6、たわむれて
ピチチチと小鳥のさえずりが鼓膜を震わし、起きたての太陽の日差しを浴びる背中がとても気持ちいい。とてもいい環境に身を置いているのに、私の体はガッチガチに固まっていた。

「よ、よろしく、よろしくお願いしゃーす!!」

声を震わしながら馬鹿でかい声で挨拶をし、勢いよく頭を下げた私に黄瀬くんの苦笑が降りかかってきた。

「そんなかしこまらなくたっていいって。ちょっと一緒にバスケするくらいなんだし」

なんて、黄瀬くんはぽりぽりと頬を人差し指で掻き、苦笑いを浮かべながら言うが、私の緊張は治まらない。だって彼は、黄瀬涼太なのだ。ずっとずっと憧れてやまなかった、黄瀬涼太。その黄瀬涼太が私とバスケをしてくれるという。前回は突然のことで何も考えずに一緒にバスケをできたが、何日か経って、あれ…私すごいことしたんじゃね!?ということにやっと気づいたのだった。

今、私と黄瀬くんは、黄瀬くんが誠凛の十番や十一番と組んでプレイをしたあのコートにいる。何日か前に私と黄瀬くんが使った体育館は、あの日はいつもと違って私しかいなかったが、普段はちらほら人がいるのでそれではやりにくいということで、このコートで練習をしようということになったのだ。早朝ならば人もいないし。

準備運動は終えた。ならば、あとは、バスケをすればいいだけだ。いつものように。いつものように?あれ、私っていつもどんなバスケをしていたっけ。よっちゃん曰くサルのような動きらしいけど。サルってどんなバスケするんだろうウキキッ。

皺の少ない脳みそでいろいろと考え込んで、ぐるんぐるんの頭を抱えている私に黄瀬くんがひょっこりと顔を覗き込んできた。「うっわあ!」と声を上げてのけ反って驚くと黄瀬くんも「声でかっ!」と耳を塞いでのけ反った。

「ご、ごめん」

「いいけど…。何してんスか。やんないの?」

立てた人差し指の上でボールをくるくる回しながら呆れた眼差しで私を見ながら問いかけてくる黄瀬くん。様になっていてとてもかっこいい。やべえ。

目の前に、憧れのバスケプレーヤーの黄瀬くんがいる。

これは、もう。

「やる!!」

黄瀬くんに認めてもらえるようなかっこいいバスケをするっきゃない!










私はずーんと重苦しい空気を身に纏いながら机に突っ伏していた。そんな私によっちゃんは呆れた声で言った。

「馬鹿でしょう、あんた」

ごもっともです。

カッコいいバスケをやろうとした結果は見事に撃沈。黄瀬くんのような観る者を魅了するような人を惹きつけるようなバスケなんて、私にはまだまだだったのを、あの時の私はすっかり忘れていた。自分にはまだできないような技を繰り返し、失敗し、ただただ情けなかった。そんな私に、黄瀬くんは『…はあ』と深いため息を。

「うがーっ!!情けない!黄瀬くんがせっかく一緒にバスケしてくれたのにっ!私はっ!私は!」

己の過ちの情けなさに怒りが湧き、がんがんと机に額をぶつけると、よっちゃんが恥ずかしいからやめろ、と下敷きの角を私の頭に振り落した。痛い。

「過ぎたことはしょうがない、がアンタのモットーでしょ。ほら、次調理実習だから、行くよ」

「確かにそうなんだけどさあ、黄瀬くんに迷惑をかけたっつーのは、流石に」

「あーもううっさいわね。だったらお詫びに今日作るクッキーでもあげれば?」

思考能力が一旦停止した。お詫びに、クッキー。そういえば、私は黄瀬くんに何かをしたことがない。黄瀬くんはいつも私に喜びや勇気を分け与えてくれるのに。これはお詫びだけではなく、お礼も今こそお返しする時なのではないだろうか。

「まあ黄瀬くんはクッキーなんて貰いなれてるから意味ないと思うけ、いた!!」

「よっちゃん!そのナイスアイディア!使わせてもらうね!」

机と椅子が倒れそうになるくらいの激しさで立ち上がり、私はよっちゃんの肩を力強く掴んだ。きらきらと目を輝かしている私が映っているよっちゃんの瞳は驚きから“ああ、こいつまた人の話を聞いてない”と諦めの色に変わったのに、私はこれっぽっちも気づかなかった。












四時間目のチャイムが鳴り終わり、時刻は昼休みに突入していた。窓の外に視線を向けたまま、適当にコンビニで買ったパンを頬杖つきながら頬張る。

あー…、つまんね。

林野さんがこの前俺に見せたバスケは、まるでサルのようだった。野生のように荒々しく、上品だとか丁寧だとか、そんな言葉からはかけ離れていた。それでも、バスケをしている時の笑顔はまるで子供の用に純粋で“楽しい”ということが伝わってきた。しかし、今日林野さんが見せたバスケは、薄っぺらかった。できもしない技を繰り返し、焦ってミスって。取り繕いで誤魔化そうとした林野さんのバスケは、ただ、つまらなかった。ため息が零れるほどに。

紙パックの牛乳にストローを差し入れ、ちゅるっと吸っていく。潤っていく喉とは対照的に心はからからに乾いたまま。

面白いモン見つけたと思ったんスけどね…。

ストローから口を外し、はあっとため息をつくと。

モノクロの世界に似つかわしくない騒音が飛び込んできた。

「黄瀬くん!」

ばかでかい声を張り上げ、林野さんは息を切らしながら俺の目の前で仁王立ちをしていた。目がぎらぎらと光っていて、なんか、ちょっと、いやかなり、不気味。

「な、なに」

「あのさ、私さ、黄瀬くんにさ…!」

そこで一旦言葉を切らし、林野さんはぶんっと効果音がなるほど勢いよく頭を下げた。

「クッキーを作ってきました!!どうぞ!!」

頭を下げて、俺にクッキーを、林野さんは、差し出してきた。クッキーを持っている手は、ぷるぷると震えていて、林野さんがすっげえ緊張しているのがわかって。

…ああ。

と、気持ちが冷めていくのがわかった。

「…こんなやり方初めてされた」

するりと冷たい声色が喉から流れる。

「あんたも結局そういうこと、だったわけ、ね」

モノクロの世界は、やっぱりモノクロのままだった。
俺のバスケが好き?かっこ悪くてもいい?俺にいいところ見せたい?
なんでそうなるかって、そんな理由明白じゃないか。

この子は俺に最初っから、“そういう気”があったのだから。

「なにもそうだったら、こんな回りくどいこと最初っからしなきゃいいのに。ああ、だから?だから今更クッキー持ってきて?女子力ってやつアピールしてんスか?」

ああ、なんだ。

なんだ、結局この子だって、俺のバスケなんか、二の次で、そんなことよりも色恋に興味があって、結局俺のバスケは。

「あの、つまり、えっと、黄瀬くん」

「なに」

ぽりぽりと頬を人差し指で掻きながら途方に暮れている表情の林野さんに、固く尖った声でつっけんどんに返す。

「黄瀬くんって、クッキーが、嫌いな訳?」

…。

「…はァ?」

林野さんが何を言いたいのか全くわからず、苛々が更に募り、眉間に皺を寄せて、不快感丸出しの声を上げる。

「いやだって、黄瀬くんクッキーをあげると言ったらすっげえ機嫌悪くなり始めたし…。クッキーそんな嫌い?」

へ。

きっと今の俺は、モデルとは思えない間抜け面を晒しているだろう。目の前の女の子は困ったように眉を下げて、邪気のない綺麗な瞳を俺に向けている。

「うっわ、嫌いなんだ…!ごめん全然知らなかった…!私の馬鹿!アホ!チン○ス!!」

林野さんはポカポカと自分の頭を拳で殴り始め、自分自身を悲痛な声で罵倒し始めた。チン○スって、言っていいのかよ華の女子高生が。

「ごっめん!マジごめん!よく考えたら私のクッキー如きであんなつまらないバスケのお詫びができるわけなかったわ…!ごめん!今度焼肉行こう!奢るから!!だからさ、さからさ黄瀬くん!!」

林野さんはバンッと机を両手で叩いて、俺にずずいと顔を近づけて、大声で言った。

「私に!これからも黄瀬くんのバスケを体感させてください!!」

林野さんの瞳に、めらめらと近づいたら火傷してしまいそうな熱い炎が揺れていて。それは乙女の仄かな恋心とはとても離れていたもので。

えっと、これって。

俺、超勘違いしていたって、コト?


そう気づいたら、顔面に熱がものすごい勢いで集まってきて、俺は両手で顔を覆った。


「黄瀬くん!?どしたの!?なに!?」

「いやもう…ほっといて、今、ほっといて」

「いやいや!私は黄瀬くんに失礼なことを二回続けてしたんだよ!?この詫びは絶対しなくちゃ気が済まない!だから黄瀬くん!なんか私にしてほしいこと言って!」

「だからほっといってって!」

「いやそういう私が何もしない系のことじゃなく!」

両手を襖が開くように顔からゆっくりのけると、拳をぎゅうっと握りしめて、いっぱいいっぱいの顔をしている林野さんが表れた。

自分がいっぱいいっぱいみたいな顔しているけど、アンタより俺の方がいっぱいいっぱいだから。こんな勘違い初めてだっつーの。あーはずい。死にそう。死ぬ。

「じゃあ、もう、あんなかっこつけのバスケ、しないで。俺はあんたのガサツで乱暴なバスケに興味あるんスから」

自分で言っといてなんだけど、あまりの青臭い発言に恥ずかしくて目線を下にずらす。

「…オスッ!!」

びしっと敬礼のポーズをとり、典型的な運動部の返事をする林野さんは駆け引きとか打算とかはできない、バカな子そのものだった。




たわむれて融解

「あれ黄瀬くんクッキー食べんの?嫌いじゃないの?」
「…嫌いじゃないッスよ」
「じゃあなんであんな怒ったの?なんで?」

アプローチだと勘違いしました。しにたい。





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