試合終了のブザーが鳴り響いて、ああ、俺は負けたんだ。そう実感して、視界が揺れていって、なんか気付いたら泣いていた。たくさんの視線を感じる。黄瀬泣いている?ウソだろ、練習試合だぜ。と、そんなざわめきとともに。
けど、ひとつだけ驚きでも冷やかしでもない視線を感じた。
二つの揺れる焦げ茶色の大きな瞳が、上から、俺に視線を送ってきていた。
「…バレバレっスよ」
はあっとため息をひとつ落としてから、俺は歩む足をぴたりと止めて、背後にいる人物に向かって声をかけた。身を翻して、茂みにもう一度声をかける。
「いるんでしょ。林野さん」
名前を呼ぶと、少し経ってから、ガサゴソと茂みが揺れ、頭を掻きながらぎこちなく笑っている林野さんが、にょきっと出てきた。トレードマークの焦げ茶色のショートボブに葉っぱが何枚か絡まっている。
「バ、バレてたか…。流石黄瀬くんとしか言いようがないや」
「いや、誰にでもわかるから。林野さんフェンスに張り付いて俺たちの試合観てたじゃん」
呆れ返りながらそう言うと、林野さんは、目をまん丸くし、「プレーしていても周りが見えるなんて…!さっすが黄瀬くん!その冷静さ、私も見習う!!」と丸めた両手を震わせながら俺に賞賛の言葉をかけてくる。とりあえずこの子はいろいろとずれていると思う。
「黄瀬くんさっきの試合もすごかったね!誠凛の10番と初めて同じチームになったのにうまく連携していたし、それにはやっぱり黒子くんの力もあるんだろうし、10番の力もあるんだろうだけど…っ!」
林野さんの目は、キラキラと輝いていた。
「やっぱり、黄瀬くんは凄いなあって、マジで思った…!!」
ああ、やっぱり。
意味、わかんねえ。
「負けたじゃん」
「え?勝っていたじゃん。さっきの試合」
「そうじゃなくて、誠凛との試合で、負けたじゃん、俺」
俺は投げやり気味に問いかける。訳がわからなかった。俺のバスケが好きだと言っていたことも、最初は意味がわからなかったんだけど、“キセキの世代”がする“最強のバスケ”が好きなミーハーなんだろうと、解釈した。男バスには俺らは敵視や畏怖されていたが、女バスにはバスケが強くてかっこいいと騒がれることも時々あったからだ。絶対に負けない天才集団。だからかっこいい。憧れる。と。林野さんもその中のひとりで、たまたま海常に俺がいたから、俺にまとわりついたんだろうな。俺じゃなくても、キセキの世代なら誰でもよかったんだと。
なのに、なんでだよ。
「負けて、泣いて、俺マジでダサかったのに、何がカッコいいんスか?」
アーモンド形の綺麗な二重瞼の目をパチパチと瞬きさせる林野さんを真っ直ぐに見据える。
林野さんは、いつかのように。
「だって、ダサくなかったもん。かっこよかったもん」
そう、あっけらかんとして、答えた。
「そう、誠凛との試合…!すっげー感動したよ…!なんかもうなんって言ったらいいかわかんないんだけど、すごかった!ゴメン私現国いっつも赤点スレスレでうまく言えないんだけど、海常と誠凛の熱い思いがぶつかりあって、そんでもって黄瀬くんと黒子くんの元仲間同士の激突に熱いドラマを感じて…!うわやっべまた涙が…!」
林野さんは突然饒舌になり身振り手振りで話し始め、ころころと表情を変え、最終的に涙と鼻水でぐちゃぐちゃになった顔面を袖で拭いている。
その様子が、とても滑稽で、俺はぶはっと噴出さざるを得なかった。
「…っ、くっ、あはっ、あはははは!すっげえ顔…!」
腹を抱えて笑い出した俺を、林野さんが、ぐちゃぐちゃになった顔面でぽかんと口を開けながら俺を見ている。
「ちょっ、その顔で見ないで…!ははっ、あはははは!」
あー、おっかしい。
髪の毛はボッサボサだし、なんか急に早口で喋りだすし、言っていることはやっぱり意味がわからなくて、暑苦しいし、っつーか、顔。それ女子がしていい顔じゃねえって。
中学から、色んなタイプに出会ってきた。俺の周りでバスケしている奴は、どいつもこいつも変人ばかりで、高校ではもうあんな変な人たちと出会うことねえんだろうなと思っていたら、これだから。
神様ってやつは、俺の人生をつまらなくさせたいのか、それとも、楽しくさせたいのか。一体どっちなんスか。
「き、黄瀬くん?どうしたの、急に?」
「あはははははははは!だからその顔で話しかけっ、くっ、ははははは!」
目尻に浮かぶ涙を人差し指で払う。
こんなに腹の底から笑ったのって、いつぶりッスかね、と、そんなことを思っていたら、黄瀬くん?と心配そうに首を傾げる林野さんの鼻から鼻水がたらりと垂れたから、俺はまた噴出してしまい、さらに、大きな声で笑った。
まばたきと春