思ってんだろう。「そこまで馬鹿じゃねえよ」と反論すると「そっか」とけらけら笑われた。何が面白いのかさっぱりわからない。けど、いいかと思えた。たかが喧嘩を買わなかっただけの事でこんなに喜んでくれるなら、いいかと思えた。

 ココを差し置いて、真っ当に生きる事が許されるのかはわからない。もしあの時ココが間違えなかったら、頭が良いココは進学校に通いながら赤音と付き合っていたかもしれない。
 たった一回の間違いで、ココの人生は狂った。オレの命はその上に成り立っている。

 オレばかりが真っ当に生きていいんだろうかと、罪悪感はふとした瞬間に顔を出す。『赤音が生きていたら、』と後ろ指を指してくる。
 何が正解で、何が間違いか。頭を使う事は苦手だけど、これだけはわかる。

「偉いよイヌピー君……!」

 喧嘩を買わなかった事は、間違いじゃない。それだけはわかった。 

 中野は涙混じりに嬉しそうに呟くと、更にぎゅっと抱きしめてきた。女の力だから苦しくはない。でも。

「おい」

 腕の中に押し込まれた状態で声を発するとくぐもった。中野は「あ」と気づいたように声を漏らすと、オレを解放した。隣にすとんと腰を下ろした瞬間に、妙に甘い匂いが鼻をくすぐる。男には絶対出せない匂い。

「ごめん、苦しかった?」
「苦しくねぇけど」

 申し訳なさそうに眉を寄せた中野を見ながら淡々と告げる。

「チンコ勃つからやめとけ」

 ちょうどいい。これを機に言っとくか。
 顎が抜け落ちそうなほどポッカーンと口を開けている中野に、釘を刺しておいた。

「オマエよく触ってくるけど、男にはやんなよ。ドラケン花垣三ツ谷松野八戒……八戒は別の意味でやめとけ。アイツ死ぬから」

 知り合いの男の名前を片っ端から上げていく。柚葉は何故か許せた。中野と柚葉は最近それなりに仲が良いらしく、出くわした時に駆け寄り合って、二人で楽し気に話していた。その時柚葉に触れていた中野を思い出しても、特に何も思わない。どういう理屈かわからないが、柚葉は許容範囲だった。

 中野はあんぐりと開けていた口をゆっくり戻すと、視線を左右に泳がせてから「イヌピー君は?」と躊躇いがちに訊いてきた。

「イヌピー君にはいいの?」

 改めて尋ねられた瞬間、一拍の空白が胸の中に流れ込んだ。答えはすぐに出た。だけどそれを口にするとよくわからない抵抗感が喉元にせり上がった。下唇を湿らせてから、答えを紡ぐ。

「別にいいけど」

 言った瞬間、口の中がむず痒くなった。なんか妙に居たたまれなくなり視線を若干中野から外すと、視界から外れた場所で笑い声が聞こえてきた。視線を向けると中野が薄く赤らんだ頬を俯けながら、肩を震わせている。

「く、ち、ちんこ……あははははははは! って何言わせんの! あははははは!」
「テメェが勝手にチンコ言ったんだろ」
「ははははは! だからチンコ言うのやめて! あははははははは! ぶっちゃけすぎ!!」

 中野はひとしきりげらげら笑い終えると、ピンクに色づいた唇をしなやかに緩ませた。いつもとは違う笑みを浮かべながら「やる訳ないじゃん」と首を傾げてオレの顔を覗き込む。

「私、彼氏以外はさわんないもん」

 緩められた瞳の奥で挑発的に瞬いている光を捉えた瞬間、やっぱりと納得が胸の中に落ちた。やっぱりあいつ等は間違っている。

 ――クソムカつく。

 中野の頭をわしゃわしゃと掻き回し、鳥の巣みたいにしてやった。どこが良い奴だどこが。性格いいんじゃなくていい性格の間違いだろ。ドラケンと三ツ谷は間違っている。
 けどその訂正をする気は起きなかった。オレだけでいいと思った。

「ぎゃーーー!? なにすんの! 二十分かけて巻いたのに!」
「知らね」
「知らねって!」

 オレだけがいいと思った。





(せんりょくうばえ 2マス進む)



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